再会を夢見て






 月の聖杯戦争を終え、月を飛び出した私―――岸波白野とその相棒―――ギルガメッシュは地球から1500光年以上離れた、星の大海を旅していた。
 地球とは全く異なる常識に塗れた知生体の暮らす星は常に驚きと感動に満ちていた。
 中には異なる天体からの来訪者を歓迎しない星ももちろんあった。故に闘いに発展することだって少なくは無かった。
 けれどもそんなことは些細なことだと思えるほどに幸せだった。
 人生の喜びを知り、生きる意味を知り、楽しみを知った。
 もちろん悲しいことも苦しいこともたくさんあった。失う辛さを、改めて思い知らされることも。
 
 中には容認できないような悲惨な星もあった。
 結果として私たちの旅の最後となるこの星も、その一つ。
 この星に存在する神が、たった一人でこの天体を支配する星。
 その支配統治はあまりにも杜撰で、ただ己の欲望のために行われているものだった。
 何の意味もない殺戮が繰り返され、蹂躙が続き、この星は酷く衰退していた。
 けれどその星は、それでもなお死んではいなかったのだ。
 生きたいと叫んでいた。このままでは終われないとソラに臨んでいた。
 それを、私は見過ごせなかったのだ。だってそれは、その願いは、私が常に抱えていた願いと同じだったから。

 そうして異星の神との壮絶な闘いの果て、私達はどうにか勝利を収めることが出来た。
 けれどそれと同時に、私の体は限界を迎えた。
 0と1で組み上げられた体は脆いようで、けれど修復力に優れていた。
 だから内臓リソースが吹き飛ぼうと、頭だけになろうと、生き伸びることが出来る。
 けれど、不死身ではない。肉体で言うならば心臓部と言える『核』があるのだ。
 今回の戦いで、私はその核に取り返しのつかない深手を負ったのだ。
 これが破壊されれば、私は私と言う存在を保てない。つまりは消滅―――死を迎えるのだ。
 私を構成する0と1が、ほどけていく。

 そんな私の様子を、ギルガメッシュは無言で見つめている。私の最期を、余すことなく見届けようとするかのように。
 そんな彼を見て、何か言葉をかけようと、口を開く。そしてするりと口からこぼれ出た言葉は、ずっと私が胸に抱いていた想いだった。


「私ね、今、自分が消えるのと同じくらい、貴方を独りにしてしまうのが嫌だ」


 私が消えた後、彼はどこに行くのだろうと、ずっと考えていたのだ。大人しく座に戻るだろうか、と。


「貴方を置いていってしまうのが嫌だ」


 ギルガメッシュが、小さく息を詰めたような気配がした。
 一瞬丸く瞠られた目が、徐々に険を帯びていく。それでも私は目を逸らさずに、真正面から紅い双眸を見返して、不遜を覚悟で言葉を重ねる。


「私が消えた後、貴方はまた、ソラの彼方の様な地の底で、眠りについてしまうんじゃないかって」


 思い出す。私たちが出会った、始まりのソラを。
 悪性情報で構成された圧倒的な暗闇。退廃の夢。
 私が消えた後、彼はそこに戻り、そこで人を見守り続けるつもりではないのかと。
 その可能性に想い至った時、強く思ったのだ。彼を呼び起こす者のいない孤独の闇に、彼を独り置き去りにしたくないのだと。友に置いていかれた彼を置いていきたくないのだと、強く強く、そう思ったのだ。


「貴様……。最期の最期でそのような思いあがりを口にするとは……。死の淵でヤキが回ったか?」
「分かっている。こんなのは勝手な言い分でしかなく、余計な御世話だということも。でも、私が嫌なんだ。貴方がいたから、私はここまで来れたのに」
「ならば、それ相応の覚悟はあるのだろうな。我にそのような言葉を向けた不敬、どう贖う」


 ―――今更何か出来るとは思えんが。
 そう言って、ギルガメッシュは呆れたように嘆息した。
 悔しいことに彼の言い分は正しい。崩れゆく私に出来ることなどもうすでにない。
 けれど、まだ会話する口がある。思考するための脳がある。
 例え四肢が失われようと、足掻くことはできるのだ。
 どうせ死ぬのだ。最期の時なのだ。
 ならば、言いたいことを言って死んでやる。


「私の次の生で、その一生を懸けて、貴方を楽しませることを約束する」


 最期の想いを口にしながら目の前の人を見つめる。英雄王ギルガメッシュと言う人を。
 何者も理解せず、何者にも理解されない人。それすら良しとして君臨する絶対者。
 独りぼっちの寂しさも苦しさも全て飲み込んで、強がるわけでもなく、無理をするわけでもなく、平然と在り続けられる人。
 例え人が切り開いていく未来への過程に自身が関わることが出来ないとしても、いくつもの世界に『悪』として認識され斃されても。
 その結末さえも一つの結果だと受け入れてしまう。
 むしろ人がソラに向かって手を伸ばすことを諦めないことに。自分という嵐を踏み越えて、それでも歩みを止めない人の在り方に、上機嫌に笑ってしまえる、そんな人を。


「この世に”絶対”なんてない。”ありえない”なんてことはあり得ない。奇跡だって存在するんだ。私と貴方が出会えたように」


 人間には価値がないと言いながらも愛するに値するものだと認めている。
 足掻き、悔み、地に這って、それでもなお立ちあがる人の在り方を、彼は誰よりも尊重している。そんな生き物を愛しているのだ。
 だから彼は全てを背負って、人が織りなす物語をはるか高みから眺め続ける。この世の終わりまで。


「私は信じているんだ。もう一度があることを」


 そんな人を、どうして置いて逝けようか。どうして独りに出来ようか。
 彼の友も、きっとこんな気持ちで眠ったのだろう。
 だから自らを『瑕』と呼んだのだろう。捨て去られることを、願ったのだろう。


「だから貴方も信じてほしい。再び巡り会うことを」


 けれど私は、彼とは違うから。
 浅ましく、強欲で、厚顔な人間であるから。果てしない欲望を抱く、そんな人間であるから。
 もう一度を、望んでしまうのだ。


「貴様という奴は……! よもやここまで我の予想を覆してくるとは……!」


 ギルガメッシュが組んでいた腕を解き、額に手を当ててくつくつと笑う。
 大仰に笑う彼には珍しく、喉の奥で笑いを転がしていた。
 そのいつもと違う姿に、急激に不安が押し寄せる。
 考えてみれば、彼が笑うのも当然だ。
 転生なんて、神の領域に踏み込む話だ。ただの人間に、そんなことが出来るわけがない。
 自分のあまりの愚かさに、眩暈を覚える。


「あまりの愚かしさゆえ、消滅を待たずして処断してやろうかとも思ったが、まぁ良い。許す。最期まで我に挑み、自らを貫いた気概に免じてな」


 私の途方もない宣言を気の済むまで笑ったらしい相棒は、口元に笑みを浮かべたまま、私を見つめた。
 その笑みは嘲笑ではなく、友にだけ見せた、何のてらいもない微笑みだった。


「信じて、くれるの……?」
「まぁ、そうさな。何せ貴様は、この英雄王が認めた者。その身が朽ち果てようと、その魂の在り方は変わらぬだろうよ」


 穏やかな、声だった。
 けれどそこには確信があった。確固たる自信とともに。
 地上から星を掴む様な、そんな私のどうしようもない願いが、いつか必ず叶うと信じている。
 信じて、くれているのだ。私がいつか、その星を手に入れるのだと。


「此度の生、その生き様、見事であった。よくぞここまで足掻き、挑み、走り続けた。―――なかなかどうして、見応えのある物語であった」


 ギルガメッシュが、眩しげに私を見つめる。さすがだと言わんばかりの、誇らしげな表情で。


「その報酬、しかと受け取ったぞ、マスター」


 なんてことだ、と愕然とする。これは彼への報酬なのに、こちらが報酬を貰ってしまった、と。
 ギルガメッシュは人間の価値観からでは測れない罰の化身。人間を罰しながらも人類史を見守るもの。
 彼は根底として、人間を愛している。だから彼は人間の歴史が、いつか美しい一枚の紋様となる事を報酬に、裁定者の座についているのだ。
 だから、私は私として、全力で生きてきた。私に力を貸してくれた彼に少しでも返せるものがあるとすれば、それは自分の在り方そのものだからだ。
 私から彼への報酬が、彼にとって満足のいくものであると言葉にしてもらえて、嬉しくないはずがない。
 ―――最期まで私は、彼に与えられるばかりだ。


「故に、今は眠ることを許そう。そのまどろみに身を委ねよ。次の生に備えて、存分に英気を養うが良い」


 けれど、与えられるものをそのまま甘受するだけというのは、性に合わない。返せるものは返さないと、割に合わない。彼にとっても、私にとっても。私たちは、対等な存在なのだから。


「ああ。必ず貴方を呼ぶから、だから、」


 ―――待ってて。必ず貴方を呼んでみせるから。だからその時はどうか、伸ばしたこの手を取ってほしい。


「あまり待たせるでないぞ、白野」
「うん。またね、ギルガメッシュ」


 最後に私を見送ってくれたのは、BBとの決戦前に見せた、私を誇らしげに見上げる顔だった。
 けれどそこには、以前には無かった色がある。
 次を信じて、未知なる冒険に胸をときめかせる開拓者のそれだった。

 ―――そんな楽しそうな顔をされたら、頑張るしかないじゃないか。

 次の生も彼の愉しみとなる為に、彼と共に歩むために。次も必ず、私から手を伸ばす。
 例え私が彼にとって瑕になろうとも、独りになんかしてやらない。
 旅が一人ではつまらない物だと教えてくれたのは、貴方なのだから。
 そんな決意を最後に、私の体はあとかたも無く消滅した。




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