天文台にて目を覚ます 2






 階段を登り切ると、そこには幾人かのサーヴァント達が顔を揃えていた。
 騎士王、アルトリア・ペンドラゴンにケルトの大英雄、クー・フーリンだ。


「マスター! 一体何があったのです? 突然サーヴァントの気配が増えた様に感じたのですが……」
「さっきダ・ヴィンチがすげぇ形相で走って行ったんだが、魔術教会の連中と何かあったのか?」


 突然増えたサーヴァントの気配に敏感に反応して集まっていたのだろう。険しい表情で、アルトリアたちが立香のそばに駆け寄った。
 長い階段を一気に駆け上がった立香は肩で息をしており、荒い息の合間に咳き込んでいる。
 その肩を撫でてやりながら、彼らは立香の言葉を待った。


「じ、実在したの……!」
「え?」
「魔術教会が探していた女の子が、本当にいたの……!」
「なっ……!?」
「まじかよ……!」


 二人が目を見開き、驚愕の声を上げる。
 そして立香を追う形で現れた人影に、今度は別の意味で息を飲んだ。


「テメェ……!」
「何故あなたがここに……!」


 現れた英雄王に、クー・フーリンとアルトリアがそれぞれの武器を構える。
 彼らはどこかの世界線で英雄王と敵対していたのだろう。そうした記憶を持つサーヴァント同士でいがみ合うことも少なくはない。
 それを否定することも肯定することも出来ないが、今はそれよりも優先すべきことがある。
 マシュと立香が、英雄王と彼が抱える少女を庇う形で前に出た。


「みなさん、今はそんなことをしている場合ではありません!」
「詳しいことは後で話すから、今はキャスターの皆を処置室に集めて! この子、術式を掛けられてるみたいで、解呪が必要なの!」


 立香たちの言葉で英雄王が抱えている少女の存在に気づいたらしい二人が我に返る。
 そして少女に施された術式のあまりの膨大さに顔をしかめた。


「何ということを……!」
「こいつは……。処置室だな。すぐに集める!」
「うん、お願い!」


 自分達には目も暮れず、少女の様子を見つめている英雄王に怪訝な表情を浮かべるも、彼らの中で優先順位は少女の方が上であると決定された。
 思うところがある様であったが、アルトリアたちはすぐにキャスターを集めんと駆けだした。
 それを見送って、立香たちも処置室への道を急いだ。







 処置室につくと、そこには医療スタッフと数名のサーヴァントが揃っていた。
 揃っているのは医療に明るいナイチンゲールにサンソン。ニトクリスやマーリンといったキャスターたちだ。もちろん、ダ・ヴィンチもいる。
 彼らは召喚記録の無い英雄王と、存在を確認できなかった少女が実在していたことに驚きを隠しきれないようだった。ある者は愕然とした表情で立ちすくみ、ある者は唇を戦慄かせていた。


「英雄王、その少女をこちらへ」


 ナイチンゲールの言葉に英雄王が一瞬だけ彼女に目を向けるが、彼女に任せるのが適任だと判断したのか、示されたベッドに白野をそっと降ろす。繊細な手つきでベッドに横たえ、距離を置く。
 それと入れ替わるように、ナイチンゲールをはじめとした医療スタッフがベッドの周りに集まった。


「これは酷い……。この髪、おそらく実験によって変色したものだ……」
「ええ。目立った外傷はありませんが、中は悲惨な状態でしょう」


 スタッフ達の言葉に、立香がギュッと手を握る。マシュも眉を寄せ、唇を噛み締めていた。


「まずは解呪を行おう。術式がこの子の負担になっては、いくら治療したって回復の妨げになりかねないからね」


 ダ・ヴィンチの言葉に、キャスターたちが魔力を込める。


「うっ……」


 その瞬間、少女が突如として苦しみ出した。


「なっ……!?」
「急にどうして……!?」


 少女は額から大量の汗を流し、荒い呼吸を繰り返す。手足が痙攣したように震え、明らかな異常を示している。
 そこに、バタバタと足音が聞こえてくる。次いで、処置室の戸が開く音が聞こえた。


「マスター! とりあえず見かけたキャスターを連れてきました!」
「こんだけ居りゃあ足りるか!?」


 処置室に雪崩れ込んできたのはアルトリアとクー・フーリンだ。
 彼らは立香のお願い通り、キャスターのサーヴァントを連れ来たのだ。彼らの後ろにはメディアとエレナ、キャスターのクー・フーリンがいる。


「え、あ、ありがとう。でも今それどころじゃなくって……!」
「あん? 今度は何があったんだ?」
「それが、解呪に取りかかろうとしたら、少女の様子が急変してしまって……!」
「なんですって!?」


 狼狽する立香たちの様子に慌ててベッドに目を向ける。そこには苦悶の表情を浮かべた少女が横たわっていた。
 医療の知識が無くとも、少女の容態が明らかに異常であることが見て取れたアルトリアたちの顔が歪む。


「バイタルが一向に安定しません!」
「何で……? さっきまで全然普通だったのに……」


 モニターを睨みつけているスタッフが焦りを滲ませた声を上げる。
 英雄王に抱かれているときは安心したように眠っていたはずの少女の様子が一変し、立香が不安げな声を漏らす。
 その様子を見ていたナイチンゲールやキャスターたちが揃って眉を寄せた。


「これは……」
「拒絶ね」


 深刻な表情を見せるナイチンゲールとメディアの言葉に、立香が不安を募らせる。
 拒絶、だなんて、響きからして不穏だ。


「拒絶……?」
「意識が無かった時のことでも、体が覚えているんだろう。自分の体をめちゃくちゃにされたことを」
「……っ!」


 珍しく険しい顔をしたマーリンの言葉に、立香は言葉を失う。


「無理矢理解呪を施すことは出来ますが、この少女にこれ以上酷いことはしたくありません。落ち着かせないと」
「私たちは貴女に危害を加えるつもりはないわ。だから安心して?」


 ニトクリスとエレナが労わる様に少女の髪を撫でる。
 しかし少女は依然として拒絶の色を見せていた。
 むしろ酷くなる一方で、自分達の行動が逆効果だと分かったエレナたちが悔しげに後ろに下がった。
 そんな中、少し離れたところで様子を窺っていた賢王がそっと白野に近づく。メディアがそれを止めようとするが、賢王は迷い無く白野の手を握り、輪郭をなぞるように頬を撫でた。


「白野」
「う……?」
「今から貴様に掛けられた術式を解いていく。何、解呪を行うのはこの我だ。安心するが良い」
「ん……」


 賢王の声に安心したのか、白野の呼吸が深く落ち着いたものに変わっていく。バイタルも安定し、スタッフ達は安堵の息を漏らした。


「落ち着いた様ですね」
「しかし困ったな。この調子では治療も困難だ」


 サンソンが顎に手を添えて、眉を寄せる。
 彼の言う通り、この様子ではギルガメッシュ以外が彼女相手に行動を起こせば、拒絶反応を見せるだろう。体力が低下している彼女に負担を強いるのは憚られる。


「では、治療には俺も携わろう」
「は? お前、医療の経験があんのか?」


 英雄王の言葉にキャスターのクー・フーリンが訝しげな声を上げる。
 それを不快に感じてか、剣呑な眼差しを向けるも、それはすぐにナイチンゲール達医療スタッフに向けられる。


「応急処置程度なら問題ないが、本格的なものは知識しかない」
「そんな素人に、患者を任せるわけにはいきません」
「我が直接治療を施すのではない。医療技術を提供してやろうというのだ」
「医療技術の、提供……?」


 目を瞬かせるスタッフ達をよそに、英雄王は黄金の波紋を浮かびあがらせる。
 一部のサーヴァントが警戒するような素振りを見せるも、そこから取り出されたのは武器ではない。何かの装置の様なものであった。
 それは人一人が余裕で入る大きさがあり、カプセル型をしている。筒状の部分はガラス製なのか透明で、中の様子がうかがえるようになっていた。


「これはこの星の医療の数百年先を往く星の医療技術だ。このカプセルの中に負傷者を入れれば、この装置が最善の薬液を作りだし、治療を施すというもの。主に外傷を癒し回復を促すためのものだが、皮膚から薬液を浸透させ、メスを入れずとも内部の回復を可能とする」
「そんな技術、聞いたことありません……」
「言ったであろう? この星の技術ではない、と」


 異星の技術であるという装置を見せられて、一同が絶句する。
 ―――規格外にも程がある!
 思わず叫びそうになった立香だが、寸の所で飲み込んだ。


「ま、まぁ、英雄王の規格外さについては後で突っ込むことにして、これで問題は解決したね」


 こほん、と咳払いをして、ダ・ヴィンチが笑顔を見せる。
 それで我に返ったらしいマーリンが、困ったような表情で英雄王を見つめた。


「しかし、いいのかい? こんなものを見せてしまって。誰かがこの技術が広めれば、この星の価値観が崩れ去るよ?」
「そのような愚か者は処断すればよかろう」
「万が一ってこともあるだろう? 君にしては早計だったんじゃないかい?」
「そこな娘は我が唯一無二と認めた者。そう簡単に失われていい命ではない。故に、白野を優先した。それだけのことよ」
「うわぁ……」


 英雄王の言葉に、マーリンがどこか遠くを見るような目で薄く笑う。その口元は限りなく引きつっていた。
 他にもアルトリアやクー・フーリンなど、彼と面識があるらしい者たちが世にも恐ろしいものを見た、と言わんばかりの形容しがたい顔をしていた。
 全盛期のギルガメッシュを知らない立香にも、英雄王の残虐性は届いている。彼を知るものは皆口を揃えていうのだ。彼は危険だ、と。
 だから白野に対する彼の対応が、破格のものであることだけは分かった。そんな対応をするくらいに、彼女が大切であるということも。

 英雄王だけではない。子ギルにとっても、賢王にとっても、彼女は特別な存在だ。自分に力を貸してくれた彼らの、大切な人。
 助けたい、と思った。だって彼女は、一緒に戦ってくれた仲間の、守りたい人。


「令呪を持って命じる」


 立香が右手を掲げ、宣言する。


「この技術を広めることを禁ずる」


 令呪の一画が浮かび上がり、使用したことにより消滅する。


「先輩……?」
「マスター?」


 突然の立香の行動に、サーヴァント達が困惑の声を上げる。
 けれど立香は続けた。


「重ねて命じる」


 二画目が浮かび上がる。


「その子を、助けて!」


 懇願と共に、令呪が弾けた。
 立香の心からの声に、サーヴァント達の顔から困惑が消える。
 立香の願いに返ってきた言葉は、力強い「是」の答えだった。




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