歴史修正主義者になりたくない






 中学を卒業し、高校に通う前のわずかな時間。椿は悟が高専を卒業した後に住む予定のマンションに来ていた。
 悟が選んだのはコンシェルジュのいるオートロックのマンションである。一般庶民には無縁のものだと思われていたものを目の前に、椿は尻込みしていた。
 椿の仕事内容は悟が不在の間、家を管理することである。所謂住み込みの家政婦というやつだ。
 はっきり言ってしまえば荷が重い仕事である。しかし、悟は当主や椿の両親を説得し、椿を悟専属の家政婦として雇うことを納得させてしまったのだ。そして雇用契約を目の前に差し出された椿は、ここまでされては逃げるわけにはいかないと契約書にサインしたと言うわけである。
 それでも、椿の胸には不安が募ってしまう。


「………………こんな高級マンションの管理を、素人の私に任せてもよいのですか?」
「うん。下手な奴を家に入れると何を仕込まれるか分かんねぇからな」
「まぁ、その通りではありますが……。私だってお金を握らされたり、人質を取られれば何をするか分かりませんよ?」
「お前は金じゃ動かねぇだろ。後者はありそうだけど、その場合、お前は絶対に顔に出る。隠し事なんて出来ねぇよ」


 ケラケラと笑いながら、悟が椿の頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。椿はされるがまま、渋い顔で悟を見つめていた。
 確かに椿は隠し事が苦手だ。聡い人間を騙し通せる自信はない。悟の言うことは最もだ。きっと、途中で違和感を持たれてしまうだろう。


「あ、あと坊ちゃん呼びやめろよ? 外でそんな呼ばれ方してたら変に見られるし」
「確かにそうですね。現代では一般的ではありません。では、五条さんでよろしいでしょうか?」
「ぜってぇやだ! 名前で呼べ!」
「はぁ……。では、悟さんと呼ばせていただきますね」
「………………おう」
「何ですか、その間」
「な、何でもねぇよ!」


 悟は椿の視線を逃れるように顔を背けているが、耳が赤くなっている。照れているのか、何なのか。名前で呼ばれて嬉しかったのかな、と首をかしげる。


「と、とりあえず部屋行くぞ! 入学したらあんまこっちに来られねぇんだから、重いもんの荷解は出来るだけ早いうちに終わらせねぇと」
「そうですね。頑張りましょう」


 部屋選びについては、椿は関わっていない。いずれ悟が住む場所であるからだ。高専を卒業するまでの管理が椿の仕事である。
 部屋は予想通り、最上階にあった。一体いくら払ったのだろう、とちらりと考え、すぐにその思考を振り払う。
 部屋につき、悟が鍵を開ける。荷物はすでに運び込まれており、段ボールがいくつも積み上がっていた。


「お前の部屋、勝手に決めちゃったけど、別に良いよな?」
「はい、構いません。悟さんの家ですから」
「………お前も住むんだから、お前の家でもあるだろ。お前の部屋、そこだから」


 悟に示された部屋のドアを開け、椿は無言でそっとドアを閉じた。
 思っていたよりも広かった。そしておそらく、一番日当たりのよい良い部屋だった。


「あん? どうした?」
「…………いえ、何でもありません」


 再度ドアを開け、部屋に入る。運び込まれた段ボールにも、椿の書いた文字が書かれている。悟が間違った部屋を案内したわけでないと言うことが分かった。


(日差しが入るのが嫌だとか、まぁ何か理由があるのだろう)


 呪術師の生活は不規則そのもの。特に夜に活動することが多く、日中に眠りにつくこともあるだろう。そうなると、日当たりの良い部屋では不便なのかもしれない。
 とにもかくにも、何かしら理由があって、この部屋を譲ったのだろう。そう思うことにして、椿は荷解に取りかかった。




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