木兎さんの彼女
木兎は読書が苦手だった。じっとしているのも好まないし、文字を読むことが苦手なのだ。けれど、文章を読むのは良いことなのだと世間は推奨している。それを趣味にしている人間が存在するほどには面白いもの。木兎にはいまいち理解できないけれど、誰かにとっては自分にとってのバレーになるものだと言うことは理解できるのだ。だからまぁ、何というか、学校が設けている朝読書の時間くらいは、きちんと文字を追うことに専念しようという気概くらいはあるのだ。苦手であることに間違いはないけれど。
けれど、何の本が面白いのかは分からないし、ヒット作なんて一つも知らない。自分でも楽しく読めそうなジャンルがどれかなんて、知りもしないのだ。分厚くて難しそうな本が読めたら格好良いだろうな、と手を出してみたことはあるけれど、内容なんてまるで分からなかった。自分には早かったのだと、薄めの本を手にしたけれど、これまた難解な事ばかりが書かれていて、さっぱり理解が及ばない。どんな本なら読めるのだろうか、と図書室をぐるぐると歩き回る。誰かにおすすめでも尋ねてみようか、と視線を巡らせると、貸し出し口に一人の少女が座っているのが見えた。
話したことはないけれど、見覚えのある少女。確か隣のクラスの女子生徒だ。他の女の子と比べて頭一つ分飛び抜けた長身の少女で、見掛ける度に「背高いな-」と目で追ってしまうのだ。図書委員だったのか、と木兎が受け付けに歩み寄る。
「ねぇねぇ、本読むの好き?」
「ん? ああ、好きだよ」
初めて声をかけるにしては馴れ馴れしかったかなとか、ちょっと台詞を変えたらナンパみたいだな、と思いながら木兎が首を傾げる。相手は一瞬きょとんと目を瞬かせたけれど、すぐに微かに微笑んで、木兎に受け付けに設置された椅子に座るよう促した。それを有り難く受け、木兎は椅子に座った。
「おすすめの本ってない? 俺、文章読むの苦手でさぁ」
「どのくらい苦手かにもよるかな。現代文の授業の題材くらいの長さなら平気だろうか?」
「うーん、読めないことはないけど、割と眠くなる……」
「そうか……。なら、文章を読むことを目的とするのではなく、別の目的を持って文章を読むのはどうだろう?」
「うん? どういうこと?」
受け付けに設置されたおすすめの本コーナーから、一冊の本を抜き出す。教科書よりも少し厚い程度の文庫本で、広げてみせられた中身は、短い文章がいくつも連なっていた。小説ではないな、と顔を上げると、文字をなぞる少女の顔があった。彼女が本に視線を落としていることに気が付いて、再度文字に視線を落とす。
「これは格言集」
「かくげん……?」
「人生の真実や機微を、万人への戒めとなるように簡潔にした言葉のことだ。簡単に言うと、人間の生き方や教訓を覚えやすい形にまとめたものだよ」
「ふぅん……?」
何だか難しそうだなぁ、と思いながら、短い文章を追い掛ける。確かにこのくらい短い文章ならば、自分でも読める。けれど内容が難しかったら、きっと眠くなってしまう。そんな考えを察したのか、図書委員の生徒は小さく笑った。
「これを使ってゲームをするんだ」
「ゲーム?」
「誰かに贈りたい言葉だなとか、この言葉はこの人に当てはまるなとか、そういうことを考えて読むんだ。そうすることで、文章を読むという苦手なことから気が逸れるだろう? 宝探しのような感覚で文字を追うんだ」
「宝探し……」
「ああ」
それは少し、面白そうかもしれない。手に取って、パラ、とページをめくる。短い言葉の羅列は少しばかり難しいけれど、何だか格好良くて、木兎の好奇心を煽るには十分なものだった。
キラキラと輝く木兎の瞳に、少女がクスリと笑う。
「どうだろう? ちょっと楽しそうじゃないか?」
「楽しそうかも!」
「ふふ、それはよかった。それでも眠くなるようなら、また一緒に考えよう」
「おう、ありがとな! えっと……」
「清庭椿。よろしく」
「俺は木兎光太郎! よろしく!」
輝く笑みが二つ、静かな図書室を照らしていた。
