幸せの捜索願






「毎日毎日、飽きもせずによくやるものだ」


 天から吊るされた蜘蛛の糸を見つけた人間は、きっとこんな気分だっただろう。

 毎日欠かさずに手を合わせていた祠に行くと、その日はいつもと違う光景が目に飛び込んできた。祠のそばに、異形の男が座り込んでいたのだ。
 恐ろしげな見た目は想像する神とは程遠かったけれど、人に害を為すもの達のような禍々しさは感じない。私が“敵”と認識するもの達とは、また違った存在であることは確かだった。


「あなたは、この祠に祀られている神だろうか?」
「ケヒッ、俺を神を呼ぶのか。この姿を見て?」
「多腕の神などいくらでも居る。姿形など些末なものだ。それよりも、何故急に姿を現したのかを聞きたい」


 多眼に四本腕の神は、私がその姿に恐れ戦くのを見たいようだった。けれど、前世で遡行軍や検非違使、今世で人に害を為すもの達を散々見てきたのだ。多少、人の理から外れた姿をしているくらい、どうと言うことは無い。
 私が怯える素振りも見せないと、神はつまらなそうに頬杖をついた。


「………お前の術式による顕現だ」
「じゅつしき……?」


 じゅつしき、とは術式だろうか。恵の影の中のものも、術式と呼ばれるものの類いなのだろうか。
 恵だけでなく、自分にも力があるのは喜ばしい。まだ、何が出来るのかは分からないけれど。でもきっと、何も無いよりはずっと良いはずだ。


「あなたの名を聞いても?」
「ふん、名を伏せる程度の知能はあるようだな。だが、俺の名を知りたいのならば先にお前が差し出すべきだ」


 神に名を捧げる意味を知らないわけではない。けれど、自分から名乗りもせずに相手の名を聞くのは確かに無作法だ。機嫌を損ねるのは拙いと、躊躇いがちに名乗る。


「……申し訳ない。失礼をした。私の名は伏黒椿という」
「……宿儺だ」
「ありがとう。よろしく、スクナ」


 大して気分を害したわけでは無かったようで、先程以上に咎められることは無かった。そのことにほっとして胸を撫で下ろす。
 しかし、スクナとはどう書くのだろうか。そんな名前の神社があったような気がするが、それと同じだろうか。


「して、俺を顕現させた理由は何だ」
「……いや、それが、よく分からなくて」
「…………はぁ?」
「何かしらの力を使ったという、自覚が無いんだ」


 スクナの問いに正直に答えると、彼は呆れ返ったように溜息をついた。そのやり取りで私が無知であることが伝わったらしい。
 私の力がどういうものなのかを訊ねると、彼は面倒くさそうにしつつ、私を無碍にはしなかった。


「おそらく、対象を『神』と崇めることで発動する術式だろう。神格を与えた相手は術者を『主』とし、信仰心に対する対価を払わねばならない。全く、面倒な『縛り』を結ばせおって………」


 ああ、何だか、懐かしい力だ。
 彼は納得していないようだけれど、偶然でも卑怯でも、手段を選んでいられない。今の私には守らなければならないものがあるのだ。


「…………あなたは私の力で顕現されているんだよな?」
「ああ」
「そして私を“主”と定めた」
「そういう術式だからな」
「なら、協力してくれないか。折り入って頼みたいことがあるんだ」
「協力?」
「私と私の家族を助けてくれ」


 彼の様子から察するに、彼は純粋な神ではない。もしくは荒御魂のような、神の荒々しい側面なのだろう。そんな彼に助けを乞うのは愚かなことかもしれない。けれど、彼の“対価を払わねばならない”という言葉を信じるなら、それがこの力のルールなのだろう。それを破れば、彼は何かしらの不利益を被るのだ。だから、それまではきっと私の味方なのだ。


「親はどうした?」
「母は死んだ。父はほとんど帰ってこない。義母は、多分蒸発した」
「ほぉ……?」
「義母は、多分私たちを捨てたのだと思う。けれど、父は、完全に見捨てたわけではなさそうだから」
「望みがあると?」
「藁にも縋らないと、私たちは生きていけない」
「愚かだな。だが、そういう“縛り”だ。父親の捜索に協力しよう」
「ありがとう……!」


 持って行け、と祠の中身を示される。ご本尊のようなものだろうか。
 不敬を承知で祠に手を伸ばし、中身を取り出す。納められていたのは、人の指だった。
 もしかしてスクナの指だろうか。宿儺を見上げると、彼は私の反応を見てニヤニヤと愉しげに笑っている。
 そんなスクナの態度を見て、私は少し困らせてやろうと心に決めた。


「捜索ついでに、この力の使い方とか、縛りについても教えてくれると助かる」
「…………全く、面倒な」


 そう言ってスクナが肩を竦めて嘆息した。その仕草があまりにも人間くさくて、私は思わず笑った。




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