蛇の計略
この日のフロイドは、最悪のコンディションだった。
具合が悪いのではない。少し前に風邪を引いて以来、身体的にはむしろ絶好調だった。
けれど、心が弱り切っていた。呆然と、中庭のベンチに座り込んでしまうくらいに。
体調が良くなって、気分もご機嫌で、しばらく見なかった顔を見たくなったのだ。監督生に、会いたくなったのだ。
そう思ったらいてもたってもいられなくて、フロイドは監督生に会いに行った。
しかし、久々に会った監督生はフロイドの顔を見て、顔面から血の気を引かせたのだ。手を伸ばしたら、悲鳴のような声を上げて逃げられたのだ。
ほんの数日会わなかっただけなのに。少し前までは、彼女も自分を見て笑顔になってくれたのに。
(オレのこと、好きなんだと思ってたのになぁ……)
怒りよりも驚きが先に来て、走り去る背中を見送ってしまった。嫌われたのだと悟って、猛烈な悲しみと寂しさに襲われた。
けれど嫌われた原因が分からなくて。そんなことも分からない自分が情けなくて、フロイドは抜け殻のように座り込んでしまったのだ。
「フロイド?」
聞き覚えのある声が耳を打つ。ちらりと視線を向ければ、そこには予想したとおりの男―――――ジャミルがいた。
彼はフロイドの顔を見て、酷く驚いたような顔をしていた。
酷い顔をしている自覚はあったため、フロイドは自嘲を浮かべた。
顔を逸らし、地面に視線を落とす。
ザリ、と地面を踏みしめる音が響く。
立ち去るかと思われたジャミルがベンチの背もたれにもたれ掛かる。けれど彼は何も言わず、ただそこに居た。
―――――ああ本当に、嫌になるくらいに心情を察するのが上手い男だ。
一人になりたい。慰めなんて要らない。
その想いは真実だ。
けれどその裏で、誰かのあたたかさを欲していた。
まるで心を読んだかのように、ジャミルは正解を叩き出してきた。
くしゃり、と髪を撫でられる。
豪快な触れ方だが、ちっとも痛みを感じない。不器用な優しさが感じられる、あたたかな触れ方だった。
視界が歪む。波打つ景色が海を思わせた。
何だろう、と不思議に思っていると、頬に熱いものが伝う。それを拭って、フロイドはようやく自身が泣いていることに気付いた。
人魚と人間が結ばれないことは分かっていた。
プリンセスが主人公の物語でさえ幸せになれないのだから、現実でそれを叶えることは奇跡に等しいことだったのかもしれない。
こうして、想いを伝えることもなく、フロイドの恋は終わりを告げた。
(………最近、ウミヘビくんに助けられてばっかだなぁ)
(対価払うの苦労しそう……)
(………まぁ、いっか。今があったかいから、どうでもいいや)