天文台にて目を覚ます
前回の訪問から然程日を置かず、魔術教会一行は再びカルデアを訪れた。
前回の訪問時よりも明らかに人数が多く、また、魔術師の質も格段に上がっていた。
その魔術師たちの多くは礼装を身につけており、魔術に使用するであろう鉱物や呪具を装備していた。
中には明らかな拘束具の類まで見受けられ、その周到さはカルデア一同が揃って顔を顰める程だ。
「何これ……。ちょっと、やり過ぎじゃない?」
立香が眉を寄せ、およそ少女相手に使用するには大げさな装備を示す。
「ええ。魔力を封じるための魔具や拘束具まであります」
立香の言葉に、マシュが肯定の意を示す。
そのあまりに大規模な用意に、立香たちは不安を募らせる。
これではまるで、その少女が実在すると確信してここに来ているようではないか、と。
「お偉いさん方、随分張り切ってるようですけど、そんな女の子、本当に実在するんです?」
緑衣の青年―――英霊・ロビンフッドが呆れを滲ませた表情で肩をすくめる。
「そんな女の子がいる記録、探しても見つからなかったんでしょ?」
「ああ。念のためにカルデアにある資料はすべて再確認してみたけど、そんな記述は一切無かった」
ロビンフッドに水を向けられたダ・ヴィンチが断言する。
カルデアにある膨大な資料を洗い出し、果ては館内の捜索まで行ったが、少女の存在を証明するものは見つからなかった。故にカルデア側が出した結論は「そんな少女は存在しない」というものである。
けれど、この魔術師たちの熱の入れようは何だ。
立香は胃の辺りが冷たくなるのを感じた。
「何だか、嫌な予感がする……」
立香がぽつりと落とした呟きは、捜索を始めた魔術師たちの足音に呑まれて、誰の耳に届くことも無かった。
魔術師たちの熱意は凄まじいものだった。
一部屋一部屋を手当たり次第に探して回り、時には破壊すら試みる。
その熱の入れようは異様なもので、英霊たちすら彼らとの接触を拒んだほどだ。
執念と言っても良いそれは常軌を逸しており、とても正気の沙汰と思えるものではない。
もはや人の所業とは言えず、ケダモノのごときそれであった。
「先輩、私、何だか怖いです。闘いはいつも怖いものでしたが、これは種類が違います。立ち向かうことすら忌避する類の恐怖です」
「うん……。分かるよ、その気持ち」
これは狂気だ。
人には、ストッパーが存在する。超えてはならない一線という物を無意識のうちに設定し、それを遵守する防衛線。
けれど彼らのそれはとっくに壊れ、止まるところを知らない。故に突き進む。それがどんなに残酷で非道なことかを顧みぬまま。
そしてとうとう、その時はやってきた。
「ありました! この下に、巨大な空洞があります!」
湧き立つ魔術師。魔術教会の者たちが、歓喜に打ち震えている。
それに反して、カルデアの者たちは絶望の淵に立たされたような気分でその光景を見ていた。
だってそれは、在ってはならないものが見つかったということに等しいから。
魔術師たちが空洞があるとされる壁の一角を破壊する。
壁はあっけなく崩れ去り、ぽかりと口を開ける。
その壁の向こうには、カルデアの深淵へ誘う様に、下へ下へと続く階段が、立香たちを待ち受けていた。