尻に敷かれてるフロイド






 オレ―――――エース・トラッポラと同じバスケ部に所属するフロイド先輩とジャミル先輩は、どうやら恋人同士であるらしい。
 力関係は一見するとフロイド先輩の方が上のように見えるが、意外なことに、尻に敷かれているのはフロイド先輩の方であるようだった。
 普段はイメージ通り、ジャミル先輩の方が振り回され気味だが、どんな機嫌のフロイド先輩にも有無を言わせない瞬間がある。それが今だ。

 体育館の隅っこで、フロイド先輩を床に座らせて、それをジャミル先輩が見下ろしていた。
 どうやらフロイド先輩がジャミル先輩を怒らせたらしい。
 フロイド先輩は長い足を折り曲げて座っている。監督生が教えてくれた正座というやつだ。慣れていない人がやると相当きつい座り方だ。
 ただでさえ陸2年目の人魚に足に負荷を掛ける座らせ方をさせるとか、ジャミル先輩は鬼か???


「俺が何で怒っているか分かるか?」
「お、オレが約束を守らなかったから、です……」
「そうだ」


 あちゃーと、オレは頭を抱えた。
 スケジュール管理も完璧なジャミル先輩は、計画を狂わされるのが大嫌いだったりする。
 彼が仕えるカリム先輩がスケジュールを狂わせまくる達人だから“計画は狂わされるもの“と諦めてしまっているが、嫌いなものは嫌いなのだ。これは怒っても仕方ない。正座させるのもうなずける。


「と言うわけで、お前にはお仕置きをしようと思う」
「えっ」


 ただでさえ苦行を強いているのに、更にお仕置き。かなり本気で怒っているらしい。よっぽど大事な約束を破ったのかな。


「まずフロイドを洗濯機にぶち込みます」
「何で?????」


 何で?????
 あまりにも突拍子も無いことを言い出したジャミル先輩に、オレもフロイド先輩も頭の中がはてなでいっぱいだ。
 まるで意味が分からない。ちょっと宇宙が見えた気がする。これが監督生の言ってたスペースキャットってやつかな。


「ウツボは死んでからも滑りを出し続けるので、背鰭を切り落として洗濯機で20分ほど濯ぐと滑りが取れて、血抜きも出来ます」
「ひぇっ」


 お仕置きってか、死んでんじゃん。フロイド先輩捌かれてんじゃん。
 フロイド先輩の口からは悲鳴みたいな声が漏れたし、自分が言われたわけでも無いのに、オレもちょっとびびった。
 窓から差し込む光で、上手く顔に影を作っているのが頂けない。しかも無表情。怖い。


「でも、お前の大きさだと入らないよな」
「まず人魚を洗濯機に入れないでぇ……」


 ちょっと泣きの入った情けない声。でも、これは仕方ない。聞いているだけのオレも恐怖で泣きそうだもん。
 美人の真顔、超怖い。


「首と足、どっちかを落とせば入るかな。どっちがいい?」
「ウミヘビくん、ごめんなさい」


 フロイド先輩が青い顔で即座に謝る。
 ごくりと息を呑みつつ成り行きを見守れば、ジャミル先輩がふっと口元を緩ませた。


「よろしい」


 ほっと一息。怒ってはいたけれど、謝って貰えれば許せる範囲だったらしい。
 フロイド先輩も盛大に息を吐き出していた。


「ほんとにごめんね?」
「もういいよ。謝ってもらったし」


 しょんぼりした顔で見上げるフロイド先輩に、ジャミル先輩はひらひらと手を振って見せた。
 もう立っていいぞ、と言う言葉に従ってフロイド先輩が立ち上がろうとして、失敗した。
 床に両手をついて、困惑でいっぱいの表情を浮かべていた。
 きっと足がしびれたんだろう。前に監督生を怒らせたときに正座させられて、オレも同じようなことになったことがあるから分かる。


「待って、ウミヘビくん。何か足がしびしびする! ムリムリ、立てない!」
「正座をすると神経が圧迫されて血行が悪くなってしびれを感じるんだそうだ。血流が戻ればしびれも取れるそうだから、しばらく我慢してろ」
「電気当てられたみたいな感じするんだけど!? ホントに大丈夫!?」
「へいきへいき」


 ぎゃーぎゃー騒ぐフロイド先輩を笑いつつ、ジャミル先輩が隣に座る。
 なんやかんや隣に座って回復を待ってあげる辺り、二人の関係は良好なようだ。










尻に敷かれてるっていうのかな、これ。
ちなみに約束の内容はご想像にお任せします。




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