天文台にて目を覚ます 4
私―――アルトリア・ペンドラゴンはマスターのマイルームへと続く廊下をひたすらに歩いていた。カルデアの地下で発見された少女について尋ねる為だ。
つい先日、魔術教会から派遣された魔術師たちがカルデアを訪問した。
一度目は「空白の一年」の間に起こった出来事を知るために。二度目はアニムスフィアが保護していると噂されていた少女を探すために。
かくして少女は噂ではなく真実としてカルデアの奥深くで眠りについてた。その身に聖杯を宿しながら。
何故聖杯を所持しているのかはまだ分かっていない。
治療を終えても少女は目覚めず、少女が召喚したという英雄王からの説明もない。
英雄王だけでなく、キャスターや幼年期の彼も少女を知っているようではあったが、彼らからの説明もない。
説明を要求しようにも、マスターたる立香がそれを良しとせず、すべては少女が目覚めてからだ、と頑なに譲らないのだ。
仮にマスターが許可をしたところで、英雄王らは少女から離れる様子を見せず、何かを語る気配もない。説明を要求したところで徒労に終わるだろう。
アサシンたちが警戒を怠らずに交代で見張りについているものの、特に収穫は無い。
唯一あった収穫は、英雄王らにとって少女が特別な人物であるということだけだ。
少女のそばを片時も離れず、信じられないことに、ときには少女を看病しているナイチンゲールを手伝う様子も見受けられたというのだ。気遣わしげに髪を撫でるような様子もあったという。
自分の知る英雄王との大幅なずれに、違和感と不快感が去来する。
それを当人にぶつけてしまう前に、解消しなければならない。そのために、マスターにもう一度少女の事情を尋ねに行くのだ。
「随分と物騒な顔してますけど、そんな顔でマスターに会いに行くつもりですかい?」
突然聞こえてきた声に、びくりと肩を跳ねさせる。
不覚だった。思考に耽っていたために、気配を探ることを怠っていたのだ。
声の主を振り返る。相手は緑衣のアーチャー―――ロビンフッドだった。
「あのお嬢さんについてなら、俺の方が詳しいですよ」
「っ! あの少女を知っているのですか?」
「前のマスターの時にちょっとね」
サーヴァントは基本的に、召喚されるごとに記憶をリセットされる。
けれど記憶が完全に消えるわけではなく、座に保管されるのだ。
その記憶は自由に取り出すことが可能だ。あくまで実感を伴わない記録とし、ではあるが。
けれど時折、過去の体験を記憶として所持したまま召喚されることがある。懐かしむように目を細める彼も、その一人なのだろう。
「あのお嬢さんは無害ですよ。人畜無害を地で行く、マスターレベルのお人好しっすよ」
確かに少女には、眠りについて言うことを覗いても、脅威に感じる要素はかけらも無かった。
透き通るような白い髪に、長く日に当たっていないことを窺わせる陶器の様な肌。萎えた手足。例え魔術の素養があったとしても、その体では満足に戦うことは出来ないだろう。
英雄王を召喚した、という事実を除けば、少女は無害そのものだった。
「あの金ぴかな王様も、お嬢さんに危害を加えたりしなけりゃ大丈夫でしょ」
事も無げに言い切ったロビンフッドに、私は盛大に眉を寄せる。
ロビンフッドは古参のサーヴァントだ。マスターからの信頼も厚い。
言葉とは裏腹に面倒見がよく、マスターを裏切るようなことはしないと信用できる。
しかし、彼の言う相手が他でも無い英雄王となると、やはり否定的な思考に寄ってしまう。
確かにあの英雄王は私の知る彼とは違うのかもしれない。自身の腕に抱く少女を大切にしているようだった。
けれどどうしても、自分の前に立ちはだかった残虐な男が頭を過ぎるのだ。
改めてロビンフッドに向き直る。彼の知る英雄王と自分の知る英雄王では差異がある。彼の知る英雄王とはどのような男だったのかを尋ねようとした、その時だった。マスターから令呪を通して、食堂に集合するよう号令がかかった。