普通の女の子に憧れる姐さん
「恋ってどんなものなのかな?」
北と付き合い始めて、お昼ごはんを一緒に食べるのが日課になりつつある二人である。この日は天気が良かったものだから、中庭のベンチに並んで座っていた。木陰から僅かに届く日差しは眩しいが、柔らかな風が心地良い。いつもより少しだけ高い位置でまとめられた椿の髪が風になびくのを、北はこっそりと見つめていた。
そんな中、膝の上にお弁当を広げて食事をしていた椿がぽつりと呟いた。
椿は恋を知らない。友愛だったり、親愛だったり、そう言った愛情の類いは分かるけれど、恋情と呼ばれるものを心に宿した経験が無いのだ。
かわいくなりたい。恋がしてみたい。そんな普通の女の子が持つ感情を当たり前に抱き、経験してみたいのだ。だから、椿は人を好きになってみたかった。そんな理由で、椿は北の『好き』と言う言葉に応えた。それが正しいことであるかは、依然として分からないけれど。
ふと落とされた椿の言葉に、北が僅かに思考を巡らせる。けれど、自分の中でしっくりくる答えが見つけられないのか、顎に指を掛けたまま、いつもよりゆったりとした口調で言葉を紡いだ。
「改めて考えると難しいな……。誰にも盗られたくないとか、そんな風に思うんちゃうかな」
「北くんはそうだったの?」
「まぁな。やから、あのとき急いで告白したんや。他の誰かに先越されたら、この先付き合える未来は無いんやろうなって」
北が告白したきっかけ、それは偶然の産物だった。たまたま隣のクラスの生徒の言葉を聞いてしまったからだ。『断られても何度でも告白するのだ』という宣言を。そんなことをされてしまえば、嫌でも意識せざるを得ないだろう。根負けして付き合ってしまうか、本当に好きになってしまう可能性だって存在する。だから、その生徒が告白する前に想いを告げなければ、きっと自分の恋は成就することはない。そんな風に思い至って、北は椿に『好きだ』と伝えたのだ。
二人が付き合ったという話は、一年の頃のクラスメイト達によって、あっという間に拡散されていった。そのためか、件の生徒が椿に想いを告げることはなかったようだ。仮に告白していても、椿はそれを恋人に黙っているような性格ではない。呼び出しを受けた時点で北に報告が入るだろう。
北の答えに、椿が「なるほど」と興味深げに頷く。
「他にもある?」
「そやな……。嫉妬とか、そういう感情持ってまうのも、好きやから独占したいって事やろうし、特別な相手にしか持たん感情やろうと思う」
「嫉妬かぁ……。でも、君は誠実な人だから、恋人を蔑ろにするなんてないだろうし、嫉妬することあるかなぁ……」
「もちろんそうするつもりやけど、人によって嫌やと思うところは違うやろうし、断言は出来んな。でも、そうやって信用して貰えるのは嬉しいわ」
椿からの信頼を感じさせる言葉に、北がはにかむ。珍しい表情だな、とまじまじと見つめてしまう。すると北の顔がどんどん赤く染まり、ゆっくりと目を逸らされる。あんまり見つめてはいけないのかな、と椿も前方に顔を向けた。
「君が私を綺麗な目で見つめてくるのも?」
「それ、前にも言ってた気ぃするな……。自分ではよう分からんのやけども……」
「うーん……。何て言えば伝わるのかな、綺麗なものを見るような目って言うのかな。自分が特別なものになったような気分になるというか……。ちょっと照れちゃうような目だよ」
今度は椿がはにかむ。ほんのり染まった頬がかわいくて、北は頬の内側を噛んだ。そうでもしなければ、だらしない顔を見せてしまいそうだったので。
しかし、自分が椿を見つめる目は、彼女にとってそんな風に映っていたとは。実際、北にとって椿は綺麗な女の子で、綺麗なものを見ていると言うことに間違いは無い。けれど、実際にはそんな美しいものではないのだ。彼女と距離が近い相手には嫉妬していたし、邪な目を向けていた自覚はある。無邪気で無防備で、けれど最後の一歩は踏み込ませない警戒心。その一歩を踏み越えたいと何度思ったことか。
―――――恋人になった今なら、その最後の一歩を踏み越えても問題ないだろうか。ふと、欲を伴った思考が脳裏を過ぎる。真っ昼間のお天道様の下で何を考えているのやら。北は自分の思考に呆れ返る。
「よく触ってくるのも、私が好きだから?」
「そっ……うやな……。好きな人には、触りたい思うわ……」
思考を読まれたのかと疑ってしまうほど核心に触れる問いかけを投げかけられ、北は激しく動揺する。内心の狼狽は表にも現れてしまって、一瞬声が裏返る。椿がチラリと横目で北を見たが、そのことには触れなかった。その代わり、椿の視線が上を向く。空の青さに目を細め、目元に手をかざした。
「そっかぁ……。だから北くん、スキンシップ多かったんだね」
「うぐっ……!」
それは以前にも指摘されたことだった。付き合い始める前から、好きという気持ちが溢れてしまっていて、つい彼女に手を伸ばしていたのだ。自分が意識しているよりも、きっと彼女に触れていた。椿が、そのことを口にするくらいに。
「私からも触っていい?」
「えっ」
「好きな人には、触りたくなるんだろう? なら、私もいっぱい触ったら、好きになれるかなって。いやかな?」
「いや、ちゃうくて……。いや、うん、ええよ……」
「なら、ご飯食べ終わったら、手を繋いでもいい?」
「え、ええよ……」
「ありがとう」
そう言って、にこにこと笑った椿が昼食を再開する。美味しそうにご飯を頬張る椿は幸せそうで、その顔を見ているだけで北の顔も緩んでしまう。けれど、少しだけ悩みが増えた気がした。
―――――この子と恋をするのか。耐えられるだろうか。大事にしたいのに。
けれど、椿のことは本当に大切にしたいと思っているのだ。ならば、耐えるしかない。彼女が自分と同じ熱を持つまで。
***
角名倫太郎は北信介の恋人が気になって仕方がなかった。ミスター隙無し男が恋をした相手。それも、北が溺愛しているという女の子。『舐める隙を与えて欲しい』と考える先輩の“隙”になり得るもの。一度で良いから見てみたいと思うのも無理からぬ事であった。
移動教室の際、角名は北の所属クラスを覗いてみる。北の姿は見えず、誰が彼女かも分からない。実際に北の恋人を見たことのある先輩達の評が“北と同じクラスの長身美人”だったから、見れば分かると思っていたけれど、角名の目から見て長身と思える女子生徒は居なかった。
二人揃って教室を出てしまったのだろうか、とがっかりしていると、隣のクラスから二年生が廊下に出てきた。
「お、一年やん。二組の奴に何か用か?」
「誰か捜しとるんなら呼んだるけど?」
角名に声を掛けたのは、日焼けした肌が印象的な男子生徒と、思わず振り返ってしまうような美少女だった。
「え、いや、すいません。部活の先輩のクラスだったんで、覗いてみただけです」
突然先輩に声を掛けられた驚きと、その相手がびっくりしてしまうようなかわいらしい少女だったことに声が上擦りそうになる。何とか動揺を押し殺したものの、視線が泳いでしまったので、きっと相手には気付かれていただろう。
不思議そうに目を瞬かせた女子生徒が、ふとしたり顔になって角名を見上げた。にっと口角を上げた顔もかわいらしく、少しばかりドキドキしてしまう。
「はっはーん? さては君、バレー部やな?」
「え、なんで分かって……」
「やって、北くんの彼女見に代わりばんこに来るんやもん。そら分かるわ」
「この前は双子も来とったよな」
「せやねん。大人しい方と花飛ばしとったわ」
大人しい方、と言われて思い浮かべるのは治の方である。どちらもどちらで大概であったが、“より酷い方”として認識されているのは侑だ。愛嬌はあるがお調子者で騒がしく、人の心を慮らないことも多いため、そのように認知されてしまっているのだ。そして、相対的に見て大人しく、落ち着きがあるように見える治は、宮兄弟の“マシな方”として認知されている。角名から言わせて貰えば、どちらもろくでなしの人でなしであるのだけれど。
治は侑を反面教師に、人に優しくすることを心掛けている。出来ているかどうかは明言しないでおくが、侑よりはあたたかい対応が出来ている。けれど、自分が“嫌だ”と感じた人間に対しては、どこまでも冷たく出来るのが宮兄弟だ。それが花を飛ばす―――――おそらくは美味しいものを食べているときのような顔をしていたということだろう。そんな顔を見せる相手ということは、彼等も懐いてしまうような人間と言うことになる。一体どんな少女であるのか、角名の好奇心が膨れ上がる。
「あの双子、大概や思とったけど、さにーの前やと大人しいよな」
「そら、北くんを骨抜きにした女の子やで? 一年なんてイチコロやわ」
「北さんが骨抜き……」
それは想像も出来ない事態である。より好奇心が膨らむ。キラリと目を輝かせた角名に、美少女が「にひひ」と忍び笑った。
「せやでー。北くん、一年の頃からベタ惚れでな。もうメロメロやねん」
「え、あの隙とか全然無い完璧人間が……?」
「俺らからすると隙無し男っちゅーより、形無し男やけどな」
「まぁ、椿ちゃんのこと以外ではちゃんとしとるし、そう思われるんも仕方ないんとちゃうか?」
北を“形無し”と表現するところに、同級生の容赦のなさと強さを垣間見る。口元が僅かに引きつるのが自分でも分かって、そっと口元を覆った。
「品川、南雲さん、一年に何吹き込んどるんや」
呆れたような声が耳に届き、角名の肩が盛大に跳ねる。そろりと振り返ると、北が長身の少女を伴ってこちらに向かって歩み寄っていた。
「品川くん、くーちゃん、一年生とおしゃべり?」
「せやねん。今、バレー部の一年が椿ちゃん見にきとってん。その相手しとったんよ」
「私?」
椿と呼ばれた少女が角名に目を向ける。自分と変わらない長身に少し驚く。長身とは聞いていたものの、北よりも背が高いとは思わなかったのだ。
切れ長の目元が涼しげな、中性的な美形。華やかさには欠けるものの、整った顔立ちをしている。艶やかな黒髪はそれは見事で、風になびいていたら目を奪われていたことだろう。
「北さんの周り、美人多くない?」と南雲と椿を交互に見やる。どちらも違った雰囲気を持つ美少女で、羨ましいなぁと天を仰いだ。
「そうそう。北くんの彼女が気になるんやって」
「そうなんだ? そんなに気になるものかなぁ……」
「俺は見たい気持ちも分からんでもないなぁ。浮ついた話なんて全然無かった北の彼女なら尚更やろ」
「そっかぁ……」
澄んだ声が耳に心地良い。綺麗な人は声も綺麗なのかと驚く。女子生徒にしては少し低めの声だったが、それが返って聞き触りが良いのだ。甲高い声よりずっといいな、とじっと椿の顔を見つめていると、じとりと北に圧を掛けられる。強すぎる圧に負けて、角名はそろりと視線を逸らした。それに満足したのか、北の視線も角名から外れる。圧を消し去って、彼は自身の恋人に声を掛けた。
「すまんな、清庭さん。こんな注目されるとは思わんくて……。一回きつく言っとくわ」
「ううん、大丈夫。嫌なこと言われたりされてるわけでもないし。今まで会いに来てくれた人はみんないい人だったし。それに、隠されたら余計に気になると思うから、気にしなくて良いよ。でも、知らない人にいきなり声を掛けられるのはびっくりするから、北くんが一緒に居るときにして欲しいな」
「そらそやな。俺も嫌やし。そう言っとくわ」
「うん、ありがとう」
ふにゃ、と釣り目が柔らかく緩む。ほんのりと染まった頬は、恋人でなくともかわいらしく見える。気の強そうな見た目とは裏腹に、おっとりとした性格の少女。なるほど、このギャップにやられたのか、と角名は冷静に分析する。ギャップっていいもんな、と納得していると、件の少女が改めて己に目を向けてきた。それに驚いて肩を跳ねさせると、椿は柔らかい笑みを浮かべた。
「初めまして、清庭椿です。バレー部の一年生だよね?」
「あ、はい。角名倫太郎です……」
「えっと、北くんの彼女です。よろしくね?」
たどたどしい『彼女』の言葉に、北が顔を覆って俯いた。はにかんだ顔の破壊力と言ったら。品川が天を仰ぎ、南雲が思わず崩れ落ちるほどだった。正面からその顔を見た角名も、思わず口元を覆った。「これはアカンわ……」と思わず関西弁が口から零れそうになる。それを何とか口の中に押し込んで、「こちらこそ」と言う言葉を絞り出した。
***
「彼氏の方が背ぇ低いって嫌やない?」
そう椿に尋ねてきたのは、二年生になって同じクラスになった橋本だ。彼女は椿に次ぐ長身の少女で、椿とは違い、その背の高さにコンプレックスを抱いているようだった。そのためか、相対的に自分が小さく見える椿の隣に並びがちで、椿を大層かわいがっている中居からの評価はあまりよくない。橋本は真面目で素直な性格をしていて、彼女個人だけならば良い友人になりうるだろう。けれど、椿を利用するような打算が見え隠れする部分が彼女には気に入らないようだった。今も、遠回しに北に対して文句を口にする橋本に、中居がムッとする。けれど椿がそれを宥め、橋本に笑いかけた。
「橋本ちゃんは背が高い人がタイプなんだね」
「そやねん。ぜーったい自分より大きい人がええねん!」
力強い言葉に、中居がむくれる。彼女は橋本よりも北との付き合いが長く、彼女よりも信頼度が高い。故に、悪口とも取れる言葉選びに腹が立ってしまうのだ。椿もそんな橋本に思うところがないわけではないけれど、まずは彼女の言い分を聞いてからだ。続きを促すように相づちを打つと、橋本は少し表情を暗くした。
「清庭ちゃんには悪いけど、うちは高身長がコンプレックスやねん。ずーっとデカ女言われてきて、それが嫌やってん。やから、絶対自分より背ぇ高い人がええなぁって思っててな……。やから、清庭ちゃんは嫌やないんかなって……」
「そっかぁ……。それを言ってきた人は、橋本ちゃんが羨ましかったんだね。私は背が高すぎたから、逆に何も言われなかったなぁ」
「まぁ、清庭ちゃんほどの高身長相手にそれ言ったら、ひがみにしか聞こえんもんなぁ……」
椿とて、そういったことが全くなかったわけではない。けれど、それを直接言ってくる人間が周りに居なかっただけだ。そもそもとして、椿は自分の身長について深く考えたことがないというのもあるだろう。何せ彼女の親族はみんな高身長であるので、気にするほどのことでもないと考えているのだ。
「私は別に身長にこだわりはないかな。でも、それを気にする人はやっぱり居るよね。今度北くんに聞いてみるよ。気付かせてくれてありがとう」
「えっ!?」
「そろそろ授業が始まるから、席に戻るね」
拙いことを言ったのでは、と慌てだした橋本に、中居が「アホ」と呟いて嘆息する。これで二人の仲に亀裂が走ったら一生恨むからな、と念を込めてデコピンをかまし、中居も席に戻った。
さて、椿が件の質問を北に投げかけたのは、翌日のことであった。
「北くん、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「おん、ええよ」
「あのね、私の方が背高いの、いや?」
予想外の問い掛けに、北が目を丸くする。彼女は身長にコンプレックスを抱いていただろうか、と思考を巡らせるも、今までそう言った言動は見られなかった。自分と付き合うようになったことで考えが変わったのだろうか、と不安になる。けれど、まずは自分の不安より椿の憂いを払うことが先決だ。
「そんなことないで。背高いの、かっこええやん」
「そっか、よかった。私も目線近いの嬉しいし、北くんが嫌じゃないんならよかった」
「せやね。横向いたら目合うの、ええよな」
「うん」
ありのままを告げると、椿が嬉しそうに笑う。その顔に懸念の色は見られなくて、北は内心でほっとした。
「でも、いきなりどうしたん? 清庭さん、背のことで気になることでもあったんか?」
「ううん、身長どうこうで悩んだことはないかな。でも、それで悩んでいる子がいるのを知ったから、聞いてみただけ」
「そか。……むしろ、俺の方が背ぇ低いの、嫌やないんか?」
「全然。むしろ、ちょっと特別感あって嬉しいよ。北くんが見上げるような女の子、殆ど居ないでしょう?」
北の背はバレー部員としては低い方だろう。世間一般から見ても、特別大きいというわけではない。けれど、北を見下ろすような女性が殆ど居ないのは事実だった。
180センチを越える日本人女性は、約5000人に一人の割合らしい。それほどまでに、椿ほどの高身長女性は珍しいのだ。
男心としては複雑なものがあるけれど、得意げな顔の椿がかわいらしかったので、北は全て良しとした。好きな子の笑顔は何物にも代えがたいものなのである。
***
テスト期間は、基本的に部活動は休みである。テスト勉強をするために、北と椿は二人で図書館に向かっていた。学校の教室や図書室でもよかったけれど、成績の良い北は、テスト前になると教師の代わりに教えを請われるのだ。それは椿も同様で、彼等はテスト期間に入るとさっさと帰路に着くのだが、今回は付き合って初めてのテスト期間である。部活で遅くなることの多い北とは時間が合わず、下校時間が重なることは滅多にない。そのため、少しでも一緒に居る時間を増やしたくて、北が図書館に誘ったのだ。
「北くんは何の教科が得意なの?」
「うーん……。理数系やろか……。清庭さんは?」
「私は現代文と歴史かな。あと、地理も結構出来ると思う」
「暗記系が得意なんやな」
「そうかも。でも、計算はちょっと苦手かな……。あと、英語のリスニング……」
「リスニングは俺も苦手やわ……」
授業で行われるリスニングは、ネイティブとは程遠い発音で行われる。英語教師だからといって、本場と同じように話せるわけではないのだ。テスト用に使われる音声のようなネイティブな英語はどうしても聞き慣れず、聞き取りテストには苦手意識があった。二人は苦笑するしかない。
「でも、得意科目が違うから、お互いに分からないところを聞けそうでよかった」
「せやな」
横断歩道の信号が、青色から赤色に変わる。二人で並んで立ち止まり、信号が変わるのを待つ。ふと、何の気なしに俯いた椿がぽかんと口を開けた。
「………私、こんなに足小さかったっけ」
「うん? どないした?」
「えっとね、靴の大きさが全然違うなぁって思って」
片足を上げ、ぷらりと足を揺らす。ぺし、と軽い音を立てて地面に足を着地させると、北は納得したように頷いた。
「男女差っちゅうか、個人差やろ。男でも、小さい奴は小さいしな」
「そっか。結構手足大きい方だと思ってたけど、北くんと比べると小さいのか……」
「何や、俺のが小さいと思っとったんか?」
「うーん、考えたこともなかったな。今こうして並んでみて、こんなに差があるんだって、驚いたんだ」
「そやなぁ。なんや、かわええな」
「ありがとう?」
男女差もあれば、個人差があるのは当然だ。けれど、椿は同年代の女子生徒と比べて、背も高ければ手足も大きかった。故に、北の隣に並んだ自分の足が思ったより小さかったことに驚いたのだ。こんなに違いがあるなんて、と。
(もしかして、私が大きいのって背丈だけなのだろうか……?)
女子生徒とじゃれあっているときに感じるのは、『女の子はみんな小さい』と言うものだ。頭一つ分小さい女の子だっているし、ちょっとした触れ合いで触った手のひらは一回りも二回りも細くて小さい。自分より手足の大きい女の子なんて記憶になかった。
(ああ、でも、私より背の低い短刀達や脇差し達の中にも、私より手の大きいものはいたっけ……)
本丸全体を休みにして、各々が好きなことをして過ごしていた昼下がり。乱や五虎退と手遊びをしていたときのこと。後で混ざってきた薬研や厚とは、身長差はそこそこあったのに、手の大きさは自分と殆ど変わらない大きさだった。そのことを思い出した椿は、やっぱり男女差って大きいなぁ、と感心する。
信号は依然として赤いまま。歩行者信号が青色に変わるには、もう少し時間が掛かりそうだった。
信号の色を見つめる椿を横目で見ながら、北は自分の手を握っては開いてを繰り返していた。この話題にかこつけて、手を握れないだろうか。北はずっとそわそわと落ち着かない気持ちが続いていた。
「な、なぁ……」
「うん?」
「て、手の大きさも比べてもええ?」
「いいよ。どうぞ」
無防備に差し出された手に、北は一瞬動揺した。勇気を振り絞って伝えた言葉はあまりにもあっさりと叶えられ、呆気なく寄越された手を見つめる。椿は大きい手だと言うけれど、北の手のひらと比べてしまえば一目瞭然だ。ほっそりとした指先に、遠慮がちに触れる。そっと手のひらを合わせると、大きさもそうだが、太さに明確な違いが見えた。
「球技大会のときも思ったけど、やっぱ結構差あるな?」
「本当だ。女の子と比べると、二回りくらい大きいんだけどな」
「そうなん?」
「うん。ちっちゃくて、まるっこくて、やわらかいんだよ」
「清庭さんの手は、ほっそりしてて、すべすべしてて、なんやずっと握ってたくなるな」
「そうかなぁ」
北に握られていない方の手を眺めながら、椿が首を傾げる。やはり自分の手を見ても、何とも思わない。見慣れた手のひらがあるばかりだ。けれど、北はその手を大切なものとして扱う。まるで宝物のように。
合わせた手のひらは、酷く熱かった。体温が低いわけではない椿でさえ、熱いと感じるくらいに。
緊張しているのだろうか、とチラリと北の顔を見る。彼は合わせた手のひらを見つめ、ほんのりと頬を染めていた。
「………もうしばらく、握っててもええか?」
「いいよ。どうせなら、図書館まで手を繋いでいようよ」
「ありがとう」
まだ、付き合い始めたばかり。二人の間に同じ熱量はない。けれど、いつかその日が来ることを待ちわびている。
***
「北くん! 見てみて!」
テスト期間を過ぎ、答案用紙の返却が始まった。最初に返ってきたのは数学で、授業を終えた椿はいの一番に北に声をかけた。答案用紙を掲げ、キラキラと目を輝かせている。珍しいはしゃぎぶりに、北は目を瞬かせた。かわいいなぁ、と思いながら続きを促すと、椿がにこりと笑う。
「北くんに教えて貰ったところ、全部解けたんだ!」
「そうなん? そら良かったわ」
「んふふ、今回が一番いい点数だったの。北くんのおかげ」
そう言って見せてくれたのは、95点と書かれた数学のテスト。苦手な科目は80点代をうろうろしていると言っていたことを考えると、大躍進である。
「凄いやん。でも、俺が教えただけではこの点は取れんやろ。清庭さんが頑張ったからやで」
「ありがとう。でも、北くんが教えてくれなかったら、取れなかった点数もあるから、やっぱり北くんのおかげ」
「お互い様やで。俺も清庭さんに教えて貰わな解けん問題もあったしな」
「ほんと? それなら良かったぁ」
ふにゃふにゃと、緩みきった顔で椿が笑う。きっと自分の顔も緩んでいるのだろうな、と思いながら、北も微笑んだ。
「分かんないとこ、また聞いてもいい?」
「構わんよ。なんぼでも聞いてくれて」
「やった、ありがとう」
あんまりにも嬉しそうな顔で椿が笑うものだから、北はいっそ苦しくなってくる。もうずっと、心臓が痛い。
―――――寿命が縮んでまいそうやわ。ずっと酷使されている心臓を心配しながら、北は椿の頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。
***
尾白「仲ええなぁ」
中居「つーちゃん、めっちゃ良い笑顔しとるわ。かわええなぁ」
尾白「北が恋人にどうやって接するんか想像も出来ひんかったけど、あんな風に接するんやなぁ」
中居「恋人にまで隙無し男対応するわけないやん」
尾白「そらそうやけども。ちゅーか、意外とスキンシップ多いんやな。何か意外やわ」
中居「付き合う前からめっちゃ触りまくっとったで、北くん」
尾白「嘘やろ」
中居「つーちゃんにだけやけどな。かわいくてしゃーないんやろうなぁって、みんな微笑ましく見とったわ」
尾白「一年のときから同じクラスやったらおもろかったやろうなぁ……」
中居「楽しかったで、形無し北くん見守るの」
尾白「めっちゃ聞きたいねんけど」
中居「いっぱいあんねん、全部話たるわ」
尾白「おおきに」
北「聞こえとるぞ、そこ」
椿「形無し北くん……?」
北「何でもない。気にせんで、頼むから」
中居「な? 形無しやろ?」
尾白「せやなぁ。バレー部で回そかな……。一年もとっつきやすくなるやろ」
北「絶対に止めぇ」
