牛島の片割れな姐さん






没ネタ

牛島「送っていく」
椿「別に大丈夫だよ。途中までは一緒なのだし」
天童「夜道を女の子一人で歩かせるわけにはいかないデショ~」
椿「ここは日本だし、そう危ないことに巻き込まれることもないと思うんだけどなぁ」
大平「…………アメリカでは巻き込まれた事があるような口ぶりだな?」
椿「まぁ、アメリカだからな」
天童「どんな理論!? てか、何があったの!?」
椿「大したことは何も。目の前で誘拐されそうになっている女の子を二回ほど見掛けて、助けたくらいかな」
山形「十分危ねぇよ!! 一緒に誘拐されたらどうするんだ!!?」
牛島「……っ、……っっっ!!!」
添川「若利が衝撃で言葉を失ってるから……!!」
牛島「絶対に送っていく……!」
椿「ならお願いするよ。若利も気を付けてくれ。薬物中毒者とか、そういう危ない人は、見えているものが健常者とは異なっていることが多いから」
瀬見「これ、もっと出てくるやつだぞ!!」
大平「くぐってきた修羅場が違う……」
山形「これがアメリカ帰りか……!」
添川「絶対違うと思う」



***



「…………昔、似たようなことがあった」
「似たようなこと?」
「異性のキョウダイにしては仲が良すぎると、親戚に叱られたんだ」


 当時は意味が分からなかったが、おそらくあれは、近親相姦の心配をされていたのだ。間違いを犯す前に、お節介な大人が、二人を引き離そうとしたのだ。けれど、彼等の間にそのようなものはなかったし、これから先も生まれることはないだろう。
 当時の自分たちは至って健全なキョウダイであったし、そのような扱いをされる謂われはなかったと断言できる。大人に叱られたときも、二人はただ手を繋いでいただけだった。それを大人が勝手に己の尺度に当てはめて、見当違いな邪推をして、自分たちのキョウダイ愛を侮辱したのだ。
 幼い牛島は漠然と「嫌だな」と思っただけであったが、人の機微に聡い椿には、それが侮蔑と嫌悪を含んだものであると分かったのだろう。その大人をすぐさま“敵”と認識した椿は、ただ一言呟いた。


『あなたの家族が可哀想だ』


 と。
 その言葉の意味は、今でも理解できない。あのときの大人も、しばし呆然としていたのを覚えている。けれど、次第に赤くなったり青くなったりと顔色を変え、最後には逃げるように立ち去ったのだ。それを最初で最後に、大人達は二人をただの仲の良いキョウダイとして扱うようになった。あの場にいた大人達には、その言葉の意味が分かったのだろう。


「それは、すげぇね……」
「ああ。あいつは俺の誇りだ。俺も、あいつが誇れる人間でありたい」



***



天童「まだ未就学児の子供にそんなこと言う親戚いるの? 言っちゃ悪いけど、逆に悪影響じゃない?」
椿「そうだな。私もそう思って、出来る限り排除してきたつもりだ。私が牛島を離れてからは、どうだったか分からないけれど」
添川「排除???」
椿「それを思えば、若利が鈍感な子で良かったと思う。むしろ、そういう人間が周りに多かったから、彼は悪意に疎く育ったのかもしれない」
瀬見「闇が深いことを言うな」
椿「そもそも、片割れは己の半身であり、もう一人の自分だ。己と睦み合う嗜好でも持ち合わせていなければ、そのようなことは起こり得ない。どうしてそのような考えに至るのだろう。世界は広いな」
大平「そんなことで世界の広さを感じないでくれ……」
山形「何だろうな、この規格外な感じ……。改めて若利と同じ血が流れてるって感じがするな……」



***



 案の定、牛島に関わる噂は学園中を駆け巡っていた。牛島に恋人がいるという噂だ。根も葉もない話ではあったが、女子生徒達の悲鳴があちこちから上がっていた。牛島の片割れが編入してきたという話も上がっていたけれど、それどころではないという女子生徒達の叫びに掻き消されてしまっている。
 けれど、件の双子はそんな学園の様子を見ても、たいして気にする素振りを見せなかった。自分たちに害を為さないのなら好きにしろと言わんばかりの豪胆さに、バレー部一同は苦笑を禁じ得ない。


「椿ちゃんって肝据わってんね?」
「この程度のことで動揺するほど柔ではない。だが、面倒なことになる前に手を打ちたいな」
「……椿ちゃんは結構聡いんダネ?」
「まぁな。……好きでそうなった訳ではないが」
「そっかぁ」


 椿もきっと、色々あったのだろう。遠い異国の地で、苦労も多かっただろう。けれど、そんなことなどおくびにも出さず、椿は淡く微笑んでいる。



***



椿「この程度のことで動揺するほど柔ではない。そも、本当に若利に彼女がいたとしても、それは勇気を出した者の特権だ。彼に好かれようと努力して、その末に手に入れたものだ。その程度のことさえせずに、囀ることしか出来ないから、若利の目に留まることすら出来なかったんだ。それに、それは外野がとやかく言うことではないだろう。若利が選んだのだから」
天童「結構厳しいのネ、椿ちゃん!」



***



 色んな部活に勧誘されている椿を見て、ついに牛島の我慢が爆発した。


「椿は剣道が好きだ。才能もある」
「椿はバレーしかない俺と違って、色んな事が出来る。バスケも、陸上も、水泳も。乗馬だって出来るかも知れない」
「バレーだって、練習を重ねれば、レギュラーにだってなれるだろう」
「俺だって、椿にバレーをしてほしい。だが、あいつがやりたいのは剣道だ。だから、我慢している」
「俺の前で、他の部活に勧誘するのは止めてくれ」


 そう言った牛島は、珍しく感情を顕わにしていた。今にも泣き出しそうな顔があんまりにも可哀想で、その日から、椿を勧誘する声はなくなった。




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