幸せの捜索願






「帰ろう、理子ちゃん」


 青年が少女に向けて手を伸ばす。泣いていた少女が笑みを浮かべ、返事を返すその瞬間、男は引き金を―――――……。


「父さん!」


 聞こえるはずのない声が聞こえた。引き金を引こうとしていた手が止まる。
 パタパタと、場違いな軽い足音が近づいてくる。


「お前……っ!」


 青年に、男の存在が気取られる。鋭く舌打ちして、咄嗟に小さな気配を抱きかかえ、すぐにその場を後にした。
 しばらく走り続けて、高専を抜け出したところで、男はようやく足を止めた。


「お前……! 何でここにいる!?」
「父さんを迎えに来たんだ」


 抱えていた小さな生き物―――――娘の椿を降ろし、父親の甚爾は険しい顔で睨み付ける。
 けれど椿は凶悪な顔をした甚爾に臆することなく、けろりとした顔で父を見上げている。甚爾は、そんな娘の態度に呆気に取られた。


「帰ろう。恵も津美紀も待っているから」
「………………あいつはどうした」


 “あいつ“と言われた椿が首をかしげる。少し考える素振りを見せて、答えに行き当たったらしい彼女は首を横に振った。


「義母さんは、もうずっと帰ってきていない。多分あの人は私達とではなく、父さんと暮らしたかったんだろうな。だから、父さんの居ない家に、あの人が帰ってくることはない」


 想定外だった。娘がこんなところにまでが父親を追いかけてきたことも、子供達が父を必要としている環境に置かれていることも。
 甚爾が顔を顰め、苦々しげに椿を見下ろす。


「私達には、父さんしか居ない。あの人にとって、私と恵は父さんの付属品でしかなく、父さんが居ないのなら、私達は余分な部品でしかない」


 聡い物言いに、甚爾が目を見開く。
 元々、椿は子供らしくない子供だった。大人が子供の振りをしているように感じられるくらいに。けれど時折見せる年相応の仕草に、やはり子供なのだと思い直すことも多かった。
 新たな母親とも、突然出来た妹とも、上手く馴染んでいるように見えた。恵の面倒も、よく見ているようだった。だから、上手く行っていると思っていたのだ。自分は居ても居なくても変わらないのだと。
なのに。


「だから、帰ってきてくれないと困るんだ」


 ―――――あの人がいなくなってしまった今、頼れる大人は父さんしか居ないのだから。
 そう言って、強い瞳で父親としての自分を見上げてくる娘に、甚爾は観念したように降参の意を示した。




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