牛島若利の双子の片割れ






 牛島は、大切なものの愛し方を知っている。誰かを愛したことはなかったけれど、片割れが刀を愛する姿を見ていたから、その方法を自然と学んでいた。
 大切なものは傷付かないように、そっと触れるもの。愛するものに対して、言葉は惜しまないもの。愛は、惜しみなく注ぐもの。
 人とものでは、愛し方は違うだろう。けれど、彼女の刀の愛し方は、人に対して行うものにも通じるものがあるのだと、見ていれば分かる。人でもものでも、大切なものは傷付けたくない。だから優しく触れるのだ。愛する人に気持ちを伝えるのは大切なことだ。愛する人を不安になどさせてはいけない。故に牛島は、天童と想いを通じ合わせてから、あふれ出す想いをいくらでも言葉に、行動に、形にした。自信家に見えて、その実自己肯定感の低い天童が、牛島にこれ以上ないくらいに愛されていることを実感して貰えるように。
 細い身体が傷付かないようにそっと抱きしめて、いつもなら自分より低い彼の体温が上がっていくのを感じながら、少しでも自分の想いが伝わるように言葉を重ねる。天童が己に与えた影響がどれほどのものであるか。自分がどれほどの想いを抱えているのかを。


「わ、若利くん……! ちょ、ちょっと待って……!」
「どうした?」
「わ、若利くんってば直球過ぎない!? もうちょっとこう、オブラートに包もうよ!! さ、流石に恥ずかしいっていうかさぁ……」


 目尻から耳にかけての肌が、赤く染まっている。うろうろと彷徨う瞳は意図して牛島から逸らされているようだった。どんどん尻すぼみになっていく言葉と共に、天童が身を縮こませる。牛島の腕の中に捕らわれているのだから、逃げ場などないというのに。それが精一杯の抵抗であるというようだった。
 牛島の肩に顔を埋め、額を押し付ける様は愚図ついている子供のようだった。そんな天童の背中を撫でながら、牛島は言葉を探す。


「……俺は自分の感情や思考を言葉にするのが苦手だ」
「え? う、うん……?」
「だからだろうか、俺は言葉が足りないとよく言われる」
「あ、あー……。確かに、説明不足は否めないネ」


 彼の口から放たれる言葉は飾り気がなく、あまりにも率直だ。真正面から受け止めるには、いささか強すぎる。その上、圧倒的に言葉が足りない。だから、傲慢でどうしようもない人間だと誤解される。そして、その誤解が気付かないまま、彼と会話をすることを諦めてしまう人間は多かった。
 牛島を諦めなかった人間は、本当にごく僅かだった。彼を知りたいと興味を持つ人間は、あまりにも稀有だった。幼い頃は特にそれが顕著で、牛島は自然と一人になることが多かった。けれど、そんなときにいつも寄り添ってくれたのが、たった一人の片割れだった。


「……俺の片割れは、言葉を惜しまない奴だった。まともに言葉を返すことも出来ない俺に、絶えず“大切な片割れ”だと伝えてくれた。うまく相手の気持ちを汲み取れない俺に、分かりやすく言葉を尽くしてくれた」


 行動を起こすことはもちろん大事だ。けれど、行動だけでは真意が汲み取れないこともある。故にこそ、言葉と行動を伴わせることが大切なのだと、いつも片割れは言っていた。そしてそれを、片割れは常に実行していた。


「それを俺は“努力“だと思っていた。俺との関係を悪くさせないために尽くしてくれているのだと。けれど今なら違うと分かる。片割れはそれを当然のものとして行っていたのだ、と」


 片割れは人に嫌われやすい人間だったけれど、ある種の人間にはとても好かれる人間だった。だから彼女には、少ないながらも信頼できる友人がいた。自分にばかりかまけていては、彼等が離れて行ってしまうのではないかと、心配したこともある。けれど、片割れは言うのだ。彼等も大事だけれど、片割れ以上に優先するものはないのだ、と。
 片割れの友人達は、皆それを承知していた。愛するものを大切に出来る人だからこそ、自分たちは片割れを好きになったのだと。
 きっと、分かっていなかったのは自分だけだ。彼女はずっと、伝え続けてくれていたのに。愛しているから、大切だと思うから、その心に従って、そのように接してくれていただけなのだ、と。


「片割れは、自分の“好き”に嘘がつけない。愛を注ぐことを止められない。俺に対するあれはおそらく、自分の心のままに動いた結果なんだ。俺を大切だと思っているから、伝えずにいられなかっただけなんだ」


 それは、とても凄いことなのではないか。何がどうとは、上手く表現できないけれど。天童は漠然と、そう思った。
 愛を伝え続けるというのは難しい。気恥ずかしさを覚えて躊躇したり、大切だと思っていても疲れてしまうことだってあるだろう。そういったことが往々にしてあるから、気持ちが移ろって恋人同士が別れたり、永遠を誓った夫婦だって別々の道を歩むことがあるのだ。
 だと言うのに、牛島の片割れは、それをやってのけるという。否、やってのけている。鈍感な牛島に自分の想いを理解させるほどに情を傾け、何年経っても色褪せることなく彼の中に残り続けるくらいの愛を注いだのだ。その想いを宝箱から取り出しただけで、思わず微笑んでしまうくらいのものを。その片割れの少女は。だからこんなにも、牛島は優しい顔をしている。
 少しだけ、その片割れの少女が羨ましかった。自分は、それだけのものを彼の心に残せるだろうか。自分との思い出を振り返って、幸せそうに微笑んでくれるだろうか。


「天童」
「は、はいっ!?」


 僅かに俯いた天童に、牛島のまっすぐな声が届く。慌てて顔を上げた天童の目に、柔らかい顔をした牛島が飛び込んでくる。先程見たものとよく似ているのに、その眼差しに乗る色だけが決定的に異なっている。やさしくて柔らかいのに、溶けてしまいそうなほどの熱を帯びているのだ。甘くとろけた瞳と真正面から見つめ合ってしまった天童は、脳が沸騰したような錯覚を覚えた。そのくらい、のぼせ上がるような熱が込められていたのだ。一瞬で、不安に感じた心すらも溶かしてしまうくらいの、熱い想いが。


「俺も、お前が大切だから、伝えずにはいられない。お前を想うことを止められない。これはきっと、一生に足る恋だ。これ以上のものはない。これ以上のものはいらない。俺はもう、お前以外に、この心を向けることは出来ないんだ」
「わ、わかとしくん……っ」
「だから、どうか、受け止めて欲しい。お前以外に、この心は渡せないんだ」


 熱くて、甘くて。けれど、どこか切実な声。そんな、愛しさとほんの僅かな切なさを滲ませた声で言われてしまったら、受け取らないわけには行かなかった。全部、全部。自分のためだけに捧げられたものなのだから。彼の心を受け止められるのが、自分をおいて他にはいないのだから。
 否。この想いを自分が受け取らずして、どうするというのか。不毛な恋だと思っていたものが、お互いに同じものを抱えていて、ようやっと実を結んだというのに。天童以外に向けることの出来ない心を。これ以上のものはいらないとまで言い切った、彼の恋を。受け取らないなんて選択肢は、彼方へ捨て去った。
 緊張で浅くなる息を整えて、天童が牛島を見つめる。顔が熱くて、心臓が痛くて、涙が滲む視界が大きく揺れている。ぼんやりとしか見えない彼を、それでも天童はその瞳に映し続けた。


「あ、あのね、若利くん。俺、全部初めてだから、うまく出来るか分かんないけど……。が、頑張って受け止めるから……。俺の気持ちも受け止めてくれる……?」


 牛島が返事をする前に、だいすき、と拙くも切実な想いが、天童の口から告げられた。真っ赤に染まった顔で、今にも泣きそうな程に潤んだ瞳で。どうしようもなく震えた愛の言葉に、牛島は全身の血が沸騰したような錯覚を覚えた。この感情を、このときの衝動を、何と言葉にすれば良いのか。叫び出したいような、いっそ泣きたいような。とんでもない幸福と、痺れるような衝撃と、ほんの僅かに締め付けられるような感覚。それらを形にすることが出来なくて。どうしようもなくって。たまらない気持ちになって、牛島は改めて天童を抱きしめる。それは新たに芽生えたものではない。ずっと胸の内にあったものが、突然肥大したような感覚だ。この感情を、自分は知っている。それが、溢れてしまう。なみなみと注がれたコップに、さらに水を注いだときのように。


「ああ、そうか。これが、“愛しさが溢れる”という感覚か」


 その感覚を噛み締めながら、牛島は腕の中の愛しい存在を確かめる。これ以上ない幸せだと、幸せの象徴たる恋人に口付けると、天童は声にならない悲鳴を上げた。







(若利くん、俺のキャパ考えて!!)
(む、すまん)
(あと、いきなりちゅーしないで! 心臓止まっちゃうから!!)
(分かった。……天童、もう一度キスがしたい)
(若利くんは俺をころす気なの!!?)
(そんな訳ないだろう。愛しているからしたいんだ)
(もう! もう!! ………イイヨ)
(ありがとう、天童。……愛している)
(………俺も好き。大好き)




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