天文台にて目を覚ます 2






 逆立てた金の髪。紅玉のごとき紅い瞳。身に纏うは黄金の甲冑。
 その男はただそこにいるだけで畏怖の念を抱かせ、思わず平伏したくなる様なオーラを放っていた。
 そんな男が召喚されたのを見て、魔術教会の魔術師たちが歓喜の声を上げる。


「おお、おお! 素晴らしい! やはり”これ”は上質な触媒だったのだな!?」


 興奮冷めやらぬ魔術師の声に、黄金を纏った男―――ギルガメッシュは不快気に眉を寄せた。
 ギルガメッシュが放っていたオーラが少女と間見えた喜びから一変したことに、魔術師たちは気付かない。
 それに気づいた立香たちだけが、その怒気にびくりと身を震わせた。
 それにすら気付かず、彼らはなおも歓喜の声を上げ続ける。


「上質な触媒となる肉体。この肉体を使えば、新たな召喚技術を生み出すことも夢ではありません! 例えその過程で”これ”が死んでも、上等な聖遺物となるでしょう!」
「それだけではありません。その身に宿した聖杯、本物の願望器があれば、我々は根源に辿り着くことが出来ます!」
「そうだとも! これで我が一族はより大きく! より末永く繁栄するだろう!!!」


 薄汚れた欲望。ひたすらに醜く、浅ましい魔術師の業。彼らは人の死すら繁栄のための犠牲とすることを厭わない。
 それを何のためらいもなく口にする魔術師たちを、立香たちは呆然と見つめていた。
 理解できない。理解したくない。むしろ理解してはいけない。そんな行いを平然とこなそうとする彼らを、容認してはいけない!
 ここで行動を起こして自分達の罪が増えようとも構わない。人の命を無下にすることなんて出来ない。
 その決意を胸にロビンフッドに指示を出そうとして、けれどそれは出来なかった。


「その娘は我が財。一体誰の許しを得てその娘の所有者を気取っているか、痴れ者が!!!」


 ギルガメッシュが、黄金の波紋を浮かびあがらせる。その波紋から一振りの剣が取り出され、視認できない速度で放たれる。
 剣は男の肩を貫き、鮮血が舞った。
 肩に剣を突き立てられた男は絶叫し、痛みにもがき苦しんでいる。
 そんな男には一瞥もくれず、ギルガメッシュは少女へと歩み寄った。
 そして少女を束縛する拘束具を引きちぎり、令呪の宿った左手をそっと握る。


「白野」


 少女に向ける声は、酷く柔らかいものだった。男に向けられたものとは打って変わった暖かい声音に、少女の指先がピクリと動く。長い睫毛がふるふると揺れる。
 しかし少女の腕は持ちあがることは無く、その瞳が開かれることも無かった。


「良い。今は目を開けることすら億劫だろう。どうやらその身は酷く痛めつけられているらしい。その体についた傷は、そう易いものではない。無理はするな。今は休め」


 優しい手つきで、そっと少女の頬を撫でる。
 割れ物を扱うような手つきから、少女を財として扱っているのが嘘でないことが窺えた。


「ああ、ロード! ロード!」
「貴様! 使い魔の分際で、時計塔のロードに何ということを!!」


 魔術師たちが怒りに沸く。
 すぐさま攻撃態勢に入った者もおり、立香たちも戦闘の構えを取った。けれどそれよりも早く、黄金の波紋が男達を捕らえていた。


「我が雑種を利用しようなどという愚行だけでは飽き足らず、更にはこの我に牙を剥くか」


 黄金の波紋から、無数の武器が現れる。剣に槍、斧に矛。一つとして同じものはなく、纏う魔力は宝具そのもの。
 その圧倒的な力を前に、魔術師たちは戦意を喪失させた。


「その不敬、死を持って贖うが良い!」


 宝具が射出されんとした、その瞬間。


「ギ、ル」


 儚い声が、空気を揺らす。
 その声に、ギルガメッシュがピタリと動きを止めた。


「だめ、だ……」
「白野……」
「”私の剣”を、よごさ、ないで……」


 白野と呼ばれる少女の言葉に目を見開き、次いで深い深いため息をついた。
 ギルガメッシュが手をかざし、宝物庫から取り出された武器が収められる。しかしすぐに変わりの武器が現れる。それらはすべて鈍器と呼ばれる物の類だった。
 鈍器の雨が魔術師たちに降り注ぐ。悲鳴を上げて逃げ惑うが、次々に打ちのめされ、床に沈む。
 しかし攻撃の激しさに反して、流血者はいるものの、命を奪われた者はいない。


「ギル……」
「安心しろ。殺してはいない。峰打ち、というやつだ」
「そ、か……。あ、りが、と……」
「まったく、どこまでお人好しなのだ、貴様は……」


 呆れを滲ませつつ、その目は変わらないことを喜ぶような、輝かしいものを愛でるような色彩を湛えていた。
 敵と認識した相手にはどこまでも無慈悲であったが、少女に対しては酷く寛容で、いっそ愛情深さすら感じるほどだ。
 そのことに少しだけ安心して、立香が彼らに声をかけようとした時、視界の端で、わずかに動く人影が映った。


「く、そ……!」


 一人の男が身を起こす。
 指先に魔力を集中させ、一気に放出する。ガンドと似たものだが、それよりも殺傷力が格段に高いことが見て取れた。
 その魔弾が向かう先には、コフィンの少女がいる。


「危ない!!!」


 立香が叫ぶ。
 その声に反応したギルガメッシュが宝物庫を開くが、立香は間に合わないことを確信してしまった。


「――――――!」


 声にならない悲鳴が上がる。
 ―――お願いだから逸れて!!!
 そう願った時、ジャララララ! と音を立てて、男と少女の間に鎖の壁が出来る。
 魔弾は鎖に阻まれ、あっけなく霧散した。


「まったく、白野を前にして浮かれる気持ちは分からなくもないですが、油断し過ぎですよ」
「慢心も過ぎればただの間抜けよな、若年の我よ」


 新たな声に振り返ると、そこには幼年期のギルガメッシュ―――子ギルと、賢王と称えれらるギルガメッシュが天の鎖を構えていた。


「子ギル! 賢王!」


 心強い味方が増えたことに、立香が安堵の声を上げる。
 マシュやロビンたちも、二人のおかげで少女に怪我がないことに胸を撫で下ろしていた。


「む。幼年期の我に晩年の我か。ここでは随分と珍妙な召喚が行われているようだな」


 つい、と紅い目が立香を捕らえる。
 初めて意識を向けられた立香が思わず委縮する。
 けれど視線を向けられたのは一瞬で、すぐに視線は他に移された。言うまでも無く、彼の財を害そうとした男にだ。
 男は鎖に絡め取られ、ぎりぎりと締めあげられ、うめき声をあげている。


「おい、貴様」
「ひっ、ぎ……!」
「どうやら魔術教会とやらはカルデアの実権と白野。白野の持つ聖杯を望んでいるらしいな? カルデアとやらはどうでも良いが、白野はこの英雄王ギルガメッシュのマスター。害することは決して許さぬ」


 英雄王ギルガメッシュ。半神半人の王であり、全てを手中に収めた男。
 その名前に、男は目を見開く。そして自分が誰に牙を剥いたのかを理解し、ガタガタと体を震わせた。


「もし、次に我らの前に貴様らが現れるようなことがあればその時は、この我自らが全霊を持って貴様らを根絶やしにしてやろう」


 全てを見た人として語られる紅い目が、男を射抜く。


「これは忠告ではない。命令だ。この命を胸に刻み、一生涯を恐怖に塗れて過ごすが良い。貴様らの命はすでに我が手中にあり、我の気分一つでいつでも摘み取ることが出来るのだからな」


 恐怖のあまりに泡を吹きながら、それでも必死に頷く男を冷たい目で見下ろす。
 自分の言葉を十分に理解したことを確認し、ギルガメッシュは男を締め上げて意識を奪い取った。
 ギルガメッシュはすでに男への興味を失くし、男を床に放り捨てると、彼は再度少女に向き直った。
 そして少女の体に繋がれた装置を一瞥し、丁寧に取り外していく。それにぎょっとしたマシュが、一歩前に踏み出した。


「そ、それは外して大丈夫なものなのですか!?」


 驚きの声を上げるマシュに、ギルガメッシュは諌めるような鋭い視線を向けた。


「貴様に発言の許可を与えた覚えはないぞ、雑種」
「す、すいません……。でも、心配で……。私たちはずっとここにいたのに、彼女の存在に気付いてあげられなかった……」
「マシュ……」


 暗い顔で俯く後輩の肩を、立香がそっと撫でる。
 それは自分たちも同じだ。
 きっと彼女は、この暗い地の底で、何度も助けを呼んだだろう。けれど自分達は彼女の声に気付いてあげることが出来なかった。その事実が、胸に重くのしかかる。


「此奴に償いたいというのであれば、行動で示すが良い。まずは此奴を休ませられる場所へ案内いたせ」


 ギルガメッシュの言葉に、立香とマシュがそろって顔を上げる。
 そして顔を見合わせ、力強く頷き合った。


「うん、そうだね。聞きたいことは山ほどあるし、謝りたい気持ちもあるけど、まずは彼女の身を案じることが先決だ」


 二人の顔を見つめて、ダ・ヴィンチが指示を出す。


「私は先に戻って医療スタッフにこのことを伝えてくる。解呪も必要だ。立香君とマシュはキャスター連中を集めつつ、英雄王を処置室に案内してくれ」
「うん!」
「はい!」


 立香とマシュの張り切った返事を聞き、ダ・ヴィンチが満足げに頷く。二人の顔に笑顔が戻ったことを確認し、ダ・ヴィンチは一気に階段を駆け上がった。


「んじゃ俺はこいつらをふん縛って、お嬢さんの目に入らないところにでも放り込んでおきますか」
「それなら僕もお手伝いしますよ、ロビンさん。一人では大変でしょうし、何よりこの人たちにはお仕置きが必要だ」


 ロビンフッドが捕縛用の縄を取り出し、男達を見回す。そんなロビンフッドに賛同する形で、子ギルが彼の隣に並んだ。
 子ギルの顔は笑みを模っていたが、その目はどこまでも冷たい。


「て、手加減してあげてね……?」


 温度の無い瞳に気づいた立香が引きつった顔で釘を刺すが、子ギルはにこりと笑うのみで、返事はない。これは自分の願いは叶えられそうにないな、と立香は力なく笑った。


「そう言えば、お二人はどうしてこちらに?」
「何、此奴に呼ばれた故な」
「はい。僕にも確かに聞こえました。彼女が僕を呼ぶ声が」


 マシュの疑問に、いつの間にか英雄王の作業を手伝っていた賢王が答える。
 早速男達を縛り上げる作業に取り掛かった子ギルも、それに同意する形で頷いた。
 そんな二人を、英雄王が剣呑な眼差しで睨みつけた。


「貴様らを呼んだのではない。この我を呼んだのだ」
「違うな。白野は”ギルガメッシュ”を呼んだのだ。ならば我とて答えぬわけにはいくまい」
「はい。貴方と同じ存在であることは認めたくありませんが、僕もギルガメッシュです。白野が呼ぶなら、僕はどこにだって駆けつけます」


 三人の間に、火花が散る。今にも武器を構えて乱闘を始めんとする勢いだ。
 そんな様子をマシュはおろおろとうろたえた様子で眺め、ロビンが呆れを滲ませた顔でやれやれと首を振る。
 まさに一触即発。そんな空気を変えるように、立香が声を上げた。


「と、とりあえず処置室へ案内します! 英雄王、こっちです!」


 繋がれた管を外し終わり、英雄王が白野の肩と膝裏に手を回し、そっと抱き上げる。それを確認して、立香が先導する。
 長い長い階段を駆け上がる。
 先程まではもっと続けと願っていた道のりが、今はとても煩わしかった。




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