ナックルシティのツバキ






 ダンデがそれを見掛けたのは、シュートシティに行こうとして、何故かバウタウンに来てしまったときのことだ。
 海沿いの街は波風が心地よく、少し歩きたい気分になってくる。海を眺めながら街を歩いていると、バシャン、と水面が大きく波打った。
 ―――――今、人が顔を出さなかったか?
 ダンデが腰のモンスターボールに指を掛け、波紋を浮かべる水面を見つめた。バシャン、と再度、水面を叩くものが顔を出す。人の腕が、浮かび上がろうと藻掻いていた。


「リザードン!!」


 ボールから相棒を呼び出し、その背中に飛び乗る。沈み切る前に、溺れている人の腕を掴む。力任せに引き上げると、見覚えのある少女が顔を出した。その身体には、ダダリンが絡みついていた。
 少女を引き上げられ、諦めたらしいダダリンが不服そうな顔で海に帰っていく。それを呆然と見送っていると、相棒が不満そうな声を上げる。その声に我に返ったダンデが陸に引き返すように指示を出す。腕の中で、少女が激しく咳き込んだ。


「君、大丈夫か?」
「ゲホッ! は、い……っ」


 地面に降り立ち、少女を地面に降ろす。自身のマントを被せ、改めて顔を見ると、やはりその顔には見覚えがあった。数年前、ジムチャレンジに参加していた少女だ。8つのバッジを集め、トーナメントにまで勝ち進んだ強者。キバナに破れ、途中敗退してしまったが、ガラルリーグで好成績を収めたトレーナーである。何やら訳ありのポケモンを連れており、彼女と共にケアに当たったキバナが気に掛けていたのを覚えている。
 呼吸を整えた少女は、恐ろしい目に遭ったというのに、力強い瞳でひたりとダンデを見つめた。キラリと輝く瞳は、それでもポケモンを愛しているのだと訴えているようだった。


「助かりました、チャンピオン・ダンデ」
「あ、ああ……。無事で何より」


 たった今、死ぬような目に遭ったとは思えない平然とした様子に、ダンデの方がたじろぐ。リザードンに呆れたように鼻を鳴らされ、ダンデは気を取り直す。


「詳しい状況を教えてくれないか? まずは君の名前を伺っても?」
「はい。私はナックルシティのツバキ。あのダダリンとはアローラ地方で出会って、そのときから執着されてしまったようなんです。それからはどこの海にも現れて、少しでも油断すれば海に引きずり込んでくるんです」
「…………すまない。俺にはちょっと、理解できなかったかな」
「説明している私にもよく分かっていないので、分からないのは当然かと」


 人の命を奪うポケモンというのは、残念ながら存在する。ブルンゲルに絡みつかれて溺れ死んでしまう者。ヒトモシに生気を吸い尽くされてしまった者。知らずにサザンドラの縄張りに侵入してしまい、そのまま餌食になってしまった者。上げていったらキリがないほどである。


「カントー地方にまで現れたときは戦慄しました」
「…………君は必ず水タイプのポケモンを手持ちに入れておくように」
「出来る限りそうします」


 ツバキと名乗った少女は、何やらどうしようもないポケモンを惹き付けてしまうようだった。
 少女が視線を向ける先をダンデも目で追うと、そこには先程のダダリンが、ツバキを一心に見つめていた。その温度を持たない視線にゾッとしたダンデが、ダダリンの視線を遮るようにツバキを隠す。


「ひとまず病院に行こう。念のため検査して貰った方が良い」
「そうですね。それと、マントを汚してしまってすいません」
「そんなこと構わないさ。さ、行こう」


 その場を離れるとき、もう一度背後を振り返る。ダダリンは、まだツバキを見つめていた。




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