牛島の片割れな姐さん






 夏休みが明けて、新学期が始まる。部活三昧の日々を過ごしていたバレー部にとっては、嬉しいような物足りないような、そんな日常の始まりだ。


「2組に転入生が入ったらしいヨ! 帰国子女だってさ!」
「そうか」
「女の子らしいよ! 後で見に行こうよ!」
「興味がない」
「え~、つまんない!」


 女の子に興味ないなんて枯れてるよ! と文句を垂れながら、けれど無理に引っ張っていくほどの関心は、彼にもないらしい。編入生の話題はすぐに終わり、つまらなそうな表情を笑顔に切り替える。


「じゃあ、何か面白い話してよ」
「面白い話?」
「片割れちゃんの話しよ! 双子らしいエピソードとかない?」
「双子らしいエピソード?」
「そうそう。双子の神秘みたいな」
「……じゃんけんで、ずっとあいこが続いたり、そういうことだろうか?」
「それそれ! 他には?」
「何か話すとき、よく同じ言葉を言っていた気がする」
「双子は言葉がシンクロしがちらしいね。マジであるんだ!」


 天童があまりにも楽しそうにするものだから、牛島が思案する。他にも何か、たくさんあった気がするのだ。けれど、自分たちにとっては当たり前すぎて、一体何が双子特有のものなのか分からない。
 けれど、一つだけ思い出したことがある。所謂方向音痴のきらいがある牛島は、幼い頃から迷子になることが多かった。そういうとき、いつも探すのは交番でも、道を聞けそうな大人でもない。自分の半身のいる方だ。片割れの気配に向かって歩き出せば、いつだってそれが正解へと続く道だった。


「道に迷ったとき、片割れを探した方が早く家に帰れた」
「マジ!? 今度から道に迷ったら、片割れちゃん探しなよ!」
「……今、片割れは海外だ」
「あ、そっか。じゃあ難しいネ……」

「いや、そうでもない」


 突然降り注いだ声に、天童が肩を跳ね上げる。慌てて声の方を振り返って、天童は驚いた。
 ―――――似ている。
 声の主は、牛島によく似ていた。光に当たると緑がかって見える黒髪に、色素の薄いオリーブの瞳。切れ長の目元。引き結ばれた唇。凜とした佇まい。少女を構成するそのどれもが、牛島を彷彿とさせた。
 ハッと我に返って、牛島に目を向ける。視界に入った牛島の顔は、初めて見るものだった。僅かに目を大きくさせ、ぽかんとした幼い表情をしていた。子供が夢から覚めたときのような、あどけない顔。ゆらゆらと頼りなさげに揺れる瞳は、迷子の子供を彷彿とさせた。


「…………椿、なのか……?」
「ああ、椿だとも」
「………本当に?」
「ああ。夢を叶えたくて、帰ってきたんだ。久しぶりだな、若利」
「……椿、」
「ただいま」
「……おかえり、椿」


 椅子から立ち上がった牛島が、己とよく似た少女を抱きしめる。彼が椿と呼んだ少女も彼の背中に腕を回し、牛島を抱きしめた。椿の肩口に頬を寄せ、目を閉じた牛島の顔と言ったら。今までに見たこともないくらいに穏やかで、安心しきった笑みを浮かべていた。


「若利、会いたかった」
「………俺もだ」
「やっと会えた。私の愛する片割れよ」
「ああ。帰ってきてくれてありがとう。俺の大事な片割れよ」


 身を離し、お互いの顔を見つめて、二人は微笑みあった。牛島ですら珍しく、誰が見てもそれと分かる顔で微笑んでいる。彼の瞳が潤んでいるように見えた天童やクラスメイト達は、そっと息を潜めて彼等の様子を見守った。家族水入らずを邪魔するほど、彼等は野暮な人間ではないのだ。



***



「若利の奴、今日は随分と調子が良いな」
「ええ。他の一年生、特に覚は若利の調子に引っ張られているのか、動きが良いですね」


 学年ごとで作られたチームでの紅白戦。誰が見ても明らかに、牛島の調子が良い。中等部から彼を知る者達から見ても、過去最高と言っても過言ではないコンディション。彼にそこまでの影響を与える何かがあったのだろうか。斉藤と鷲匠が顔を見合わせる。
 そんな二人を目聡く視界に入れたのは天童で、ちょいちょいと牛島を手招く。丁度休憩時間だったために、牛島は首を傾げながらも素直に駆け寄った。
 鷲匠達は、天童が牛島の好調の理由を知っていることを察し、耳を傾ける。それを見て、天童は牛島に笑みを向けた。


「なんだ、天童」
「今日、若利くん調子良いネ! 過去最高に跳んでんじゃない? やっぱ良いことあったから?」
「確かに調子良いよな! そんなに良いことがあったのか?」


 天童の言葉に言葉を重ねたのは山形だ。一瞬きょとんと目を瞬かせた牛島だが、今日の彼には心当たりがあった。いつもなら「特にない」と答えるところを、彼は僅かに口元を緩めて微笑んだ。


「ああ、半身が帰ってきたんだ。バラバラだった身体のパーツが、元に戻ったような気がする」


 その言葉に、体育館が静まりかえる。彼が双子だというのは、ここ最近天童と交わされるやり取りで何となく浸透していたが、ここまではっきりと言葉にされるのは初めてのことだった。
 目に見える形で喜びを表している牛島を見て、彼がどれほど片割れとの再会を心待ちにしていたかが窺える。仲間の吉報に、彼等は心からの笑みを浮かべた。



***



 部活が終了時刻を迎える。しかし、全国常連の強豪校。そのまま練習を終える部員は少ない。全国各地から集められた猛者達は、誰も彼もがバレー馬鹿ばかり。そのまま自主練習に移る部員が殆どだ。一年生にして、すでにベンチ入りを果たしている牛島は、当然のようにボールを手に取った。
 大平や天童達が、それに続く。上級生達の練習に混ぜて貰うことも多いが、やはり勝手知ったる同級生達で練習に励むことが多く、自主練の時間になると、彼等は自然と牛島の元に集まるのだ。
 サーブを打とうと構えた牛島が、ピタリと固まる。顔を上げ、体育館の扉をひたりと見つめた。


「どうしたー、若利ー?」


 牛島の正面で、レシーブの構えを取っていた山形が声をかける。その声が聞こえていないのか、牛島は依然扉を見つめていた。そしてボールを籠に戻し、体育館の出入り口に向かう。その様子を、一年生達は不思議そうに見つめていた。
 ガコン、と重い音が響く。そして開かれた扉の向こうには、一人の少女が立っていた。見覚えのある姿に、天童が目を見開く。先程とは違い、制服ではなくジャージ姿だったが、間違いない。牛島の片割れだ。


「椿、」
「やぁ、若利。部活はもう終わったか?」
「ああ」
「若利がバレーをしているのを見たくてきたんだが、見学は可能だろうか?」


 牛島達の様子に気付いた上級生達が、牛島とよく似た少女の存在に気付く。あれが噂の片割れか、と好奇心を隠さない視線で事の成り行きを見守っていた。


「もう部活は終わっている。自主練の時間ならば、否とは言われないだろう」
「そうか。なら、許可を貰ってくるから、見ていても良いか?」
「構わない。………いや、」


 監督かコーチの元に向かおうとした片割れを、牛島が引き留める。牛島の顔には珍しく笑みが乗っており、澄ました顔をしていた片割れの口元も、同じように弧を描いていた。


「一緒にやろう」



***



「なぁ、私初心者なんだが。強豪校のバレー部員の相手が務まると思うか?」
「フォローはする」
「今フォローを入れて欲しかったな」


 椿と牛島はネットを挟んで、瀬見と大平と対峙していた。監督である鷲匠に許可を貰い、体育館の隅を貸して貰う予定だったものが、いつの間にか大きくなり、2対2でゲームを行うこととなったのだ。みんながみんな、牛島の片割れがどのような人物であるのか気になって仕方がないのだ。特にバレー部員である彼等は、バレーの実力がどれほどのものか見てみたいのだ。本人に初心者と言われても、期待してしまうのが人のサガ。ようは、膨れ上がった好奇心の賜物である。


「何か悪いな。俺は瀬見英太。よろしく」
「空井椿だ。こちらこそよろしく頼む」
「大平獅音だ。初心者であることは考慮するから、気負わずにやってくれたら良いさ」
「ありがとう」


 澄ました顔を崩して、淡く微笑む。僅かな変化だったが、花が綻んだような錯覚を覚えた。美形の微笑みやべぇ、と瀬見の口元が引きつった。
 ゲームは椿、牛島ペアのサーブから始まった。ラインより少し下がり、ボールを投げて助走を付ける。―――――ジャンプサーブだ。ラインギリギリで床を蹴り、ボールを叩く。威力は男子に比べて弱かったが、初心者という割にはパワーがあった。
 ライン際を狙ったサーブを、後衛の大平が捉える。大平から託されたボールを瀬見が繋ぎ、トスを上げる。ブロックに飛んだ牛島を躱し、控えめなスパイクを放つ。これくらいなら女子でも何とか、と思われるラインのボールだ。
 手加減された大平のスパイクを、椿が上げる。高く上がったボールを、牛島がオーバーで捉えた。


「は?」


 そのとき既に、椿は助走を付けて床を蹴り、大きく飛び上がっていた。振り下ろした手に、ボールが収まる。ズパン、と大きな音を立てて、ボールが相手コートに打ち付けられた。


「「「はぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!??」」」


 初心者と言いつつ、マイナステンポの速攻で点を取る椿に驚けば良いのか。セッターとしても活躍できそうな牛島のトス回しに驚けば良いのか。最早何に驚けば良いのかすらも分からない。
 あんぐりと口を開け、呆然としている周囲を他所に、双子は拳をぶつけ合い、喜びを分かち合っていた。


「待て待て待て! 本当に初心者なんだよな!?」
「ああ。バレーは家族のコミュニケーションでしかしたことがない」


 クラブや部活に参加したこともない、と言われ、瀬見と大平は顔を見合わせる。話が終わったとみた椿が、くるりと牛島に目を向けた。


「やはり私では上手くレシーブ出来ないようだから、私がトスを上げるよ」
「そうか?」
「今回は上手く上げられたが、正直上手く捉え切れていなかった。次は多分、弾かれてしまうと思う」
「分かった」
「ブロックは跳んだ方が良いか? 私にはちょっとネットが高いから、牽制にもならないと思うが」


 そう言えば、とネットを見上げる。男子バレーボールと女子バレーボールのネットの高さは、約20センチほどの違いがある。長身で跳躍力のある椿だから男子バレーのネットの高さでもスパイクを決められたが、なかなかに厳しいものがあるだろう。


「すまん、失念していた」
「構わない。でも助走無しには厳しいかな」
「無理をする必要は無い。厳しいと思ったらトスに専念してくれ」
「分かった」


 もう一度、サーブのために位置につく。先程と同じようにジャンプサーブを打つが、やはり大平が確実に拾い、瀬見へと繋げる。大平がスパイクを打ち、今度は牛島がレシーブでボールを上げた。それを、ネット際に立った椿が捉える。


「……え」


 トスを上げた瞬間、牛島はすでに最高到達点にいた。吸い込まれるように、ボールが手のひらに収まる。ズドン、という轟音が響き、牛島のスパイクが決まった。またも、マイナステンポの速攻。それも、“高いトス一つあれば良い”という牛島の、珍しい攻撃パターンだった。
 数年間、二人は顔を合わせるどころか、居場所だっておぼろげだったはずだ。牛島に至っては、片割れの通っていた学校すら知らない。だと言うのに、このブランクを感じさせないプレーは、一体何なのだ。
 声を失う周囲を他所に、双子は軽く拳をぶつけ合って喜びを分かち合う。けれど、椿は僅かに眉を下げていた。


「うーん、サーブに威力がないから確実に拾われてしまうな」
「仕方ないだろう。お前がパワーに自信があると言っても、男女差がある」
「まぁな」
「拾われても俺が決めるから問題ない」
「それもそうか」


 最終的に大平と瀬見のペアが勝利をもぎ取ったものの、“牛島の片割れ”を印象づけるには十分な試合となったのだった。



***



山形「すげぇな、お前! 本当にバレー初心者か!?」
椿「ありがとう。バレーは若利と遊ぶくらいしかしたことないよ。それに、今回は若利とのペアだったから上手くハマっただけで、他の人間ならこうはいかない」
添川「確かに、お互いの位置を完璧に把握しているような位置取りだったな」
牛島「お互いの居る場所は何となく分かるからな」
瀬見「でも、こんだけ出来るのにバレーをやらねぇのは勿体なく思っちまうな。本格的にやれば、レギュラーもいけそうなのに」
天童「そう言えば、椿ちゃんは何かやりたい部活とかあるの?」
椿「剣道部に入ろうと思っている。アメリカでも道場に所属していたんだ」
大平「剣道か。うちの剣道部も結構強いって言う話だし、全国にも何度か出ているらしいぞ」
山形「ライバル多そうだな! 頑張れよ!」
椿「もちろんだとも」
牛島「椿なら問題ないだろう」
椿「ありがとう。でも、油断はしない。慢心は出来ない。本場日本の実力がどれほどのものか分からないしな」
山形「お、なんだなんだ? もしかして、結構良い成績出してんのか?」
椿「アメリカのトーナメントでなら、何度か優勝経験がある」
添川「待って」
瀬見「剣道の才能もあんのかよ」
大平「いや、凄いな?」
椿「ふふ、日本でも優勝してみせるさ」



***



鷲匠「バレーはしねぇのか」
椿「バレーは好きですが、本格的に取り組む気はありません。私の中でのバレーは、家族とのコミュニケーションの一環として行うものです」
鷲匠「そうか」
椿「はい」
牛島「椿は確かにバレーも上手いですが、それ以上に、剣道の才能があります」
鷲匠「ほう、剣道か」
牛島「アメリカで行われているトーナメントで、幾度か優勝経験もあると聞きました」
鷲匠「やるでねぇか」
椿「ありがとうございます。日本でも、全国優勝を目指します」



***



 自主練習も終わり、日の長い夏の空もすっかり暗くなっていた。寮までは少し距離があり、バレー部の使用している体育館からは、女子寮の方が遠い場所にある。必然的に一人になってしまう椿を、牛島が送っていくことになった。


「ん」
「ん、」


 牛島が左手を差し出し、椿が当然のように手を握る。あまりにも自然な流れで二人が手を繋いだものだから、瀬見達はそれを一瞬スルーしかけた。
 高校生になって、年の近いキョウダイと手を繋ぐものは少ないだろう。全くいないわけではないし、おかしいことは何もない。けれど、その片方が牛島であるのは少しばかり気掛かりが生まれるのだ。何せ彼は白鳥沢学園で一二を争う有名人だ。そんな牛島が女子生徒と手を繋いでいるというのは、センセーショナルな話題となる。そしてそれを、微笑ましいものとして見られないものが、必ず現れるのだ。
 手を繋いでいるのは彼の家族だ。けれど、彼に片割れが編入してきたのは今日のこと。まだ、全ての生徒に認知されているわけではない。そうなると、牛島に恋人が出来たと考えるものの方が多いだろう。
 どうするべきか、と瀬見が視線を彷徨わせる。指摘した方が良いのではないか、と。それを、天童が止めた。


「指摘することでもないんじゃない? 仲良きことは美しきかなってやつでしょ!」
「確かに、悪いことしてるわけじゃねぇけどよ……」
「それにさ、あれ多分、小さいときの癖だよ」
「癖?」
「若利くん、小さいときから迷子癖あったみたいだし、手を繋いでなさいって言われてたのかもね」
「それって……」
「別れたときのまんま、記憶が止まってんじゃないかな?」


 そう言って目を伏せる天童の言葉に、瀬見達は口を閉ざした。きっと、彼の言葉の通りなのだ。お互いに対する認識が、どこか幼い頃の記憶で止まっているのだろう。
 牛島は先程、椿の帰還を“半身が帰ってきた”と表現した。バラバラだった身体のパーツが、元に戻ったようだ、と。
 その幼い仕草は、今の彼等には大切なものだ。ぽっかりと空いた空白を埋めるには、その時間を取り戻すための努力が必要だ。きっと相応の時間が必要だろう。そんな彼等をつるし上げて、面白おかしく笑いものにする者が現れたならば、自分たちが守れば良い。だって、大切な仲間の幸せだ。彼等を想うのに、それ以上の理由は要らない。



***



 案の定、牛島に関わる噂は学園中を駆け巡っていた。しかし、バレー部が危惧した“牛島に恋人が出来た説”は随分と勢力が弱く、牛島の片割れが編入してきた話で持ちきりだった。片割れの性別が異性であったこともあり、片割れを彼女だと誤認したのだろう、と認識されていた。そして、その説は正しい。
 さて、件の双子であるが、彼等は学園の様子などどこ吹く風。気にする素振りなど一切見せず、我が道を突き進んでいた。


「白鳥沢のご飯、美味しいな。量も多めにして貰えるし」
「スポーツ推薦に力を入れている学校だからな」
「二回もおかわりしてしまった」
「いっぱい食べるのは良いことだ」
「ふふ、でもお昼まで持つかな」
「購買がある。場所は分かるか?」
「分からない。あとで教えて欲しい」
「分かった。一限が終わったら案内する」
「ありがとう」


 登校途中で鉢合わせた二人は、昨夜のように手を繋いで歩いていた。ゆらゆらと手を揺らす仕草は幼い子供のそれだ。一瞬ぎょっとする者もいたけれど、それが噂の双子だと分かると、途端に生ぬるい視線に変わる。
 牛島はバレーでは全国的に名を馳せている猛者であるが、日常においては世間知らずの天然キャラである。突拍子もない言動も、「牛島だしな」で許されてしまうのだ。何ならいっそ、美形の双子の微笑ましいやり取りに、歓迎ムードを漂わせている者もいるくらいである。「眼福……」と、美人で有名な三年生がうっとりと呟いていたのを、後方を歩いていた添川は聞き逃さなかった。


「やっほー、仁くん。さっきぶり」
「お、天童か。さっきぶり」


 ぽん、と肩を叩かれ、添川が片手を上げる。天童が隣に並び、少し前を歩く双子の背中を見つめる。


「思ったより心配要らなかったな」
「そだね。からかってくる奴はいるだろうけど、この分だと庇ってくれる奴も多そうで良かったヨ。若利くんのキャラクターが良かったネ」


 生真面目な堅物。超がつくほどのバレー馬鹿。けれど、家族には優しい。それは良い方向でのギャップだ。どんなことにでもケチを付けたい奴はどこにでもいるが、それを庇ってくれる人間だって、必ずいるのだ。この分だと、そうやって彼等を見守ってくれる人間の方が多いだろう。


「それに……」
「天童、添川!」


 天童と添川の存在に気付いた椿が、後ろを振り返る。美しい声が「おはよう」と柔らかく溶けた。ふわり、と笑み崩れる様は、まるで大輪の花が開く瞬間を思わせる。それを目の当たりにした生徒の一団が、息を呑んだのが分かった。


「若利くんにそっくりな顔がああやって微笑んだら、大抵の女の子は黙っちゃうよねぇ……」
「だな……」



***



 牛島と椿は、日によって兄と姉を交代しているらしい。どちらが兄か姉かはっきりしていないため、ならばどちらでも良いだろう、というのが彼等の談。むしろどちらにもなれるのだからお得だと、椿は笑っていた。
 その日の気分によっては、何日間か固定されることもあるようだが、大抵は日替わりだ。さて、昨日は牛島が兄だったが、今日は弟になるのだろうか。


「おはよう、若利くん、今日はどっちー? お兄ちゃん?」
「おはよう。今日は俺が弟だ」
「そっか、良いね!」


 最近の天童は、朝の挨拶と共に、今日はどちらが兄か姉かを尋ねるようになっていた。
 学校へ行く準備を整えて、寮生達は寮を出る。その途中で椿と落ち合うと、双子はどちらからともなく手を繋いだ。


「あの二人、おんなじことしてるネ」


 ふふ、と小さく笑ったのは天童だ。からかうようなそれではなく、酷く優しげな笑み。一緒に登校していたバレー部員達は、何のことだろう、と顔を見合わせた。あれだよ、と二人が手を繋いでいる様を示されるが、さっぱり分からない。


「普通に手ぇ繋いでるだけだろ?」
「違うヨ-。二人が手を繋いでるとき、絶対ちょっと揺れてるでしょ? あれ、若利くんが弟のときは若利くんが、椿ちゃんが妹のときは椿ちゃんが手ぇ揺らしてるんダヨ」
「確かに手ぇゆらゆらしてんなぁとは思うけどよ……?」
「……いや、分かんねぇよ!」
「覚はよく見てるなぁ」
「俺の場合はそれがプレーに直結するからネ。ついつい観察しちゃうんダヨ。最近は双子の様子を観察するのがマイブームだから、余計にネ」


 あの二人かわいいよねー、とふわふわとした空気を纏って天童が笑う。バレー一同は、本当によく見てるなぁ、と感心するばかりだ。




4/6ページ
スキ