つかの間の平穏






 人理継続保障機関フィニス・カルデア。人類の「明日」を守らんと立ち上がった特務機関である。
 唯一のマスターとなった私―――藤丸立香は特異点が発見されればすぐにその時代にレイシフトし、原因を解明・破壊しなければならない。
 それ以外にもサーヴァントの育成。絆の強化。魔術についての勉強。
 時には大きな特異点の波及によって生まれた微小な特異点の修正など、やることは山積みだ。
 辛いこともたくさんあるが、みんなと過ごす日常は楽しく尊いものだ。これを守るためならいくらでも頑張れる。頑張れるのだが……。


(切実に、癒しが欲しい……)


 特異点での気の休まらない日々。
 カルデアでの種火周回にQP集め。それが終われば机にかじりつく毎日。
 贅沢を言っていられる状況で無いのは分かっている。休みが無いのはスタッフたちも同じだ。
 しかし心休まる時間は欲しい。
 盛大なため息を漏らし、私はがりがりと耳の裏を掻いた。


「…………ター……」


 ……?
 空耳だろうか。今、誰かに話しかけられた様な……。


「マスター!」
「ひょええっ!?」


 ぽん、と肩に手を置かれ、唐突に聞こえた声に、思わず悲鳴じみた声を上げる。
 随分と間抜けな声を上げてしまった。
 しかも、この透き通る様な美声から察するに、よりにもよって、最も聞かれたくない相手に聞かれてしまった。


「すまない、驚かせた」


 そう言ってなだめるように背中を撫でてくれた美少女は、概念礼装『もう一つの結末』だ。
 私がひそかに想いを寄せている相手である。


「大丈夫か?」
「す、すいません、大丈夫です!」
「本当に? 何度呼んでも返事が無かったから、具合でも悪いのかと心配していたんだ」
「えっ!?」


 ふ、不覚……! 
 まさか結末さんの声を聞き逃していただなんて……!
 心配そうに眉を下げるお顔は相変わらず美しいが、やっぱり好きな人には笑顔でいてほしい。
 疲れているのは確かだが、具合が悪いなんてことは無い。むしろ結末さんと話せて、気分も体調も絶好調だ。


「すいません、考え事をしていたんです! めちゃくちゃ元気なので、心配しなくて大丈夫ですよ!」


 気に掛けてくれた嬉しさに、満面の笑みを浮かべる。そこに嘘が無いことを見てとったのか、結末さんの顔がわずかに緩んだ。
 口元に囁かだが、確かな笑みが浮かんでいる。
 結末さんは感情の起伏が薄い人なので、こうして表情の変化が見れるのが嬉しい。それはもうたまらなく。
 しかも激レアの”微笑み”だ。
 気分は一瞬で浮上し、疲れさえも吹き飛んだ。


「そう言えば、私に何か用ですか? 声掛けてくれたんですよね?」


 結末さんからのお誘いを期待しつつ、尋ねる。
 結末さんは一つうなずいて唇を開いた。


「ああ。ドクターが君を探していたんだ。おそらく管制室にいるだろうから、向かって欲しい」


 ど、ドクターかぁ~……。
 いや、ドクターに不満があるわけではない。
 ドクターのことも好きだけど、やっぱり結末さんに声を掛けられると期待してしまうのだ。
 でも、結末さんに声を掛けられたという事実だけでも十分に嬉しい。


「はい! わざわざありがとうございます! 行ってきます!」


 元気にいい子の返事を返して、名残惜しいが踵を返す。
 さて、ドクターは何の用だろうか。
 私を見送った結末さんが考え込んでいる素振りを見せていることにも気づかず、私は管制室を目指して歩き始めた。







「はぁ~……、今日も疲れた~……」


 種火周回にQP集め。魔術や英霊についての座学。
 特異点での過酷な日々に比べればどうということは無いが、それでも疲れは溜まるもの。
 慣れ親しんだマイルームに戻って、ようやく息をつく。
 誰にも見られていないのをいいことに、ばふりとベッドに倒れ込んだ。


(安らぎが欲しいなぁ……)


 特異点へのレイシフト準備が整うまでに、やることは山ほどある。
 介入する時代が深くなるにつれ、敵は強大になり、事態はカルデアの予測を超えていることも多々あった。
 そのため戦力強化は怠れない。
 いざというときのための知識だって必要だ。
 分かってはいる。分かってはいるのだが、やることが多すぎるのだ。何にしたって忙し過ぎる。


(最近結末さんともまともに会話で来てないし、癒しが欲しいよぉ~!)


 足をバタバタとばたつかせ、内心でひたすらに結末さんを思い浮かべる。
 あの涼しげな顔が見たい。耳に心地いい声が聞きたい。
 あわよくば、あの柔肌に触ってみちゃったりとかしたい。
 何て、そんなものは夢のまた夢だ。そんな都合の良い展開があるわけがない。


「マスター」


 ああ、結末さんのことを考えすぎて、幻聴まで聞こえてきた。
 本格的にまずい。深刻な結末さんロスだ。


「マスター」


 何か適当な用事を見つけて会いに行こうか。
 概念礼装はサーヴァント達の記憶の欠片が形となる場合が多い。人物が礼装として形を為す場合、それはかつて誰かしらのマスターであった可能性が高いのだ。
 先輩マスターに話を聞く、とか、もっともそれらしいじゃないか。
 結末さんと話も出来て、魔術師としての勉強も出来る。まさに一石二鳥じゃないか。
 よし、これで行こう。
 結末さんに会う理由を見つけた私は、即座にベッドから飛び降りた。
 今すぐ会いたい。
 さて、結末さんはどこにいるだろうか、とマイルームを出ようとしたところで、


「ふぎゃああ!?」


 私は悲鳴を上げた。
 何故って? そこに私が恋焦がれてやまない結末さんがいたからさ!
 っていうかさっきの幻聴ってもしかして幻聴じゃなかった!?
 何度も呼ばれていたのに無視する形となってしまったということだ。凄い失礼なことをしてしまった。
 何という失態。思わず頭を抱える。
 機嫌を損ねたり、嫌われたりしていないだろうか。そっと窺うように結末さんに目を向ける。
 しかし結末さんは不快そうにするでもなく、むしろ私を心配そうに見つめていた。天使かな???


「やっぱり……」


 結末さんは小さく呟いて、それから意を決したように私の顔を見つめた。
 真剣な表情にドキリと胸が高鳴る。
 美形さんはどんな顔をしても様になるなぁと、その顔を目に焼き付ける。


「マスター。少し時間を貰えるだろうか」


 結末さんからのお誘い、だと……?
 あまりの展開に、私は目を見開いて硬直する。
 これは何かの間違いか? 私の都合のいい聞き間違いか?
 ひょっとして夢なのでは、と結末さんばれないように太ももを抓る。
 痛い。普通に痛い。現実だ。
 なんてこった! 夢じゃなかった!
 思わずコロンビアのポーズを決めそうになるが、全力で我慢する。
 もちろんオッケーだ! と首をぶんぶんと縦に振った。
 すると結末さんは良かった、とふんわりと微笑む。
 私だけに向けられた笑みに、だらしなく頬が緩むのが自分でも分かった。


「マスターは忙しいから、あまり休めていないんじゃないかって心配していたんだ。今も用事があって出てきたのかと思っていたから、良かった」


 そう言って結末さんが苦笑する。
 苦笑する結末さんも可愛い……。
 しかも私を心配して、私のもとを訪ねてくれたというのだ。
 もしかしたらこの人は女神様か何かで、神代の英霊と縁がある人なのかもしれない。本気でそう思ってしまうくらいに、結末さんは尊い人だ。


「それで、今日は少しでも癒されてもらおうと思って、いろいろと準備してきたんだ」


 そう言って、結末さんが後ろ手に隠していた物を見せてくれる。
 両手に乗るくらいの小さなケースだった。
 これは一体なんだろう、と首をかしげる。
 というか、私的には結末さんがそばにいてくれるだけで十分癒されるのだが。


「耳かきをしよう、マスター」


 そう言って私に笑顔を向ける結末さんに、私はもう一度首をかしげた。




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