蛇の計略
「すいません、ジャミル先輩。量があったので助かりました」
「いや、これくらい構わないさ」
NRCでただ一人の女子生徒、監督生が資料の入った段ボールを抱えてジャミルに微笑んだ。
監督生は特例で学園に籍を置いているため、学園長から雑用を任されているのだ。そのためよく学園内を駆け回っているのを見掛ける。
いつもなら『監督生の仕事』であるから放っておくが、今回は量の多さと重さに四苦八苦しているようだったので手を貸した次第だ。
まぁもっとも、NRCに通う生徒が進んで面倒ごとに関わるわけがないのだが。
「あ、そうだ、先輩。今日、フロイド先輩を見掛けなかったんですけど、またサボりですか?」
せっかく一緒の授業だったのに……。
そう言って肩を落とす監督生は本当に残念そうだった。
そんな彼女に、ジャミルが苦笑する。
「今日のあいつは体調不良で休みだよ。昨日の部活中に吐いたりして大変だったんだ」
「えっ? そうなんですか?」
驚きに目を見開き、すぐに心配そうに眉を下げる。
ころころと変わる表情と、少し大袈裟な仕草が小動物めいて見えた。
(お見舞いに行こうかな……。でも、迷惑じゃないかな?)
むむ、と眉を寄せる。
お見舞いだけでは味気ない。好きな人の看病をしてあげたい。けれど、監督生に病人の世話の経験は無かった。
しばらく葛藤して、でもやっぱり顔だけは見たいな、と結論を出す。
そのとき、段ボールを持ち直したジャミルの手が目に入った。何やら痛々しい痣が残っていたのだ。
「それ、どうしたんですか?」
「それ?」
「手のとこについてる痣のことです。怪我してたんなら、無理に手伝わなくても……」
「ああ、これか? ちょっとフロイドに掴まれてな」
「え? フロイド先輩?」
思ってもみなかった相手の名前に、少女が目を瞬かせた。
もう一度ジャミルの手を見れば、それは確かに誰かに強く握られたような痕だった。
しかし、相当強く掴まなければ、痣になるほどの痕はつかないだろう。喧嘩でもしたのだろうか、と顔を曇らせる。
そんな少女の心情を察したのか、ジャミルが再度苦笑した。
「力加減が難しいんだろうな。陸二年目だし」
「……人魚って、力が強いんですか?」
「そもそもの作りが人間とは違うからな。あいつくらいになると、俺の腕くらいなら片手で折れるだろうな」
「そう、なんですね……」
少女の強張った顔を見て、ジャミルが意地悪そうに口角を上げる。
「君の頭くらいなら、簡単に潰せてしまうんじゃないか?」
「こ、怖いこと言わないで下さい!」
「すまない。からかいすぎたな」
「もう!」
―――――本当に、冗談じゃない。
頬を膨らませて、大袈裟に拗ねた姿を演出する。拗ねた監督生を見て眉を下げたジャミルに、監督生は表情を一変させて笑みを浮かべた。
その事にほっとして微笑むジャミルをよそに、監督生は顔から血の気を引かせていた。
思い出してしまったのだ。海の中で見た、あの巨大な姿を。―――――彼が、人とは違うと言うことを。
その日は結局、フロイドのお見舞いには行けなかった。