砂糖まみれの好奇心






「何だか面白いことをしているみたいね、マスター?」


 昼食後、エミヤの入れてくれた紅茶を飲みながらのんびりしていると、意味深な笑みを浮かべたイシュタルが俺―――藤丸立香のもとにやってきた。
 彼女の言う面白いことと言えば、一つしか思い浮かばない。英雄王ギルガメッシュお気に入りの概念礼装『もう一つの結末』が、俺と彼女自身の好奇心を満たすために、とある試みを行っているのだ。
 それは『もう一つの結末』こと結末さんが英雄王に対して不敬を働いて、どこまで許されるか、というもの。
 もちろん本当に嫌がるだろうことはしていない。お遊びの範疇でどこまでなら許容範囲であるのかを測っているのだ。
 まァそれは彼女の基準であって、他の人が試したなら、とっくに首が飛んでいるのだけれど。
 イシュタルはこの試みについていっているのだろう。
 もうこんなところにまで話が通っているのか、と戦慄する。人の口に戸は立てられないというが、まさかここまでとは。
 これ、いつか本人にまで届いてしまうんじゃないか……? そうなったら確実に俺の首は胴体からおさらばすることになる。
 その時のことを想像して、思わず背筋が震えた。


「あのギルガメッシュに対して喧嘩を売るなんて、大した度胸じゃない」
「違います!」


 にやにやと笑うイシュタルに、慌てて訂正の言葉を投げかける。
 あの英雄王に喧嘩なんて売れるわけがない。
 もし万が一そんな事態に陥ったら、カルナさんやスカサハ師匠で周りを固めまくってから挑みます。
 それでも怖いので、そんな事態が一生来ないことを祈る。


「では一体何をしているのかね? わざと怒らせるようなことをしているように見えるが?」


 呆れたように言ったのは、イシュタルの分の紅茶を運んできたエミヤだ。
 イシュタルはお礼を言って紅茶を受け取り、エミヤに言葉を続けるよう促した。


「この間、執拗に腰布をめくっている姿を見かけたぞ。あれは一体なんだったのか……」
「何してるのよ、あの子……」


 顎に手を当てて首をかしげるエミヤに、呆れたように肩をすくめるイシュタル。
 もしかして、スカートめくり的な……?
 無表情で腰布をバッサバッサとめくり上げる結末さんを想像して、思わず笑いが込み上げる。
 英雄王が一体どんな顔をして布をめくられていたのか、気になるところだ。

 少し遠くで「ぶふぉっ!」と息を吹き出す様な音が聞こえた。
 ちらりと振り返れば、肩を震わせるクー・フーリンが見えた。
 他にもこちらを気にする素振りを見せるサーヴァントがちらほら見受けられる。
 サーヴァント達は五感が優れているので、大きな声で話したわけでなくとも、自然と耳が声を拾ってしまうのだろう。


「ああ、そう言えば、私も見たわよ。あの子の奇行」


 周囲の反応を知ってか知らずか、イシュタルが思い出したように声を上げた。


「何をしてたの?」
「ギルガメッシュの行く手をひたすら通せんぼして邪魔してたわ」


 うん、これは確かに奇行だ。ネタが尽きてきたのかな?
 だがしかし、これもまた彼女でなければ出来ない所業だ。
 これは英雄王に限ったことではないが、王様たちは揃いもそろって自分のしたいことを邪魔されることを嫌う。
 他のサーヴァント達も嫌がることではあるけれど、王様たちは特に顕著だ。
 その中でも唯我独尊の権化である英雄王は自分の邪魔をする様な相手には容赦がない。


「さすがにまずいのではないかね?」


 エミヤが眉を寄せ、深刻な表情を作る。
 少し前なら俺も同じような顔をしていただろうけれど、結末さんから受けた報告を顧みるに、この程度なら容認される範囲だ。


「それが大丈夫だったのよ。むしろ何をどう解釈したのか、自分から構い倒しに行ったわよ、あいつ」


 おそらく、自分の前に頻繁に現れる結末さんに、自分に構って欲しくてしょうがないから現れるのだ、とでも解釈したのだろう。英雄王は凄まじいまでのポジティブシンキングの持ち主だから。
 アルトリアの塩を通り越した唐辛子対応にも平然としているし、英雄王のメンタルは超合金か何かで出来ているに違いない。


「マスター!」


 涼やかな声が耳に馴染む。その声に振りかえると、そこには話題の中心に結末さんがいた。


「と、邪魔しただろうか」


 俺がエミヤたちと一緒にいるのを見て、こちらに向かっていた足を止める。


「気にしなくていい。むしろ、君のことを話していたんだ」
「私のこと?」


 エミヤの言葉に結末さんが不思議そうに眼を瞬かせる。ことりと首をかしげる様は小動物を想起させて、ほわりと胸が温かくなる。
 結末さんってなんとなく和むんだよなぁ。もしかしたら英雄王も、こういうところに絆されているのかもしれない。


「そうよ。それで? 今日はあいつに何したの?」


 にやにやとイシュタルが好奇心を隠さない笑みを浮かべる。
 その言葉で得心がいったのか、結末さんが苦笑した。
 特に成果は無かったけれど、と前置きして、結末さんが報告に移る。


「今日はギルを枕にして寝てみたんだ」
「「「……うん?」」」


 ギルヲマクラニシテネテミタンダ?
 すいません、何を言っているのか分かりません。
 エミヤを見れば彼は目を見開いて固まっているし、イシュタルは自分の耳が可笑しくなったのかと耳たぶを引っ張っていた。
 うん、彼らも理解出来なかったようだ。


「今日は寝起きドッキリをしかけてみようと思って、朝早くにギルの部屋に行ったんだけど、いざ仕掛けようと思ったら、起こすのが忍びなくなってしまって……」


 あの英雄王に寝起きドッキリをしかけようとするとか、命知らずすぎませんかね!?
 そもそも部屋に勝手に入るという時点で首を落とされるレベルの案件だ。
 いやでも、この人なら後者は許されているのかもしれない。

 礼装は基本的に、礼装を保管する為の保管室に保管されている。
 けれど中には気に入った礼装を自分の手元に置いておこうとする英霊がいたりするのだ。
 しかしそれは他のサーヴァントに装備させたいときに困るので、礼装と一緒に過ごす時間を設けて妥協してもらっている。
 英雄王も結末さんを常に手元に置いておこうとするので、結末さん自身が説得して、カルデアで一緒に行動するという形で落ち着いたのだ。入室の許可は事前にとってあったのだろう。それでも俺だったら、勝手に入るなんて出来ないけれど。


「寝起きドッキリからどうしてあいつを枕にすることに繋がるのよ……」


 イシュタルが疲れたような声を上げる。げんなりとした表情で額に手を当てていた。
 結末さんはイシュタルに促されて一つうなずくと、言葉を続けた。


「うん。ギルを起こさないで出来ることを考えていたら、ギルに釣られて、私まで眠くなってきてしまって……」


 頬を掻いて、結末さんがはにかんだ笑みを見せる。
 珍しい表情だ。
 結末さんはあまり表情が豊かな方ではないので、笑みを浮かべるのは珍しい。


「それで、ギルのお腹を枕にして寝ることにしたんだ。起きた時に驚いてくれたら寝起きドッキリが出来て一石二鳥かな、と」


 その人畜無害な見た目と珍しい表情に、そっかーとうっかり流しそうになる。
 良く考えなくても処刑案件だ。もしかしたら無意識に現実逃避しているのかもしれない
 まァでも、こうして目の前に結末さんがいるということは、大丈夫だったということだ。
 それもこれも、相手が結末さんであったからこそだろうけれど。


「それでドッキリは成功したの?」


 俺が先を促すと、結末さんが少し眉を下げた。


「ううん、失敗した。むしろこっちが驚かされたんだ」
「へぇ?」
「だって、起きたらギルに腕枕されてるんだぞ? 驚かないわけないじゃないか」


 ごふっ! とエミヤとイシュタルが激しくせき込む。上手く呼吸をし損ねたようだ。
 動揺すると人ってまともに息も吸えなくなるんだなぁと、改めて現実逃避。
 英雄王の腕枕とか、今まで何人の人が受けてきたのだろう。むしろ結末さんくらいしかいないんじゃないだろうか。
 ちなみに会話が聞こえていたらしい周囲のサーヴァント達は揃って結末さんを凝視していた。


「私がびっくりしていたら”我を驚かせようなど1000年早い!”って上機嫌に身支度を始めたので、腹いせに立てた髪をぐしゃぐしゃにしてやりました」


 ドヤ顔を決める結末さんに、俺は思わず顔を覆った。
 それ普通の人でも怒るよ!? 何でそれを英雄王にやって生きていられるの!? もうここまで来たら、何をすれば結末さんが英雄王を怒らせられるのか分かんないよ!!!


「……英雄王は怒らなかったのかね?」


 何とか落ち着いたらしいエミヤが結末さんに尋ねる。
 さすがエミヤ。英霊として座に召し上げられる英雄は格が違う。俺はまだ回復の兆しすら見えてこないよ。


「さすがに怒られたけど、その後髪を整えたら許してくれたよ」
「……そうか。それで許すのか、英雄王……」


 駄目だった―――!
 さすがのエミヤもこれには撃沈した。
 成り行きを見守っていたイシュタルと、二人揃ってテーブルに突っ伏している。


「あの人、髪を撫でられるの好きなんだ。よほどのことでない限り、髪を撫でながら宥めれば、すぐに機嫌を直してくれるよ?」


 ドンガラガッシャン!
 食堂中に凄まじい音が鳴り響く。
 驚きに肩を跳ねさせた結末さんが何事だとばかりに周りを見回す。
 俺も同じように周囲に視線を走らせると、聞き耳を立てていたらしいサーヴァント達が椅子から転げ落ちたらしい様子が見て取れた。
 分かる。俺も思わずテーブルに額をぶつけるところだったから。


「皆どうしたんだ?」
「話が聞こえてたんじゃないかな? それで、意外な英雄王に驚いたんだよ」
「そんなに意外なことを言ったか? あの人、割と子供っぽいと思うんだけどな」


 確かにたまに子供かよ、と突っ込みたくなるようなことをしでかす王様だが、結末さんの言う「子供っぽい」とは違うだろう。甘えたような素振りなど、彼は決して見せたりしないから。
 いわゆる「素」の自分を見せているのだ。唯一の友だというエルキドゥとか、特別な人にしか見せない側面を。


「褒められるの好きだし、好奇心旺盛だし、楽しいこと大好きだし。きっと、皆が思っている以上に親しみやすくて愉快な人だよ」


 そう言って笑った結末さんが唐突に食堂の入口に顔を向ける。
 その直後、ガシャンガシャンと聞き覚えのある金属音が響く。英雄王だ。
 どうやら結末さんを迎えに来たらしい。食堂に顔を出した英雄王は食堂の惨状には目もくれず、結末さんだけを見つめている。
 ちなみに、結末さんを迎えに来た英雄王は甲冑姿であるにもかかわらず最終再臨時の様に髪を降ろしていて、結末さんに整えてもらったままでいるんだなぁと思わず顔を覆う。


「何をしておるか白野。今日は映画を見るのであろう。疾く用意せよ」
「ごめん、マスターに話があって。もう用は済んだから、すぐ行くよ」


 ちゃんと待っててあげるんだ、とか、英雄王って映画とか見るんだ、とか。突っ込みたいところはたくさんあるが、何も言葉にならない。
 ただひたすらに口の中が甘い。何となく口の中がじゃりじゃりする。


「忙しなくて申し訳ない。また成果が出たら報告するから、私はこれで失礼するよ」
「うん、報告楽しみにしてるね」


 俺たちに手を振って、結末さんが英雄王のもとへと掛けていく。
 結末さんが隣に並んだのを確認した彼の表情は普段からは考えられないくらいに優しくて、それを見た俺はついに耐えきれなくなって口から砂糖を吐き出したのだった。




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