牛島さんの幼馴染みで恋人な姐さん






 牛島と椿が恋人同士だと判明しなかったのは、何故なのか。それにはいくつか原因がある。まず一つ目に上げられるのは、牛島がどこまでもストイックにバレーに打ち込んでいるからである。暇さえあればバレーに繋がることを考え、走り込み、ボールに触れる。余暇の全てをバレーに注ぎ込むような男のどこに女の影が見えるというのか。実際、他の生徒より多くの時間を牛島と接するバレー馬鹿達は全く気付くことが出来なかったほどである。他の生徒達が気付くなど、ストーカーでもしていなければ察知することなど不可能だ。
 二つ目に上げられるのは、二人の距離感が絶妙であることにあった。他より少し距離が近いように思うときはあれど、赤ん坊のときから共に過ごしていた者同士ならば、そのくらいの距離を許してもおかしくはないと思わせる程度の接触しか行わないのだ。おそらく、二人とも生真面目な性格をしているから、人前では節度ある振る舞いを心掛けているのだろう。
 三つ目に上げられるのは、周囲の思い込みである。牛島はどこまでも真摯に一つの競技に向き合い、現状に満足することなく、より高みを目指している。余所事に目を向ける暇などなく、バレーが恋人と言っても過言ではなかった。あまりの女っ気の無さに、「牛島はバレーと結婚しそうだ」という者まで居たくらいだ。さもありなん。
 また、椿も同じである。年頃の少女が好むものとは無縁で、流行にもあまり関心がない。恋バナにも相づちを打つばかりで、興味をそそられている様には見えなかった。そんな二人が告白の断り文句に「恋人がいるから」と言っても、説得力は皆無である。故に、二人が付き合っているという事実は、交際期間三年目を迎える年になるまで、明るみに出ることはなかったのである。
 そして、本人達の口から交際宣言が為されても、未だに信じていない生徒は多かった。


「あの二人って本当に付き合ってんの?」


 添川に尋ねたのは、一年生ながらサッカー部でベンチ入りを果たしている男子生徒である。彼はどうやら椿にご執心であるようで、椿に恋人が居ることを信じていない、あるいは信じたくない生徒の一人だった。
 けれど、それは添川こそ聞きたい問い掛けであった。何せ彼は、中等部からの持ち上がり組で、牛島とも椿とも付き合いが長いのである。それなのに交際していることを明かされず、気付くことすら出来なかったのは中々にショックだったのだ。彼は答えを持ち合わせていなかった。


「そんなん本人に聞きなよ。俺達だって知らなかったんだから、証明なんて出来ないって!」


 添川の代わりに答えたのは、同じクラスに所属する天童だった。言葉尻がきついのは、観察眼があると自負している己が、二人が恋人同士であると見抜けなかった事実が悔しくてたまらないからだ。よくよく見れば、椿を見つめる牛島の眼差しは愛しいものを見つめるそれであると分かる。椿だって、牛島の前だと笑みが多くなるのだ。先入観を持たずに見れば、自分ならばきっと気づけたはずだと、天童は確信している。その程度には、ヒントは至る所に散りばめられていた。


「それが出来たら苦労はしねぇっつの……」


 サッカー部の山内が悪態をつく。普段は気のいい男であるのだが、想い人がすでに別の誰かのものであるという事実が、彼をやさぐれさせていた。


「んじゃ本人達に聞こ。おーい、若利くーん! 椿ちゃーん! ちょっと質問したいんだけどー!」


 教室の窓から顔を出し、廊下の隅に並び立つ牛島と椿に声をかける。二人は一瞬顔を見合わせて、揃って窓際にやってきた。


「邪魔してごめんね。でも気になっちゃってさぁ」
「いや、構わない。それで、何が気になるんだ?」
「二人って中学のときから付き合ってたんでしょ? 周りに言おうとか思わなかったの?」
「いや、そういうわけではないんだ。親しい者には伝えようと思っていたんだが、そのとき、丁度親しい者の一人が失恋したとかで落ち込んでいて。余計に落ち込ませてしまうのではないかと考えて先延ばしにしてしまったんだ」
「そのままタイミングを失って、結局は伝えられずにいたんだ。だが、そのうち気付くだろうと思っていた」
「ああ。特にバレー部の面々は視野が広い者が多いから、何人かは気付いているものだと……」
「あー、なるほどね……」


 それだけでは無さそうだけれど、とは口には出さなかった。椿がまっすぐに天童の目を見つめていたから。その眼差しの強さに気圧されて、彼は口を噤んだのだ。きっと、少なからず苦労があったのだろう。おそらく、牛島に最も近しい異性と言うことで、彼に想いを寄せる少女達から嫉妬されてきたのだ。それこそ、幼い頃から、ずっと。
 この話題は悪手だと、天童が話題を変える。


「付き合おうと思った切っ掛けとかってあんの? ほら、よくあるじゃん。幼馴染みで好き同士だと、近すぎて告白できないとか、関係を壊したくないとか」
「そもそも告白したのってどっちからなんだ?」


 天童の問い掛けに、添川が質問を重ねる。「俺からだ」と牛島が答えて、しばし黙り込む。


「………切っ掛けはおそらく、椿を綺麗だと褒めている奴の言葉を聞いて、焦燥感を覚えたからだ。そう思っているのは自分だけではないのだ、と」


 椿は美人である。華やかな見た目ではないが、見れば見るほど整っていることが分かるタイプだった。ぱっと見では平凡な顔に見られがちで、メイクをバッチリ決めたかわいらしい女の子達に隠れがちなのだ。そのため、男子生徒からはスルーされがちであった。そうやって、椿はずっと見逃されてきた。
 けれど、一度目に留まってしまえば、綺麗な少女であると分かってしまうのだ。牛島だけが、彼女の魅力に気付いていたはずだったのに。他の誰かが、彼女を見つけてしまった。


「そのときに、椿を誰にも渡したくないと思った。だから好きだと伝えた。それだけだ」
「そうして告白されて付き合い始めた。若利の人となりは十分に知っているし、彼も私を十全に知っている。だから、特に問題はないだろうと思ってな」


 すっぱりと言い切った二人に、天童の視界の端で山内が項垂れた。
 中学二年のときから付き合っているという話であったから、倦怠期が訪れているのではないかと考えていたのだ。惰性で付き合い続けているならば付け入る隙があるはずだ、と。けれど、牛島はずっと椿を想い続けているし、椿もその想いを受け入れている。二人が別れるような事態は、あったとしてもまだまだ先の未来のことだろう。


「なら、二人ともお互いに好きなとこいっぱいありそう。でも、椿ちゃんは口ぶりからして、付き合いだしてから好きになった感じ?」
「どうだろう。そこら辺は曖昧だ。でも、好きでもない相手と一緒に居られるほど、私の器は大きくない」
「そりゃそうだ」


 いいねぇ、相思相愛。そう言って天童が笑うと、二人も淡い笑みを浮かべた。


「具体的にどこが良いとかってあんの?」
「結構突っ込むな、お前……」


 天童が興味津々で質問を重ねていく様子に、添川が苦笑する。聞いていられなくなった山内が、失恋した悲愴な顔でふらふらとその場を離れていく。少しばかり可哀想な気もしたが、添川も友人達の恋路の方に興味があった。
 二人は少し考え込んでしまって、先に答えたのは椿の方だった。


「一途なところがいい。バレーにも、私にも。好きなものに対して、真剣で誠実な姿勢が好ましい」


 キラキラと、美しい光を湛えた眼差し。その顔はどこか誇らしげなで、牛島の在り方を肯定しているのがよく分かる。
 彼は少しばかりストイック過ぎて、色んなものを置き去りにしてきた人間だ。そのせいで会話が噛み合わないこともあり、離れていく人間も少なくはなかった。
 けれど、椿はそんな牛島を好ましいと言う。愛する物があってこその彼を、何よりも愛しているのだと。


「………それは初耳だ」
「そうだったか?」
「………お前はたまに、伝えなければならないことを忘れているときがある」
「そうか。注意しよう」


 本当に分かっているのか。そうでないのか。椿は頷いたけれど、彼女に自覚はないようだった。そんな彼女を見て、牛島が眉を寄せる。けれど、それは不機嫌故のものではなく、きっと照れから来るものだ。珍しいものを見た、と天童が忍び笑う。


「……君らめっちゃおもしれぇね! それ、カップルの会話かよ! 業務連絡じゃん!」
「そう言われてもな。まぁ、私達はこれで良いさ。無理に取り繕っても疲弊するだけだからな」
「確かに、自然体で居られるのって大事だよね〜。良かったねぇ、若利くん。二人は長続きしそうだよ」
「そうか。……そうだな。末永く続いてくれると良い」


 物心付く前からの付き合いで、中学二年生から恋人になって。二人の関係は長く続いているだろう。けれど、これから先のことは分からない。今言えるのは、今の自分の心だけなのだ。だから、何の根拠もない言葉ではあれど、周囲から見ても二人の未来が続いていくように映るのは、とても嬉しいものだった。


「椿のことは、一生大事にしたいと思っている」
「ごちそうさまでーす!」


 応援してるネ! と笑った天童に、牛島はしっかりと頷いた。




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