稲荷崎の姐さん
清庭椿
中三の冬頃、親の転勤で兵庫に移り住み、稲荷崎高校に進学。
剣道の強い高校に行きたかったが、将来学芸員になりたいと考えているため、その道に進学率の高い稲荷崎を選択。
剣道部に所属したが、剣道部は中学から惰性で続けてきたような部員が多く、人数も少ない。
剣道に本気で挑む椿が入部し、全国大会に出場したことで不満が爆発。
部員の殆どが退部してしまい、剣道部は廃部に。その上、部活潰しの噂を流される。
けれど、椿の努力を見ていた北がバレー部のマネージャーにならないかと打診。
最初は良くない噂が流れていたため、簡単には受け入れられなかったが、北が連れてきたと言うことと、北と似たような人間性を見て、だんだん馴染んでくる。
***
俺が嫁に貰いたい
侑「清庭さーん! 何か差し入れとか作ってや!」
椿「それは別に構わないが、ファンの子でなくていいのか?」
侑「ええよ! やってファンの作ったもんなんて、何入ってるか分からんし!」
椿「まぁ、そういう子も中にはいるだろうが……。分かった。おにぎりとかレモンの蜂蜜漬けとか、そういうので良いだろうか?」
侑「マジで!? おにぎりがええ!!」
治「俺も食いたい!!」
侑「はぁ!? 俺が先に頼んだんやぞ!!」
椿「いいよ。明日は土曜日だし、エネルギー補給用として作れば良いかな?」
侑「ええです! 練習してたらすーぐ腹減るし、飯の時間なる前に補給出来たら助かります!」
治「分かるわ。昼までとか夜までとか、待ってられんよな」
侑「お前は食い過ぎやけどな」
北「何わがまま言うとんのや。そんなもん自分で用意せぇ」
侑「ぎゃ!? 北さん!!」
北「清庭さんも甘やかさんでええよ。明日も朝早いんやし、準備かて大変やろ?」
椿「問題ない。ちょっと迷惑をかけるかもしれないから、そっちの方が心配かな」
北「迷惑かけてええ。俺が無理矢理連れてきたんに、清庭さんはよう頑張ってくれとる。俺等のこともこき使てや」
椿「ふふ、じゃあ明日は少しお願いしようかな」
北「おん。………わがまま言うたお前ら、率先して手伝いや?」
「「はい!!!」」
椿「と言うわけで、おにぎりをたくさん作ったよ。一人二つの計算で作ったから、取り過ぎないように。それと、私が抜けている間に、マネージャー業をしてくれてありがとう」
侑「待って!!? 俺そんなつもりで言うたんと違いますよ!!?」
治「まさか、調理室借りて、部員全員分作るとは思わんかった……」
椿「二人だけに作るわけにはいかないだろう?」
侑「女子マネの差し入れを一人だけ貰って、ええやろ~!って自慢しながら食べるんが最高なんやで!?」
治「最低やな……」
角名「本当にね」
北「……大変やったんちゃう?」
椿「まぁ、少し。でも、中の具材は朝のうちに作ってきたし、何より、みんなの力になれるなら、それが一番だから」
北「……いや、ほんまに宮兄弟がすまん。お前ら、感謝して食えよ!」
「「「アザース!!!」」」
椿「いいえ。どうぞ」
治「めっちゃ美味い! いくらでも食えそうやわ!」
角名「清庭さんも隙がなさ過ぎる……。もうちょい舐める隙を与えて欲しい……」
侑「混ぜご飯の中にもちゃんと具材入っとるのええなぁ! 清庭さん、ありがとう!」
椿「ふふ、気に入って貰えて何より」
尾白「清庭はええ嫁さんなるで! 俺が保証したる!」
治「確かに、これは彼女やなくて嫁に欲しなるわ」
尾白「調理実習のときも手際よかったし、料理作るの好きなん?」
椿「ああ。美味しいものを食べると幸せになれるから」
治「分かるわぁ……! 美味いもん食べると満たされるんよな!」
侑「清庭さんってモテるんに、なんや行き遅れそうな雰囲気あるし、嫁の貰い手おらんかったら立候補しよかな」
角名「何もかも失礼すぎる……」
治「ツムの嫁さんなんて、どんな罰ゲームやねん……。ただでさえ墓場言われとる結婚が、さらに悲惨なもんになるで……」
侑「なんやとコラァ! お前らかて大概失礼やぞ!! 大体なぁ……!」
北「あかん」
侑「へ?」
北「清庭さんはあかん」
尾白「き、北? どないしたんや……?」
角名「えっ、北さん、もしかして清庭さんのこと……」
北「…………隠すことでもないな。清庭さん、今度きちんと告白させて欲しいんやけど、ええか?」
椿「ああ。私も、答えを考えておく」
北「ありがとう」
「「「いやいやいやいや!!?!?」」」
侑「どっから突っ込めばええんやこれ!!?!?」
角名「北さんも清庭さんも、冷静すぎて怖いんだけど……」
尾白「もういっそ、お似合いな気がしてきたわ……」
***
怒らせてはいけない人
椿「こんにちはー……って、侑と治はどうしたんだ?」
角名「ちわす。いつもの兄弟喧嘩です」
椿「そうか」
尾白「おー、お疲れさん。俺がやめぇ言うても聞かへんねん。清庭さん、声掛けだけでもしてもらえへんか?」
椿「原因が何か分からないし、外野の介入によって悪化することもあるだろう。だから首を突っ込むつもりはないよ」
尾白「さよか……」
椿「それに、これで部活に支障を来したらどうなるか、覚悟の上でやっているんだろうしな」
「「ひぇ……」」
椿「そうだろう?」
「「はい! 俺達仲良しです!!!」」
椿「そうか、それは何よりだ」
角名「…………こっわ」
尾白「清庭さんって、やっぱ北と似た者同士やないか?」
***
ちゃんと出来ない北さん
多分ちゅーしそうになったとか、そんな感じ
北「あかんわ。俺、清庭さんの前やと、ちゃんと出来ん」
椿「………この場合、何とか擁護の言葉を絞り出すべきだろうか。冷たく突き放すべきだろうか」
北「清庭さん、優しすぎやで。自分で言うのも何やけど、今回の件は擁護のしようが無いわ。突き放してくれ」
椿「分かった。では、遠慮なく。………自分の自制心の無さを私のせいにするな」
北「すまんかった」
椿「もう少し言っていいか」
北「なんぼでも」
椿「私は恋をしたことは無いが、恋というものが、時には己の制御を越えるものだとは分かっているつもりだ。けれど、それでも踏みとどまらなければならない一線というものがある」
北「おん。そんで、俺はその一線を踏み越えそうになった。いや、ほんま、一発殴ってくれへんか?」
椿「私が殴ったら、君の顔が数日間腫れ上がることになる。部の主将がそれでは、面目が立たないだろう」
北「なら、腹とかでもええよ。見られても、ぶつけたとでも言えば言い訳が出来るしな」
椿「……いや、それでは練習に支障を来すだろう。暴力はなしの方向で考えたい。まぁ、お昼ご飯でもおごってくれたらいいさ」
北「…………いや、ほんまに俺が言うことでもないんやけど、それで手打ちでええんか?」
椿「今回は未遂だからな。反省もしているようだし、今回は見逃す。次はないが」
北「おん、分かっとる」
***
かわいい後輩
侑「そう言えば、北さんから告白ってされました?」
椿「いや? まだ春高が残っているし、時期を見ているんじゃないか?」
侑「時期?」
椿「どんな返事が来ても問題ない時期。受験のこともあるから、されるとしたら卒業間際かな」
侑「えっ!? 断る気なんですか!?」
椿「いや、これ幸いにと悩んでいる。友人としては好きだけど、異性に対する好意ではないから、どうしたものかと」
侑「えっ、嫌やないんやったら付きおうたらええやないですか! 付き合ってから見えてくるもんもあるやろ?」
椿「それも一つの選択だとは思うが、付き合ってみて、“やはり違う”というのは不誠実だ。出来ればそれは避けたい」
侑「うわ、かったぁ……。清庭さん、脳みそ石で出来てるん?」
椿「好きだからこそ、誠実でいたいんだよ」
侑「ふぅん……。清庭さん、結構北さんのこと好きやん。くっついたらええのに」
椿「ふふ、侑はかわいいなぁ」
侑「はぁん!? 何でそうなったん!?」
椿「君、私のことも北のことも結構好きだろう? どちらにも幸せになってほしいって思ってくれていそうだなって」
侑「んぐぅ……! 分かってるんなら幸せになってや!」
椿「ありがとう。もちろん、幸せになるとも」