蛇の計略
「小エビちゃーん!」
弾んだような明るい声。
ジャミルがその声に惹かれるように振り向くと、空色の髪を靡かせながら長身の少年が、小柄な少女に駆け寄っているのが見えた。同じ2年生のフロイドと、異世界からの異邦人である監督生だ。
二人は恋人ではない。肩書き上ではただの先輩と後輩だ。
しかし、二人の纏う空気はただの先輩と後輩のものではなかった。フロイドの視線は彼を知る者ならば驚きに目を瞠る程に柔らかく、監督生はほんのりと頬を染めている。それはとても仲睦まじい光景で、お互いがお互いを想い合っているのは誰の目にも明らかだった。
その様子を一瞬だけ目に映し、ジャミルはその場を立ち去った。
ジャミル・バイパーはフロイド・リーチに何かしらの感情を抱いていた。
それは恋かと言われると、返答に困る次第である。乙女の心に宿るような甘やかなものではないと断言できるからだ。
恋と言うには鋭利すぎるのである。
執着と言うには、この感情は軽すぎる。何せ一年近く、眺めるだけで満足出来ていたのだから。
独占欲というには、あまりにも淡泊な感情だった。束縛して、フロイドの在り方を損なう方が嫌だった。
最初は憧れのような、妬みのような感情だったように思う。
あの自由奔放な振る舞いだとか、誰にも縛られない精神だとか。それが羨ましくて、妬ましくて。けれど酷く輝いて見えたのだ。
その感情をまっさらだとは口が裂けても言えない。間違っても綺麗なものだとは思わない。
けれどその時はまだ、ドロドロとしたドス黒いものでしかなく、害のある心の動きではなかった。
しかしそれは確実に肥大化していき、相手を傷付ける感情へと変化していったのだ。
誰かに奪われるくらいなら。自分以外が彼を損なわせるくらいなら。何もかも、自分がめちゃくちゃに壊してしまいたいと思うくらいに。
だからジャミルは決意した。
彼が監督生に束縛されるくらいなら、自分に縛り付けて、どこにも行けないようにしてやろう、と。