うしさに






 天童覚達、スカウト組がその存在に気付いたのは、寮生活やきつい練習にも大分慣れた五月の半ば頃だった。すらりと背が高く、濡れ羽色の髪を低い位置で束ねた少女。華やかさはないが、切れ長の目元が涼しげな美形。そんな女子生徒を、バレー部の未来のエース―――――牛島若利の傍で、そこそこの頻度で見掛けるのだ。
 特別距離が近いわけではない。深い関係には見えない。けれど、何の関わりもない人間を、牛島が己の傍に誰かを置くだろうか。あの少女は一体どこの誰で、牛島にとってどのような存在なのか。懐疑と好奇の目が、日に日に増えていく。その視線に真っ先に気付いたのは、視野の広い瀬見と、周囲を気に掛ける大平だった。


「お前ら、あいつが気になんの?」
「お、英太知ってんのか?」
「おう。あいつも持ち上がり組だからな」


 艶やかな黒髪を目で追っていた天童達に声を掛けたのは瀬見で、真っ先に食いついたのは山形だった。声を上げたのは山形だけだったが、その場にいる全員が興味津々なのは明らかだった。そんな反応に苦笑しつつ、瀬見がチラリと二人を見やった。


「彼女だよ、若利の。中学のときから付き合ってんだ、あの二人」
「「「えっ!!?」」」
「まぁ、そういう反応になるよなぁ」


 瀬見の発言に驚きの声を上げた一同に、大平が苦笑する。ぽかんと口を開けて呆然としていた彼等だが、いち早く我に返った天童が声を上げた。


「嘘!? 今まで彼女いる素振りなんて見せなかったじゃん!!」
「特に隠してるわけではないんだが、どちらもわざわざ公言するタイプじゃないんだ」
「へぇ~。若利の彼女になんてなれたら、自慢して回りそうなのにな」


 天童の動揺ぶりを見てか、徐々に落ち着きを取り戻した山形が、牛島の彼女だという少女の澄まし顔を見つめた。ほとんどの少女は、彼を前にすると恥じらったり、萎縮してしまったり、きちんと顔を見て話せる生徒の方が少ない。中学からの持ち上がりとなると、付き合いが長い分それはマシにあるが、それでも件の少女ほど落ち着いた様子で話せる人間はいないのではないだろうか。
 多くの女子生徒からそういう態度を取られる程度には牛島は端正な顔立ちの男で、高校排球界に名を轟かせている有名人だ。そんな男の恋人の座に納まったら、浮き足立ってしまいそうなものなのに。その考えが見て取れたのか、大平が小さく笑った。


「相手は幼馴染みなんだよ。だから、“怪童”ウシワカより、“小さい頃から知ってる若利くん”の印象の方が強いんだろうな」
「そもそも、あいつはそういうタイプじゃないしな。自分が良いと思った奴が最高の彼氏って感じでさ。それがたまたま若利だったってだけだろ」
「なるほどねぇ……」


 見てくれや名声で相手を判断しないという部分は、牛島と気質が似ている。幼い頃から共に在って似たように育ったのか、元からの気性だったのか。なんにせよ、恋人と対面しているとは思えない淡白な様子は、なるほど似た者同士が惹かれ合ったと言われても納得がいく。結構お似合いなのでは、と天童が口元を緩めた。
 天童達のいる位置からは、少女の顔はよく見えない。けれど、横顔だけでも整った顔立ちをしているのが分かる。きっと、華やかさに欠けるから見落とされてしまうタイプの女の子だ。天童はそう分析する。


「あんな美人さん捕まえちゃって。若利くんってば罪な男ダネ~」
「そうか? 言っちゃ悪いけど、ちょっと地味じゃね?」
「確かに。牛島の恋人って、もっとこう、美人で有名なあの子! みたいなイメージあったわ」
「君ら、失礼過ぎデショ!」
「若利の前で絶対言うなよ、それ」


 天童の言葉に、幾人かが不満を漏らす。きっと、彼等は“東北のウシワカ”に対する幻想を捨てきれないのだ。そうであるから、未来のエースの恋人は、誰もが納得のいく美少女であって欲しかったのだろう。
 残念そうな顔をする部員達に、瀬見が眉を寄せる。その顔色がちょっと悪いように見えたのは、きっと気のせいではない。


「ちなみに、これ言うとみんなびっくりするんだけど、告白は若利の方からだぞ」
「「「マジで!!?!?」」」


 先程とは比べものにならない声量で、驚きの声が上がった。先程はかろうじて聞き逃されていた声が、牛島達にも届く。その声に反応した二人が一瞬顔を見合わせ、バレー部が固まっている場所に駆け寄った。


「どうした?」
「何かあったのだろうか?」


 件の二人の声に、一同がぎくりと身体を強ばらせる。特に、悪口に近い言葉を言っていた者達は、気まずげに顔を逸らした。
 観察することが癖付いてしまっている天童は、失礼を承知で少女に視線を滑らせた。牛島と並んでも遜色ない長身。すらりとした細身だが、スポーツをしているのか、筋肉が付いていることが見て取れる。天使の輪を描く艶やかな黒髪。オニキスを思わせる黒い瞳に、それを縁取る睫毛の長いこと。薔薇のような美しさや向日葵のような可憐さはない。けれど、控えめな美が確かにあった。“綺麗”という言葉がぴったりの少女だった。
 そして何と言っても、声が美しい。


「ほらぁ、やっぱ超美人じゃん! あと、声めっちゃ綺麗!」


 天童が不満を漏らしていた少年達を振り返り、声を荒らげる。何人かは怪訝な顔をし、彼と同じように気付いた数人は、言葉をなくしてしまっていた。友人の恋人をけなされて憤りを抱えていた山形は、気持ちを代弁してくれた天童を宥め、天童に同意する言葉を述べた。
 件の少女は、きょとんと目を瞬かせ、きょろりと一同の顔を見渡した。


「ありがとう。ところで、何の話を?」
「若利と椿が一緒にいるのを見て、二人は恋人なのかって聞かれてたんだ」
「そうか」


 分かっているのか、いないのか。牛島がよくする返事そっくりのそれを見て、山形が小さく吹き出した。同じく吹き出しそうになった天童は、なんとか笑いを飲み込んで牛島に噛み付いた。


「水くさいじゃん、若利くん! こんな美人なカノジョちゃんがいるなら紹介してヨネ!」
「普通は紹介するものなのか?」
「どちらでも良いんじゃないか。言いふらすことでもないが、やましいこともなし。聞かれたら答える程度で良いだろう」
「そうか」


 天童の言葉に、牛島が恋人の顔を見やる。牛島の彼女は、実に淡白な返答を延べた。自分たちのことを誰がどのように思っても、歯牙にも掛けない様子だった。そう言った不特定多数に対する無関心さは、いっそ冷淡にも見える。けれど、きっとそうではないのだろう。“やましいことはない”。牛島との恋人関係を、彼女はそのように述べているのだから。きっと、それが全てだ。
 少し考えて、牛島が少女の背中に手を添えた。


「……恋人の椿だ」
「初めまして。清庭椿です」
「いや、雑!!!」


 ―――――もうちょっと何かあるでしょ!?
 けれど、当の本人達は「他に何を……?」と首を傾げている。騒ぐ天童と不思議そうな恋人達に、バレー部員達は苦笑した。




3/6ページ
スキ