天文台にて目を覚ます
人理修復を終えて、人類の未来を取り戻した少女―――藤丸立香はマイルームの片付けに追われていた。
この一年、聖杯探索に明け暮れており、部屋の片づけにまで手が回らなかったのだ。故にマシュの手を借りつつ、散らかった部屋の片づけを行っているという訳である。
しかし切りの良いところでサボり魔ことダ・ヴィンチが来たことにより、掃除はいったん休憩と相成った。
「そう言えば、やってきた魔術教会の方々は、すぐに退散してしまいましたね」
「こちらが獲得したここ一年のデータが余りにも膨大なんで、面食らったんだろうさ」
マシュの入れてくれたお茶を飲みつつ、三人とフォウで会話を楽しむ。
内容はあまり明るいものではなかったが、こうして平和に会話をする時間はとても尊いものなのだと、この一年で嫌というほど学んでいる。故に立香はこの幸せを楽しみながら、会話を続けた。
そんな中、ダ・ヴィンチが気になる情報を漏らした。
「そういえば、魔術教会の連中が妙なこと言ってたんだよね~」
「妙なこと?」
「うん。立香君以外に日本人の少女はいないのかって」
「私以外の日本人の女の子?」
「そ。何でも、病気で寝たきりの少女をアニムスフィア家が引き取った記録があるんだってさ。これがもし本当なら、相当な外道だよね」
「どういうこと?」
常にないダ・ヴィンチの剣呑な様子に、立香が不安げな表情を見せる。立香同様に、マシュも眉を下げた。
そんな二人の様子にダ・ヴィンチが憂いを秘めた表情を浮かべた。
「親戚でも何でもない少女を魔術師一族がただで引き取ると思うかい? デミ・サーヴァント計画なんていう非道を行ってきた一族が、善意でそんなことをすると思う?」
「……っ!」
「そう。つまり魔術的に利用価値があると判断して引き取った、という可能性が高い。しかも相手は抵抗も反抗もしない。抗議すら出来ない相手だ。そんな少女に、人権があると思う?」
「そんな……っ!」
ダ・ヴィンチの言葉に、立香が息を飲み、マシュが悲鳴じみた声を上げる。
そんなの、あんまりではないか。例え意識が無くとも、本人の了承もなく、まだ生きている人間を相手に人権を無視する様な行いをするなんて。
怒りで震える拳を見咎めたダ・ヴィンチが笑みを浮かべ、努めて明るい声を上げた。
「ま、そんな記録はどこにもないし、教会の連中も真偽のほどが分からないって感じだったし、あくまで噂だろう。ロマニからもそんな話は出なかったしね」
「そ、そっか……」
「それより問題なのは、その少女を探すためにがさ入れすることになっちゃったってことだ! 奴ら、乙女のプライベートなんて一切考慮しちゃくれないぜ? 立香君もマシュも、見られたくないものは厳重に隠しておくんだよ?」
「りょ、了解!」
「せ、先輩! 私、ちょっと用事が出来ましたので……!」
立香たちはダ・ヴィンチの言葉に安堵の息を漏らし、怒りを霧散させる。
けれど継いで告げられた言葉に先程とは別の意味で気を引き締めた。乙女は秘密が多いのだ。
慌ただしく動き始めた少女達を見つめながら、彼女らに気づかれないようにダ・ヴィンチは険しい顔を作る。
(そう……。ロマニすら知らなかった……。それはロマニにすら秘匿されていたからか、そもそもそんな少女は存在しないのか。後者であることを祈るばかりだ)
―――ま、今はいるかどうかも定かではない少女の行方より、次の隠れ場所を探さないとね!
一つ伸びをして、ダ・ヴィンチは立香のマイルームを後にしたのだった。