うしさに
「清庭さんって別にたいしてかわいくないよねぇ? 何で牛島くんはあんな子が良い訳?」
そんな言葉が聞こえてきたのは、食堂で食事を摂って、教室に戻ってきたときだった。棘を隠さない剣呑な声は、同じクラスの少女のもの。普段はもっと高い声だった気がするが、気のせいだろうか。
「二人って幼馴染みなんでしょ? ずっと一緒にいたから、勘違いしてるんじゃない? 刷り込みってやつ?」
「一緒にいて当たり前って思っちゃってるのかもね。牛島くん、かわいそ~!」
牛島が教室のドアの前にいることに気付かない中の生徒達は、様々な憶測を並べていく。けれど、牛島の耳はそれらを聞き流し、最初に聞こえた言葉について考えていた。
椿は平凡な顔立ちだと思われがちだが、その顔が整っていることに気付いた人間からは、「綺麗」だとか「美人」と表現される事が多かった。幼い頃から椿が綺麗な少女であることを知っていた牛島は、すでにその事実は当然の物になっていた。太陽が東から登り、西に沈んでいくのと同程度には当たり前のものだった。その前提がある上で、牛島は椿を存外かわいらしい少女だと思っている。
堂々とした立ち振る舞い。丁寧な所作。それらは美しく、完成された一種の美を思わせた。けれど時折、酷く幼い印象を抱かせるときがある。男勝りな口調の中に混ざり込むかわいらしい表現。きょとんと目を瞬かせ、小さく首をかしげる様は年齢にそぐわない稚さがあった。
また、基本的に何でも満遍なく、器用にこなしてしまう椿だが、苦手なことはとことんまで駄目だった。その最たる例が家庭科の授業で行われる裁縫で、縫い目はガタガタ。間隔もバラバラ。糸を引きちぎってしまうこともしばしば。
布が重なっていたことに気付かずに縫い合わせてしまうことも多々あった。そうやって、何度も糸を抜いては縫い直すのを繰り返し、布が無残な姿になることも多く、椿はよく助けを求めて視線を彷徨わせていた。
そのようになるのは、何も手縫いのときだけではない。ミシンを使えばボビンが空回り、糸が千切れ、何度も教師を呼んでは直して貰う羽目になっていた。申し訳なさそうに、小さな声で「せんせい……」と助けを求める姿は、本人には悪いが牛島の目にはかわいらしく映った。
困り果てて、途方に暮れて、一番最後まで掛かって、ようやく完成したものはお世辞にも綺麗とは言えない出来栄え。けれど、一生懸命に作ったと分かるそれは、「好き」という贔屓目があるからか、愛おしさすら感じられた。
綺麗で、かわいくて、愛おしい。それが牛島が椿にたいして抱く、大部分を占める感情だった。
―――――どうしてあんなにかわいい奴なのに、誰も気付かないのだろう?
牛島が首を傾げる。
けれど、それでいいか、と思い直す。だって、椿は一部の生徒には密かに人気があるのだ。「美人」で「綺麗」なところを知られているだけでそうなのに、「かわいい」まで知られたら、もっと多くの人間が椿を求めるようになってしまう。それは酷く不愉快で、我慢ならないことだった。だから、これでいい。
でも。
「いくつか訂正したいのだが」
がらり、とドアを開けて、牛島がおしゃべりに興じていた女子生徒をまっすぐに見つめる。まさか牛島に聞かれているなんて考えもしていなかった少女達は、顔から血の気を引かせていた。けれど、そんなことには構わず、牛島は続ける。
「俺は勘違いでも刷り込みでもなく、俺自身があいつと一緒にいたくて傍に居る」
牛島の言葉はさして大きくないものの、低く響いた。彼の言葉が耳に届いたものが口を閉ざしていき、やがて教室に静寂が訪れる。
「また、俺はあいつと一緒にいられることを当たり前だと思っていない。いつまでもあいつの隣に立てるように努力している」
想い合う二人に、永遠がないことを知っている。永遠というものがあるのなら、両親が離婚することはなかっただろう。
けれど、共に在れる時間を伸ばすことは、努力次第でいくらでも出来るのだ。だから牛島は、努力を惜しむつもりはない。練習した分だけ応えてくれるバレーボールのように、椿も愛を返してくれるから。
「それを勘違いされて貰っては困る」
二人は、牛島が告白して、今までの関係を変えたいと言いだしたことから始まっている。それがなければただの幼馴染みのままで、何かの折に距離が出来ていたのは間違いない。椿は一人でだって生きていける。どこでだって歩んでいける。何にだって成れる。だから、彼女を繋ぎ止められる自分でいなければ、彼女はどこへだって行けてしまうのだ。
椿が今の牛島に望むのは、今まで通り、『バレーボールにひたむきに向き合う牛島若利』だ。故に、牛島は己と椿が望むように、バレー馬鹿街道を突っ走るのみ。
他の誰がそんな二人の在り方を否定しようと、それでいいと椿が笑ってくれるから。牛島はそんな彼女に背中を押されて、今日も迷いなく走り続けることが出来るのだ。
―――――ありのままの己で良いと言われることの、何と心地良いことよ。きっと、こんな己で在ることを許してくれるのは椿をおいて他にはいないから。
「俺の方が、離れられないんだ」
そう言って笑う牛島は、どこまでも優しい顔をしていた。椿を愛しているのだと、どこか熱の籠もった瞳が告げていた。
その顔はあまりにも尊くて。けれど、彼に恋をする少女が見るにはあまりにも残酷で。椿には勝てないのだと突きつけられてしまった少女は、顔色を失ったまま教室を飛び出した。
