星を呼ぶ






「うぅ……。来ない、来ないぃぃぃ……! 何で来てくれないんだよぉぉぉ……!」
「せ、先輩……」


 ぐずぐずと鼻をすする音と、情けない声が聞こえる。それを慰める可愛らしい声も。
 聞き覚えのある声に、私―――『もう一つの結末』は足を止めた。


「マスター?」


 声の主は概念礼装である私を召喚したマスター―――藤丸立香少年だ。
 それを慰めるのは彼の後輩であるマシュ・キリエライトだろう。
 声が聞こえるのはサーヴァントを召喚するためだけに用意された、いわゆる召喚部屋だ。


「マスター? どうしたんだ?」


 召喚部屋を覗き込むと、そこには召喚陣の前に座り込む少年と、その傍らでおろおろとうろたえる少女がいる。
 彼らの周りには私と同じ概念礼装が散らばっており、召喚に失敗したことが窺えた。
 ああ、それで泣いていたのか、とマスターの返答を聞く前に納得する。


「うわあああああああん! 結末さーん!」


 這う様な形でこちらに来たマスターが、ギュッと腰に抱きついてくる。
 ぐりぐりとお腹に額を擦りつける様はまるで小さな子供の様だ。
 その背中をよしよしと擦りながら、私はマスターに問いかけた。


「召喚に失敗したのか。今回は誰を呼ぶつもりだったんだ?」
「ギルガメッシュ王です……」


 ―――ギルガメッシュ。
 その名に、背中を撫でていた手が止まる。


「第七特異点でギルガメッシュ王にとてもお世話になったんです。とても頼りになるお方だったので、亜種特異点の修正に尽力いただければ、と……」


 マスターの言葉をマシュが引き継ぐ。
 第七特異点での話は私も聞いている。
 特異点修正に駆り出されたサーヴァントが私とあまり相性が良くなかったので、私は終ぞそこに行けなかったのだけれど。
 けれど可能な限り、モニターでのそ光景を見ていた。
 私の敵を己の敵だと言って戦ってくれた人の戦いだ。私が見届けないわけにはいかない。
 もっとも、第七特異点の彼は私とは何の関わりもない生前のギルガメッシュなのだけれど。
 確かに彼は強かった。
 唯一の友と覇を競い合ったときには及ばないかもしれないけれど、それとはまた別の強さを秘めていた。

 特異点の修正は終わり、人類の未来は守られた。
 けれど世界の揺らぎによって新たに生まれた特異点を修正するには、まだまだ戦力が必要だ。
 ギルガメッシュの力を欲するのは道理と言えた。


「うん。確かに彼が来てくれたら頼もしいな」
「はい……。だから呼びたいんですけど、全然来てくれなくて……」


 しょぼん、とマスターが肩を下げる。
 そんなマスターの様子に、マシュも落ち込んでいるように見えた。


「石はまだある?」
「え? あ、あと三つなら……」
「なら、思い切って使ってしまおう」


 聖晶石。魔力が結晶化したもので、召喚の補助をしてくれるものだ。これを三つ集めることで、一回分の召喚術が行える。
 三つしかない今、召喚が行えるのは一度きり。この一回で来てくれるか? ―――愚問だな。


「貴方の望む彼とは少し違うけれど、それでもいいなら、貴方の声は、私が必ず届けよう」


 私の言葉に、マスターが力強く頷く。
 守るために力を欲する真っ直ぐな瞳。
 かつて私が彼に手を伸ばした時は、どんな目をしていたのだろう。


「じゃあ、いきます」
「頑張ってください、先輩!」


 マシュの応援を受けて、マスターが詠唱を紡ぐ。
 すべらかに零れ落ちる言葉を聞きながら、私はそっと息をついた。
 彼を求めているのはマスターだけではない。
 私だってギルガメッシュに会いたい。もう一度、共に戦いたい。
 欲などいくらでも張れば良いといったのは彼の方だ。だったら、存分に欲張らせてもらおう。


「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」


 欲が薄いと散々文句を言われてきたけれど、冗談じゃない。私ほど強欲な人間はそうそういない。
 ”生きたい”という想いは死してなお、概念としての私を形作った。”会いたい”という想いがこの機会を得た。これらはすべて、私の欲によるものだ。
 ほら、貴方を求める手が、想いが、貴方に向かって手を伸ばしている。
 マスターの”守りたい”という想いに、私の”会いたい”という欲に答えよ!


「来て、ギルガメッシュ―――!」


 力の限り、心の底から声を張る。ソラに届けと手を伸ばす。
 陣に光が集約する。
 魔力が描く円は三つ。サーヴァントが召喚される合図だ。
 キラキラと輝く色は黄金。その光の眩しさと懐かしさに目を細める。


「そう声高に叫ぶな。十分に聞こえている」


 ガシャリ、と重厚感のある金属音。嫌というほど聞いた、鎧の音だ。


「相変わらず声だけは良く通る女よな。珍妙な存在になってなお、そこは顕在か」


 相変わらずの物言い。散々な言われようなのに、浮かぶのは怒りでも苦笑でも無く、喜びの笑み。
 私の声は彼に届いた。その事実が、どうしようもなく嬉しい。
 真っ直ぐに彼を見つめ、手を差し出す。
 いつの日か、彼が私に手を伸ばしてくれた時の様に。


「私たちは今、貴方の庭を荒らす輩と戦っている。敵は強大で、少しでも強い味方が欲しい」


 ギルガメッシュは腕を組んだまま、じっとこちらを見つめている。
 裁定されている。
 無言の彼はそれだけで威圧感の塊となるが、裁定時の彼は別格だ。存在の格が違うことを思い知らされる。
 けれど、ここで臆するような私ではない。だって彼の隣を歩んできた私には、常にその眼差しが向けられていたのだから。


「その点、貴方は申し分ない実力を有している。この戦いに勝つためには、貴方の力が必要なんだ」


 立香とマシュが自分達の知る彼とは雰囲気の異なるギルガメッシュに戸惑っている様子が伝わってくる。
 感情を見せないギルガメッシュと相対している私の身を案じているようだった。
 けれど私はその視線を無視する形で、ギルガメッシュに向かって一歩踏み出した。


「この手を取ってくれ、ギルガメッシュ。もう一度、貴方と共に戦いたい」


 言い切って、挑むような眼つきでギルガメッシュを見上げる。
 ほんの一瞬、彼の口元が緩んだ気がした。
 組んでいた手を外し、私の手に手が重ねられる。しっかりと握られた手は少し痛い。
 けれどそれに文句も出ないほど、どうしようもなく嬉しいのだ。


「相変わらず厚顔な雑種よな。だが良い、特に許す。欲の薄かった貴様が、こうも己が欲に忠実になったのだ。少しは厚みを持った証であろうよ」


 ―――その成長を、我は祝おう。


「喜べ雑種共! 此度の戦、この英雄王ギルガメッシュ自らが手を貸してやろう! その栄光をしかと噛み締め、随喜に噎び泣くがいい!」


 ギルガメッシュの高笑いが響く。
 相変わらず不遜なサーヴァントその実力ゆえの慢心に、足元を掬われないといいのだが。
 けれどそんな心配も、一先ずは後回しだ。今は再会と、彼が共に戦ってくれるという事実を喜ぼう。
 呆けて口を開けているマスターとマシュに向けて、にっと笑いかける。
 彼らはきょとんと目を瞬かせて、次いで満面の笑みを浮かべた。



 こののち、私とギルガメッシュの相性が悪いことが判明し、私と組ませることを渋ったマスターが彼の怒りを買うというひと悶着があるのだが、それはまた別の話。
 サーヴァントを守るという意味でも相性のいい礼装を装備させるのは当然で、それを理解しても納得はしないであろう相棒を説得するのは何とも骨が折れる話だ。
 けれどそんな苦労すら懐かしくて笑みを浮かべた私を見咎めたギルガメッシュが怒りの矛先を私に向けて、また別の騒動が起こるのだが、これもまた、未来の話。




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