月の観測者 2






 しゃらしゃらと音を立てて、金と銀の0と1がソラより舞い降りる。
 ゆっくりと形取るのは、青年と少女という人の形。
 炎上する瓦礫の街に、二人の人間―――英雄が降り立った。
 じゃり、と地面を踏みしめ、しっかりと両足で立つ。自分の足で立ったことを確認し、ブレザーの少女―――岸波白野は青年を振り返った。


「ギルガメッシュ……」


 一度、自身の消滅という形で別れた相棒―――ギルガメッシュとの再会に、白野の顔に自然と笑みが浮かぶ。
 思わず口からこぼれた彼の名前には、万感の思いを込められていた。
 ギルガメッシュも常の酷薄とした笑みを浮かべながらも、その瞳には確かな喜びの色が見て取れる。


「再会を喜ぶのは当然だが、自分の役目は分かっていような?」
「ああ、もちろんだ」


 相棒の問いかけに、強く頷く。
 マスター・岸波白野は英霊・岸波白野として生まれ変わった。
 クラスは『観測者』。
 そのクラスは通常の聖杯戦争に召喚されることは無く、その召喚には必ず意味が付随する。


「聖杯探索―――『冠位指定』。その結果を見届けること。そして人理焼却の阻止。それが私の役目だ」


 オブザーバーは、その名の通りの役割が与えられているクラスだ。聖杯戦争に関与する資格は無く、第三者として結末を見届ける者。
 しかし例外として、聖杯戦争の果てに世界に異常をきたすと聖杯が判断した場合に限り、オブザーバーはそれを阻止するために動くことが出来る。
 今回の召喚は、その例外に当たる物。つまりこの聖杯戦争は、世界に異常をきたす類のものであるのだ。

 ―――人理焼却。人類史による人類の否定。それを阻止し、人類の未来を取り戻す。その完了を見守ること。それが今回の召喚で、彼女らに与えられた役割である。


「まずは状況を確認しよう」
「うむ」
「西暦2004年1月30日。日本、冬木市。かつて聖杯戦争が行われた場所」
「聖杯戦争は秘密裏のうちに終わったはずであるが……」


 ギルガメッシュは言葉を切り、辺りを見回す。辺りに人の気配は無く、建物は倒壊し、火に呑まれている。
 冬木市は瓦礫の山と火の海が広がる地獄となり果てていた。


「これが人類史による人類の否定……。その結果、か……」


 過去を変えれば未来が変わる。
 歴史には修復力というものがあり、些細なことでは未来は変えられない。
 しかし歴史にはターニングポイントがあり、”現在”を決定づけた究極の選択点が存在する。それを崩した結果、未来消失の原因―――特異点が生まれる。
 その特異点と化した燃え盛る街を見て、白野が拳を握る。
 その顔はわずかに強張っているものの、その瞳の輝きは失われていない。むしろ”こんな世界は容認できない”とばかりに、常よりも強い光を湛えていた。
 それを目にし、ギルガメッシュの口元に笑みが浮かぶ。


「ムーンセルによれば、カルデアという組織のみがこの事態に対抗できるのであったな」
「ああ」


 人類はすでに滅びている。外はすべて死の世界だ。
 しかしカルデアだけは違う。通常の時間軸には無い状態にあり、崩壊直前の歴史に踏みとどまっているのだ。
 故にカルデアは現状を打破できる唯一の希望。反撃の一手なのである。


「まずは彼らと協力関係を築かなければ」
「うむ。であれば方針を固めるぞ」
「ああ」
「まず、真名やスキルなど、明かして不利になるものは一切秘匿とする」
「―――は?」


 真剣な思考が、一瞬で霧散する。驚きのあまり、間の抜けた声がこぼれた。
 けれどそれに恥じ入る余裕などなく、白野はギルガメッシュに異議を申し立てた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! それはあまりに不誠実だ! 協力関係を結ぶなら、情報の開示は必要不可欠。何も教えられない相手を信用できるはずもない!」


 白野の精いっぱいの抗議に、ギルガメッシュは目を細める。その瞳にはわずかだが冷たい気配が滲んでいる。
 彼をよく知らない相手が見れば、それは殺意とも受け取れるものであったが、長い付き合いである白野にはそれが怒りとか心配から来るものであることが読み取れた。自分を思っての言葉であることを承知し、白野は思わず口をつぐんだ。


「お前は自分の価値を正しく理解していない様だな。お前は聖杯の所有者であるのだぞ?」
「―――、」
「聖杯戦争とはすなわち、聖杯を巡り覇を競う物。故に召喚されるサーヴァントは何かしらの理由で聖杯を望んでいる。聖杯を手に入れんとするためならば、手段を選ばぬ輩も居るだろう。そうなれば、お前の身にも危険が及ぶやもしれぬ」


 言葉に詰まった白野を見て、ギルガメッシュが嘆息した。


「我が英雄王として現界しているならば問題無かろう。しかし此度の召喚は、お前を英霊たらしめるための物。故に英雄王の我には遠く及ばぬ。……まぁ、現状でも凡百の英霊どもに劣るつもりはないのだが」


 ギルガメッシュという英霊は、その存在そのものが破格である。聖杯にすら強者として認められ、令呪すら有し、あらゆる英霊たちの宝具の原点を所有する。
 白野のステータスに寄った形での限界により、その出力は大幅に下がっているものの、対英霊戦に特化しているのには変わりない。彼自身が慢心さえしなければ、並の英霊に不覚を取ることはないのだ。


「な、なら、うまくごまかして説明すれば……」
「ほう? 何の矛盾も隙もない誤魔化しが出来ると?」
「そ、それは……」


 白野の言葉をばっさりと斬り捨て、鼻で笑う。
 しかし言葉を探して口ごもる白野を見つめる目は、真剣そのものであった。


「良いか? お前はウィザードだ。こちらの世界の技術では遠く及ばないハッキング能力がある。更には万色悠帯という禁則事項。情報社会である現在、人間であれば封印指定ものの危険人物として処理されてもおかしくはない」
「…………」
「聖杯を所持し、こちらには無い技術を持つ兵器など、危険極まりない。故に、たとえサーヴァントであっても処分しようと動くやもしれぬ。なれば、お前はどうなる?」
「危険に、晒されます……」
「そうだ。我はお前の剣として、それは容認出来ぬ」


 きっぱりと言い切ったギルガメッシュの瞳は、己の慢心すら許さないと言わんばかりの強い光を湛えていた。
 王としてではなく、己が剣としてここまで言われてしまえば、白野に反論の余地は無かった。


「……分かった。信頼に値する人たちだとはっきりするまで、こちらの情報は出来る限り秘匿する」
「うむ」


 白野が己の提案を受け入れたことに、ギルガメッシュは満足げに頷く。
 白野としては誠実さを欠く行いであったために、承認しかねる提案であったが、彼は純粋に自分の身を案じている。それを無下にできるはずもなく、結局は絆されたのだ。
 どことなく嬉しそうなギルガメッシュに、白野はこっそりと苦笑した。


「他には何かある?」
「我からは他に無い。不都合があれば、その都度申し出る」
「分かった。私からは……特にない。というか、カルデアの人たちと接触しないことには何とも言えない、かな。しいて言うなら、呼び方?」
「俺のことは”王”と呼ぶが良い。お前は、そうだな。”白紙”でよいだろう」


 白紙、と与えれた仮初の名を口の中で反芻する。
 それはアナグラムだ。岸波白野は『君の名 白紙』という遠大な意味を持つ言葉になるのだと、旅の最中にギルガメッシュが教えてくれたことを思い出す。
 懐かしく、けれどはっきりと思い浮かべることが出来る大切な欠片。自分を彩る断片。
 例え偽名であっても、これもまた自分の大切なものになるだろうことを予感させ、白野は笑顔で了承の意を示した。


「では、カルデアの者共と接触するぞ。場所は分かっているな?」
「ああ」


 オブザーバーには、聖杯と、聖杯戦争に参加するサーヴァントを知覚するスキルが備わっている。
 その聖杯戦争の全容を知るための『枠外の視点』。結果を見届ける観測者の目である。
 それを持って、白野は冬木に存在する聖杯、及びサーヴァントの位置は完全に把握していた。
 まず聖杯と、そのすぐそばに一騎のサーヴァントの気配を察知する。
 その付近に更に一騎。
 そして少し離れた位置に、二騎のサーヴァント反応を知覚した。


「まず、二騎のサーヴァントが集まっている方に行ってみよう」
「ほう?」
「多分、仲間を集めているんだと思う。聖杯を所持するサーヴァントに対抗するために」
「うむ。では行くぞ、白紙」
「ああ!」


 よし、と気合を入れて、白野は未来への一歩を踏み出した。
 この先にどんな困難が待ち受けていようと、経験したことのない絶望が待ち受けていようと。諦めることだけは絶対にしないと、改めて心に誓って。




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