無気力な姐さん
清庭椿
白鳥沢学園所属。
牛島と家族ぐるみの付き合いで幼馴染み。
前世が凄絶すぎたため、それを今世にも引きずって心が疲れた状態にある。
(刀剣男士がいたら違っていただろうけれど、彼等はこの世界には存在しないので)
完全に無気力で、ただ流されるように生きているだけ。
流石の牛島も自分から構いに行くレベルでやばい精神状態。
精神科にも通っているけれど、一向に改善は見られない。
***
牛島若利には幼馴染みがいる。母親同士が友人で、その延長で付き合いのある女の子と、ずっと一緒に成長してきたのだ。
その女の子―――――清庭椿は「変わった子」だとか、「浮世離れした子」と言われる牛島から見ても、大層変わった子供だった。言葉を話せないわけでも、歩くことが出来ないわけでも無い。人並みに、あるいは人並み以上に大抵のことをこなすけれど、感情の伴わない子供だったのだ。
情緒が育っていない訳ではない。不意に青空を見上げることもあれば、足を止めて花に目を向けるようなことはするのだ。
ごく一般的な善性を持っているのは分かる。困っている人が居れば手を貸すことの出来る優しさを持っている。
けれど、何に対しても心惹かれる様子は無い。感動を表に出すことが無いのだ。両親ですらも、彼女の好きなものを知らないと断言してしまうほどに。物心つく前から彼女を知っている牛島も、彼女が何かしらに深い興味関心を示したのを見たことが無かった。いっそ恐ろしいほどに、彼女は何に対しても無感動だった。無関心だった。
椿は無気力でもあった。生きる上で必要最低限のことはするけれど、それ以上のことをしようという気概が無い。それすらも、誰かが請うから行っているだけという印象すらある。それほどまでに、椿は危うい存在だった。死の淵のギリギリに立ち、いつ転落しても構わないと思っているとすら感じてしまうくらいに。「他人に興味が無い」と言われる牛島でさえ、いつ死んでもおかしくないと思って声を掛けてしまうくらいに。
「椿、食堂に行くぞ」
昼休みに入り、生徒達が昼食を摂りに一斉に動き出す時間。ざわざわとした喧騒の中、椿の元にやってきた牛島が、動く気配を見せない少女に声を掛けた。牛島の声に顔を上げた椿は、僅かに目を伏せてそれに応え、ようやく立ち上がった。
食堂に着き、牛島は自分と同じメニューに、小鉢をいくつか追加して貰って椿の前に並べる。「いただきます」と手を合わせて、二人は黙々と食事を始めた。
椿は、積極的に食事をするタイプではない。平気で食事を抜くし、放っておくと水しか飲まない一日もある。そのため、身長の割に体重が軽かった。少しでも体重を落とさないように、牛島が一緒に食べられるときは、一人前以上を食べさせるようにしている。
椿は食事が食べられないわけではない。量が少ないわけでもない。むしろ、一般的な女性よりも食べる方だろう。一人前に小鉢を追加してもペロリと平らげてしまうのだから。
「やっほー、若利くん、椿ちゃん」
黙々と昼食を摂る二人に、明るい声がかかる。牛島と同じバレー部に所属する天童覚であった。彼は牛島の前に座り、椿にひらひらと手を振った。
しかし、椿は視線を落としたまま、箸を動かしている。天童に気付いているのかすらも怪しい。
「ありゃりゃ……。椿ちゃんってば、相変わらず無愛想ダネー。若利くんの方が表情豊かダヨ」
「そうだな。椿の表情が変わるところを、俺は見たことがない」
「マジで!? 付き合い長いんでしょ?」
付き合いは長い。家族以外では、一番と言っていい程に。けれど、椿が笑ったところを見たことが無い。怒ったところも。泣いているところさえも。
昔、あまりに椿が表情を変えないので、驚かせようとした者達がいた。少年達の詳しい行動は分からないが、その結果、椿は10針も縫うような大怪我を負ったのだ。けれど、それほどの大怪我を負ってさえも、椿は顔色一つ変えなかった。血だまりの中で、いつもと変わらない表情で座り込む椿を、牛島は忘れることが出来ない。
「…………何をされても怒らない。どんな傷を負っても、泣くことすらしない。どうしたら、笑ってくれるだろうか」
牛島の弱音のような言葉を聞いて、天童が目を見開く。牛島と椿を交互に見つめ、天童が困惑気味に尋ねた。
「…………もしかして、大怪我したことあるの?」
「ああ。何針も縫うような怪我だ」
「それ、めっちゃやばい怪我じゃん!! 痛すぎて逆に痛覚が麻痺してたのかな……?」
「どうだろうな。術後も、普段と変わらなかった」
傷口が引きつったり、服に擦れるだけで痛みを感じることもあるだろう。そのはずなのに、椿はそれすらもなかった。けれど、彼女の身体に異常はないのだ。
「痛覚が麻痺しているというわけでは無いらしい。医者の話では、とんでもなく痛みに強いだけだと」
「そ、そんなことある……?」
「実際、どこにも異常は見られなかった。触覚は正常に働いていて、痛覚に異常があるわけでもない」
だと言うのに、顔色一つ変えないから心配なのだ。せめて「痛い」の一言でも零してくれれば、こちらは安心出来るのに。痛みを感じる心があるのだと、安堵の息をつけるのに。
「…………ごちそうさまでした」
食事を終えた椿が、手を合わせた。
