藪を突いた好奇心






「何やら面白い試みをしているようだね、マイロード」
「あのレディに何を吹き込んだのですか、マスター」


 結末さんとの秘密の実験を開始して数日が経った頃のことだった。マーリンとアルトリアが俺のもとを訪れたのは。
 マーリンは実に楽しげに笑っており、アルトリアは常にない厳しい表情をしている。これはもしや結末さんが何か実行したのか? と俺は期待に胸を膨らませる。


「この間英雄王が私に声を掛けてきたのですが、私が怒りを我慢しているのに気付いたレディが間に入ってくださったのです」


 さすがは皆の心をハートキャッチする結末さん。やることなすこと男前だ。
 ちなみに彼女、女性のエスコートは英国紳士達が揃って感心するほど完璧だったりする。


「けれどその後が問題で……。叩いたのです、英雄王を。ピコピコハンマーで」


 ピコピコハンマーとは叩くとピコッと音の鳴る玩具のハンマーだ。念のため言っておくと殺傷力は無い。
 相手が英霊でも傷つけないよう配慮するあたり、さすが結末さんである。見習いたい優しさだ。
 でも叩いたの? ピコピコハンマーで? ピコッと鳴らされちゃったの、英雄王が?
 なんてことをしてるんだと戦慄く一方で、何それ見たかった、と口惜しい感情が顔を覗かせる。


「しかも叩いた後に逃げた礼装の少女をギルガメッシュ王が追いかけたのだけれど、捕まえた少女に何をしたと思う?」


 その様子を見ていたらしいマーリンが、何がそんなに面白いのかというくらいの笑顔でアルトリアの言葉を引き継ぐ。
 英雄王に追いかけられるとか、それなんてリアル鬼ごっこ?
 捕まったら命は無い。ガチのデスゲームだ。
 俺だったら足が震えて逃げることさえかなわないだろうことが予想される。
 いや、それ以前に英雄王に挑むという考えが浮かばない。例えロケットランチャーを渡されたとしても無理だ。勝てる気がしない。
 そんな相手にピコピコハンマーで挑むとか結末さんマジ無謀。
 っていうか今日、結末さんを見かけていないんだけど、彼女生きてるのか……?
 心配になって続きを促す。マーリンは楽しげに語ってくれた。


「なんとほっぺたを抓ってピコピコハンマーでピコッとやって不問にしたんだ。あの王様がだよ?」


 ほっぺたを抓るのは割と良く見かける光景だ。結末さんが英雄王の図星を突いてほっぺたを引っ張られているのをつい先日見かけたばかりだ。
 それプラスピコッとするだけで不問にしたのか、あの人。他の人だったらガチのハンマーで殴るだろう所を。
 今日もカルデアは平和です、と現実逃避。


「他にも面白いものを見たよ。あの少女、本当に怖いもの知らずでね、ギルガメッシュ王の背中に飛び乗ってあっちに行きたいこっちに行きたいって乗り物代わりにしてたんだ。あれは見ものだったよ!」
「本人は楽しそうでしたが、見ているこちらは気が気ではありませんでした……」


 怖いもの知らずすぎませんかね!!? と思わず叫ぶ。
 自分で言いだして置いてなんだが、そのうちあの人処断されるんじゃなかろうか、と不安になってくる。


「お、噂をすれば」


 マーリンの言葉にそちらを向くと、そこには噂の結末さんと英雄王がいた。
 良かった、生きてた!!!
 謎の安心感にほっと息をつく。
 二人もこちらに気づいたのか、英雄王がアルトリアたちの方に向かい、結末さんが俺の方に駆け寄った。


「結末さん、英雄王。こんにちは。二人は散歩?」
「こんにちは、マスター。今日はまだ行ったことのない区画を探索してみようと思ってるんだ」


 そう言って、結末さんが英雄王を見やる。彼の様子を窺っているようだった。
 英雄王はぽかんと呆けるマーリンとアルトリアに向かって声高に話しており、こちらの様子は気にかけてもいない様子だった。
 というか、あの二人は何で呆けているんだ……?


「すまない、マスター。思ったより成果が芳しくない」


 英雄王の意識がこちらに無いと分かると、結末さんが神妙な顔つきで声を潜める。
 そして示された英雄王の顔を見る。そこにあるのはいつもの整った顔だけ―――。


「はぁっ!?」


 英雄王の顔を二度見する。
 俺の視線に気づいたらしい英雄王が口角を上げた。


「何だ、雑種。今頃王の威光に平伏したくなったか? それとも我に見惚れたか?」


 老若男女問わず見惚れてしまい様な御尊顔であることは確かだが、今はそうでなくとも誰しもが振り返るだろう。だってその左頬にでかでかと「はくの」と名前が書かれているのだから。
 こんなの絶対殺されるだろう!!! なんてことをしてるんだ、この男前礼装さんは!!!
 でもこの概念礼装には傷一つ見当たらない。
 え? まさか気付いてないのか、この王様。


「いや、気付いてる。気付いてて放置してるんだ、あの人」


 結末さんが首を振る。
 えっ!? 気付いててあの対応なの!?


「さすがの私も予想外だった。決死の覚悟で臨んだんだが、にやにやと笑うのみで、特に言及されることも無かったんだ」


 お、俺の好奇心が原因で決死の覚悟を決めさせてしまっていたようだ……。
 むむむ、と次の一手を考え込む結末さんの表情は真剣そのものだった。
 ただのお遊びでここまで真剣になってくれるなんて結末さんは男前だ。ただ単にノリが良すぎるだけかもしれないが。
 しかし、顔に落書きを施しても制裁一つされないなんて、結末さんはどこまで英雄王に特別視されているんだ……?
 ますます謎が深まり、思わず英雄王を見上げる。
 英雄王は口元に手をやって、くつくつと楽しげに喉を鳴らしている。眉を寄せて悩む結末さんの姿を見て楽しんでいるようだった。
 けれどそこに不穏な色は無く、どこか優しげだ。


「いつまでそうしているか、白野。今日は探索をするのであろう?」


 腕を降ろし、いつものように腕を組み、結末さんを呼ぶ。
 その時、俺は確かに見た。自分の左頬を撫でてから腕を降ろす英雄王の姿を。
 もしかして、顔の落書きが彼女の名前だったから許したのか……?
 あれ? 何だか口の中が甘いぞ……?


「今行くよ。じゃあまたね、マスター」
「あ、うん、またね」


 てててっ、と英雄王のもとに駆ける。隣に並んだのを確認して、英雄王が歩き出す。
 結末さんが隣に並んだときの満足そうな顔は、きっと見間違いなんかじゃない。


「あの子の度胸、怖いもの知らずなんていうレベルじゃなかったね……」
「そしてそれを許容するんですね、あの英雄王が……」


 マーリンとアルトリアが天を仰ぐ。
 俺も釣られて天井を見た。ライトが眩しい。


「もしかして俺、藪を突いちゃったかなぁ……?」


 もしそうなんだとしたら、出てくるのはことわざ通り蛇でお願いします。




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