蛇の計略
「あれぇ、ウミヘビくん一人? めっずらし~!」
カリムと別々に昼食を摂ることになった、その日のことである。
中庭で昼食のお弁当を食べていると、フロイドが背中にのし掛かってきた。
重い、と文句を言うも、フロイドはどこ吹く風。抗議の声など聞こえないと言わんばかりに体重を掛けてくる。
どうやら一緒に行動していたらしい片割れのジェイドが、口先だけの制止を口にする。けれど、上から退けようとする気概は感じられない。
仕方なしにそのままの状態で、ジャミルはフロイドの質問に答えた。
「カリムは部活のコンクールが近いとかで、昼も練習に充てるそうだ」
「ふ~ん」
「君達こそ、いつも一緒のアズールがいないようだが?」
「アズールは寮生の相談に乗っていまして、別行動なんです」
そう言ってジェイドが怪しく笑う。
どうせきっとろくでもないことだろうな、と当たりを付けて相槌を打つ。
すると、興味なさそうにのし掛かっていたフロイドが、じっと弁当箱を見つめているのに気が付いた。その事に気付いたジャミルがほくそ笑む。どうやら上手く興味を引けたようだ。
そしてフロイドが、弁当箱に入っていた肉料理を摘まんで口に放り込んだ。
「あ、こら!」
「うわ、うまっ。辛すぎなくて良いね。これ好き~」
「そりゃどうも。でも人の弁当を食べるな。これをやるから、もう行けよ」
「これなに? おまんじゅう?」
「揚げ饅頭。中身は肉だよ」
フロイドの行動を咎める。けれど、その内心は自分の思ったとおりに事が進んだことに口角を上げていた。
昨晩から、いつもより少しだけ華やかなお弁当を作ったのだ。フロイドが興味をそそるように、色鮮やかで、辛すぎない味付けで。
そしてつまみ食いを誘発させて、全部食べられてはたまらないからと、ちょっぴり“身体に悪いもの“を混ぜ込んだ揚げ饅頭を渡すのだ。
フロイドは身を起こし、ジャミルから渡された揚げ饅頭に齧り付く。何の疑いもなく。
「うまっ」と美味しそうに食べるのをしっかりと見届けて、ジャミルはジェイドにも揚げ饅頭の入った包みを渡した。
「ほら、ジェイド。君の分だ」
「おや、よろしいので?」
「フロイドにだけやって君にやらないのもおかしいだろう。でも、流石にアズールの分まではないから、あいつに見つかる前に食えよ。あいつ、仲間外れみたいなの嫌いだろう」
「んふふ、よくわかってんね」
「仲がよろしいようで何よりです」
「仲良くない」
ジェイドに渡したものには、何も入っていない。ただの美味しい揚げ饅頭である。
ジェイドもフロイドと同様に、その場で包みを剥いで揚げ饅頭に齧り付いた。
「ウミヘビくん料理上手だね~」
「本当ですね。凄く美味しいです」
すでに食べ終わったフロイドが、再びジャミルにひっついた。ジェイドが食べ終わるのを待っているのだろう。
そんなフロイドを、ジャミルがじっと見つめた。
「ん? なぁに?」
「いや……。勘違いかもしれないが、いつもより体温が高い気がしてな」
「え〜? そう?」
ジャミルの言葉に、フロイドが不思議そうに顔やら首やらに触れた。けれど実感が湧かないためか、ひたすらに不思議そうにしている。
暗に不調なのでは、と指摘された本人より、片割れの方が深刻そうな反応を示した。
「フロイド、具合はどうですか? 気分が優れないなどはありませんか?」
「別にいつも通りだけど?」
「なら、いいのですが…………」
「気を付けろよ? もうすぐRSAとの練習試合なんだ」
「んふふ、楽しみだねぇ。蹴散らしてやんよ」
大会が近いのは、何も軽音部だけではない。バスケ部などの運動部もそうだ。
そして大会前になると、必ず練習試合が組まれるのである。その相手は大抵、ライバル校であるRSAだった。
現在NRCは練習試合、大会共にRSAに負け越しており、練習時の部員達のやる気は本番さながらであった。
「頑張ってくださいね」
「もっちろん。次は負けねぇし」
ジェイドからの激励は、珍しく本気の声音をしていた。
これはNRC生全般に言えることだが、NRC生はRSA生とはそりが合わないのだ。彼もRSAを根本から分かり合えない相手だと認識しており、そんな彼らに負け越している現状は気に食わないようだった。
ジャミルは力強く頷き、フロイドは薄ら笑いを浮かべつつ、その目に静かな闘志を宿している。
二人の様子に満足げな笑みを浮かべたジェイドは、この話は終わりだと言わんばかりに話題を変えた。
「それにしても、人の体温の違いなんて、よく分かりますね?」
「カリムの体調を気遣うのも俺の役目だからな。あいつは不調を隠すから、こっちが察してやるしかないんだ」
そのせいじゃないか、というと、ジェイドが楽しげに笑う。
「大変ですね」
「全くだ」
今度何かお返しするね~と言いながら去って行く二人の背中を横目で見送って、ジャミルが唇を舐めた。
(人の体温の違いなんて、分かるわけないだろ)
―――――勝負は放課後、部活時間中。丁度その頃に、毒が回り切る。
その釣り上がった口角を見た者はいなかった。