ヤンデレ気味なフロイドと人魚にされたジャミル
その変化が起こったのは部活を終えた後のことだった。
近々コンクールがあるとかで部活の終了時間がいつもより遅いカリムを部室で待っているときのこと。突如として足に力が入らなくなり、立っていられなくなったのだ。
次いで、魔法薬を飲んだとき特有のざわざわとした気配が体中を駆け巡る。何が起こっているのかと自分の身体を見下ろして、ジャミルは絶句した。
―――――足が無くなっている。
ジャミルの身体は二本の足を無くし、代わりにつやつやとした尾鰭に変わっていた。
「は、なに……なんで…………」
魔法薬を飲んだ覚えは無い。誰かに一服盛られたか。
―――――カリムは無事か。
長年に渡って染みついた思考回路が、カリムの安否確認を導き出す。スマホと、その横に転がっていたマジカルペンを掴もうとして、けれどそれはジャミルが掴む前に、誰かによって拾い上げられていた。
「あはっ♡ ウミヘビくん、超かわいー♡」
それは同じバスケ部に所属するフロイドだった。
気分屋で、よく突拍子もない事をしでかす彼は、面白いことが大好きだった。今のジャミルは彼にとっては丁度いいおもちゃ同然だろう。特に最近はマイブームなのか何なのか、ジャミルに構うことで、何かしらの“面白味”を感じているようだった。
―――――最悪だ。
過剰に心配するだろうカリムとは別の意味で、一番見られたくない類いの相手に見つかってしまった。
ただでおもちゃにされてたまるかと、ジャミルはフロイドを睨み付ける。
見上げたフロイドは、たまらないと言わんばかりの恍惚とした表情を浮かべていた。
「凄いでしょ? この魔法薬ねぇ、オレが作ったの♡」
「………………は?」
突然告げられた真実に、ジャミルは気の抜けた声を上げた。
フロイドはジャミルのスマホとマジカルペンを、今のジャミルでは絶対に届かないロッカーの上に置き、ジャミルの前にしゃがみ込んだ。
「ウミヘビくんはウミヘビでも良いなぁって思ったんだけどぉ、ベタの豪華な尾鰭も似合いそうだと思って、ベタの人魚にしたんだぁ」
―――――そんでぇ、色は絶対黒が良いなぁって、黒い尾鰭になるよう調整したんだよ?
するりと尾鰭を撫でられて、ジャミルの肩がびくりと跳ねた。
「オレの見立ては間違ってなかったよ。黒いドレスみたいな尾鰭、超きれい♡」
うっとりと、熱に浮かされたような瞳でジャミルを見つめるフロイドに、じわじわと迫り来るような恐怖を覚える。
少しでも距離を取ろうと後ろにずり下がると、黒い尾鰭がひらりと揺れた。それは確かにドレスのようだった。
「人魚にしたって、お前……。というか、いつ俺に飲ませた?」
「部活で用意するスポドリに混ぜたの。日付が変わる頃には戻るから安心して良いよ」
「安心出来るか! 第一、俺で試す必要はないだろ!?」
「治験はちゃんと済ませたよ? ウミヘビくんに危ないもん飲ませる訳ねぇじゃん」
「………………は?」
―――――俺で治験をしたんじゃないのか? なら、何のために飲ませたんだ?
理解が出来なくて、ジャミルは呆然とフロイドを見上げる。フロイドはひらりと翻る尾鰭に心を奪われているようだった。
「ウミヘビくんを人魚にしたくて飲ませたんだよ」
「な、なんで…………」
「絶対尾鰭似合うと思って」
答えているようで、答えをはぐらかしたフロイドが、そっと尾鰭の下に腕を差し込む。
突然抱き上げられたジャミルはバランスを崩し、フロイドにしがみついた。
「そんなことよりさぁ、今からオクタヴィネル行こ? そんでぇ、いーっぱい泳ごうよ。泳げなかったら教えてあげるからさ!」
フロイドはにこにこと機嫌良く、邪気の無い笑みを浮かべている。
答えをはぐらかされたように感じたが、本当の理由もたいしたことは無いのかもしれない。
何だか突然抗うのが面倒になったジャミルは、米神を押さえて溜息をついた。
「………はぁ、効果は一日だけだろう。何故そんなことをしなければならないんだ」
「そんなの決まってんじゃん! いつでも深海で暮らせるようにだよ!」
ジャミルはその答えを真剣に受け取らなかったが、それがフロイドの真実だった。