蛇の計略
ぐるぐると思考の渦に飲まれてしまった監督生をよそに、ジャミルは部活終わりにオクタヴィネルを尋ねた。フロイドのお見舞いの為である。
フロイドの看病はアズールとジェイドが交代で行っていたようで、授業には二人が入れ替わり立ち替わり参加していたのを見掛けた。
慣れないことに戸惑いながら、何とか看病をしているらしい。ジャミルと顔を合わせる度に困惑の表情を浮かべながら質問に来る二人の姿は大変愉快だった。
更に、ジャミルが的確な指示を出す度に浮かべるほっとした表情は自尊心まで満たしてくれる。想定していなかった成果まで手に入れて、ジャミルは大変満足していた。
ちなみに、アズールは飲み物の準備で席を外しており、ジェイドはフロイドの代わりにラウンジのシフトに入っており不在である。
「具合はどうだ?」
「ウミヘビくんだ~。熱は下がったよ~」
「そうか」
そして訪れたフロイドの部屋。フロイドはとろりと目尻を下げながらジャミルを出迎えた。
多少なり好感度が上がっているらしく、フロイドの機嫌はかなり良いようだった。身を起こしたフロイドが嬉しそうな声を上げた。
椅子を勧められて、ベッド横に置かれた椅子に腰掛ける。
フロイドの体調についてや、今日の出来事など、たわいない会話を交わす。そして、ふと思い出したようにジャミルがフロイドに尋ねた。
「そう言えば、監督生は来たか?」
「え? 小エビちゃん?」
「お前の姿が見えないことについて聞かれてな。お前が休みだと伝えたら酷く心配そうにしていたから、てっきり来ているものかと」
「そう……」
「まぁ、監督生も忙しそうだし、時間が見つけられないのかもな」
お気に入りの少女に自分が後回しにされたことが気に食わないのか、フロイドの機嫌は一気に急降下したようだった。
その事に呆れとも苦笑ともつかない様子で目を細め、ジャミルがくしゃりとフロイドの髪を掻き混ぜる。フロイドのきょとんとした顔が笑いを誘った。
「そう拗ねるなよ。彼女のことだから、きっとお前に気を遣ったんだろう」
「………確かに具合悪いときに群がられるのはうぜぇけど、小エビちゃんなら別に良いのに」
元来素直な性分のフロイドだが、まだ本調子ではないからか、いつも以上に自分の心情に素直な印象を受けた。頭が回っていないのがよく分かる。
分かりやすく、付け入れやすい隙に、ジャミルがにんまりと笑った。
そして、今ここにいるのは監督生ではなく自分だと主張するように、更に髪を撫でてやった。
「………子供扱いすんなし」
「そんなに盛大に拗ねているくせに子供じゃないと?」
「………なんかムカつく~」
「分かったよ。やめるから機嫌を直せ」
「………それはもっとやだ」
「はいはい」
やれやれ、と肩を竦めながらも、その眼差しは優しげだ。
それが何だかくすぐったくて、胸の辺りがぽかぽかとあたたまるような感覚を覚える。何か穏やかな物を注がれて、何かが満たされたような気がした。
むずむずと照れくさいけれど、ずっとこのままで居たいような穏やかさ。
けれど、アズールが戻ってくると、ジャミルはあっさりとフロイドの髪から手を引いた。
それが何だか寂しくて、フロイドは思わず唇を尖らせる。
先程まであたたかかった胸の内が、何だか酷く寒いような気がした。
「アズール、頭撫でて」
「は? どうしました、フロイド。どこか具合が?」
「いいから、撫でてよぉ………」
ジャミルが帰ってから、フロイドは酷く落ち込んでいるようだった。
困惑しながらも、体調不良で情緒不安定なのだと判断したアズールは、言われたとおりにフロイドの頭を撫でてやる。
アズールやジェイドに撫でられるのもささくれ立った心が落ち着くような感覚がして好きだ。
けれど、今欲しい感覚とは違っていて、ちょっとだけ泣きそうになったのは、フロイドだけの秘密だ。