蛇の計略
「ジャミル先輩、本当にありがとうございました」
「気にするな。でも、あまり一人にならない方が良いな」
はい、と真剣な顔で頷く少女―――――監督生に、ジャミルはいつもの涼しげな笑みを向けた。
それは偶然だった。意図したことではなかった。
けれど、それは好機だった。監督生が、監督生を良く思っていない生徒達に絡まれていたのである。
大柄な生徒達が一人の少女を囲って嫌みを言う様は、誰が見たって滑稽であり、情けないと言わざるを得ない。
正直に言うならば面倒であったが、年下の少女が困っているのを見捨てるのは人としてどうかと思ったのだ。
だから助けようとした。けれどその直前、思いついてしまったのだ。これは使えるのではないか、と。
「あの、お礼を…………」
「別に良いさ。君は律儀だな」
「でも…………」
「なら、俺が困ったことがあったら、その時に助けてくれないか?」
「はい、もちろんです!」
この学園ではあり得ないほどにお人好しな監督生は、張り切ったように拳を握った。それを見て、ジャミルは良い先輩の顔をして笑った。
(あいつらの行動パターンを調べないとな……)
次に実行すべき行動が決まった。
* * * * *
後日、借りを返そうと躍起になっているフロイドに纏わり付かれているジャミルの元に、監督生に絡んでいた者達が通りかかった。
彼らはジャミルの顔を見てあからさまに顔を顰め、そそくさと踵を返す。
そんな様子を面白そうに眺めていたフロイドが、ジャミルの肩に腕を回してのし掛かった。
「なぁに、あいつら。オレを見て逃げたんじゃないよね? ウミヘビくん何かしたの?」
めっずらし~!と、フロイドが楽しげに笑う。
怪訝そうに顔を顰めていたジャミルが、ふと思い出したかのように声を上げた。
「ああ、思い出した。この間、監督生に絡んでいたのを見掛けてな」
「…………小エビちゃんに?」
「彼女は気付いていなかったようだが、俺が来なかったら危なかったかもな」
嘘をつくときは、真実の中に嘘を紛れ込ませるのが良い。
真実はチクリと嫌みを言われてた程度であったが、少しばかり大袈裟に事を伝えると、フロイドの目が急激に温度を無くす。
そっか、と冷めた声音が頭上から聞こえる。見上げれば、そこには能面のような顔があった。
「オレ、用事思い出した~」
「そうか」
「じゃあね、ウミヘビくん」
「ああ。また部活で」
ひらひらと後ろ手に手を振る姿を見送って、ジャミルも歩みを再開する。
けれどその足は、先程フロイドと目指していた方向とはまったく違っていた。
向かう先は、監督生の元。この間の借りを返して貰うためである。
その日の放課後。フロイドは遅れて部活に現れた。
ほんのりと、血の匂いを漂わせて。