フロイドとジャミルが動画配信する話
―――今夜、フロイドとジャミルさんが動画配信を行うんです。是非見てください。
アズールに言われた内容を反芻する。
何だ、そのメンツは。それが監督生の最初の感想だった。
二人の共通点は一体何なのか。ホリデーの一件ではあまり仲の良い印象は受けなかった。二人は同じバスケ部であるようではあったが、フロイドのジャミルに対する印象は薄いようだったから。
しかし、ホリデーで我慢するのをやめると言ったジャミルはどうだろうか。もしかしたら、フロイドの興味を引くようなものがあったのかもしれない。
―――気になる。
アズールの思うつぼであるのは分かっているが、興味を引かれる内容であるのは確かだ。
学園長に貰ったスマホからも見られるようなので、ちゃんねるの視聴予約を入れておいた。
開始時刻間際、監督生はスマホの電源を入れた。
結構遅い時間なので、グリムは寝てしまっている。
何人かはすでに待機して居るようで、みんな期待を寄せているようだった。
真っ暗な画面からオクタヴィネルらしき青い背景に切り替わる。
そして動画配信は始まった。
『…………始まった、のか?』
不安げな声が聞こえる。
首を傾げたことで肩にかけられた黒髪が、さらりと滑り落ちる。
―――ジャミルだ。
そう言えば流行には疎いとか言っていたっけ。こういったものは苦手なのかもしれない。
何となく微笑ましい気持ちになった監督生がコメントを残す。
『うん、始まってるよー。ほら、コメント付いたでしょ?』
『おお……』
『小エビちゃんからもコメント来たよ』
ありがとねーとフロイドが笑う。
おお、拾ってくれた!と監督生の口元が綻ぶ。
ジャミルとは逆に、彼はこういったものに強そうだ。何となく、流行り物には敏感なイメージ。
『ほらほら、あいさつしよ、あいさつ。事前に決めたやつ』
『あ、ああ、そうだな』
『どうも、ウツボちゃんでぇす』
『どうも、ウミヘビくんです……?』
ゆ、ゆるい……。
フロイドは分かるけれど、真面目そうな印象を受けたジャミルがこんなにもゆるいのは意外だった。
『何で疑問形なの~?』
『君付けの必要性を考えてしまって』
『ウミヘビくん真面目すぎー。こういうのはノリが大事なんだよ。ほら、もっかいやろ、もっかい』
『ああ、うん……。どうも、ウミヘビくんです』
『そーそー。んじゃ、続けるよー。見てる奴らのほとんどが身内だと思うから自己紹介は以上でぇす。今日は初めての動画配信なのでー、失敗しても大目に見てね?』
『文句は……白いワカメに言ってくれ』
『白いワカメwwwww』
不意打ちのボケに思わず吹き出す。
白いワカメ。恐らくアズールの事だろう。髪のうねり具合とか、そこら辺を見て思いついたあだ名だろう。
割と的確。監督生は腹筋が引き攣るのを感じた。
『駄目か? なら……眼鏡?』
『せめて海の生き物にしてよwwwほらぁ、タコちゃんめっちゃ怒ってるwwwww』
コメント欄にアズールのものと思われるコメントが見受けられる。自分のあだ名が酷すぎることに対しての文句だ。
ジャミルに同意してアズールを煽るようなコメントもいくつか見られる。レオナのものかな?と監督生は当たりを付けた。
『え、あいつ見てるのか?』
『見てるよ-。タコちゃん発案の企画だからね。発案者としては気になるんでしょ』
『なるほど』
『ほら、手ぇ振ったげて。やっほー、タコちゃん』
『ああ、うん……。タコちゃん見てるか?』
ひらひらと手を振る二人が映し出される。
フロイドはいつものゆるい空気を纏って。ジャミルは戸惑いが消えないぎこちなさで。
コメントには『まさかのタコちゃん呼びwww』、『ウミヘビくんの不意打ちの「タコちゃん」呼びでタコちゃんが召されました』など、笑いを誘うものが流れている。
『召されちゃったwwwww』
『召された……?』
『んふふwwwタコちゃんは置いといて、続けよっかぁ』
『そうだな。それで、今日は何をするんだ?』
『今日はねぇ、ゲームするよ!』
『ゲーム?』
『そう、マ○カ!』
『ま○か……?』
『レースゲームだよ。とりあえずやってみよ』
終始戸惑い気味のジャミル。対するフロイドは楽しげだ。
フロイドはゲームをするイメージがあるが、ジャミルがゲームをするイメージはない。
そんな二人がマ○カ。一体どうなるのか。
なかなか異色のコンビのように思えたが、そう悪くない組み合わせなのかもしれない。
『とりあえずやってみよー』
『お、おー?』
『まずは練習ね。普通にコース一周するだけ。このキャラがウミヘビくんね』
『ああ』
『途中でアイテムとか落ちてるから、それを拾って妨害したりするのも有りだよー』
『う、うん……』
『やっていくうちに慣れるだろうし、始めよっか』
『あ、ああ』
凄い戸惑っているのが分かる。本当に初心者なのだと分かるような反応だ。隣で手助けしてあげたくなるようなもどかしさがある。
画面に流れるコメントにも、監督生と同じような感想を抱いているものが多いようだった。
そしてこちらも意外だが、フロイドの面倒見が良い。
普段のフロイドなら「何でこんなことも出来ねぇの?」と言い出しかねないが、今日は機嫌が良いようだった。
そしてレースが始まる。やはりというか、ジャミルはスタートで出遅れた。
『お、出来た!』
『そのままゴールを目指してね』
『ああ』
CPUからの妨害に遭いつつも、どうにかコースを進んでいく。
ちょっとハラハラするが、それが逆に飽きさせず、惹きつけられる。
そしてそれはカーブに差し掛かったところで起こった。
『あいたっ!』
『うおわっ!?』
『~~~っ!』
『え、なになに、何でぶつかったの?』
『す、すまん……』
何が起きたの?
監督生がきょとんと目を瞬かせる。
『えっとね、ウミヘビくんがオレの肩にぶつかってきたの』
『わ、悪い。思ったより操作に集中していたみたいで……』
『オレは痛くなかったからいーけど。ウミヘビくん、おでこ赤くなってるよ?』
『へ、平気だ』
ちょっと声が震えている。それだけ痛かったんだろうな、と想像が出来た。
そのうちにCPUがゴールした。ちなみにフロイドはぶっちぎりの1位である。
残っているのはジャミルだけである。
気を取り直して、ジャミルがコントローラーを持ち直す。
そして進んでいくのだが、その途中でフロイドが盛大に吹き出した。
『ぶっは! ウミヘビくんってばカーブの時に首傾いてんじゃん!』
『えっ』
『そんなんぶつかるに決まってんじゃんうけるwwwww』
想像して、監督生は吹き出した。
何という初心者あるある。何でもそつなくこなしてしまいそうなイメージのジャミルだが、意外な弱点が見つかった。
そんなこんなで紆余曲折ありながらも何とかゴールすることが出来た。
ちょっと感動。
コメントはジャミルへの『おめでとう』コールで溢れている。
『ウミヘビくん、おめでとー!』
『あ、ああ。ありがとう?』
戸惑い気味ながらも、ちょっと弾んだ声。やり遂げた達成感への喜びだろうか。
『次はミニゲームやろー!』とフロイドは次のステージを選ぶ。
そうやってレースとミニゲームを交互にやって、一時間ほどが過ぎていく。
流石に疲れたのか、ようやく二人はコントローラーを置いた。
『初めてのマ○カの感想は?』
『単純そうだったが意外に難しかったな。でも、楽しかったよ』
『そっかー。んじゃあ、またやろうね』
『そうだな』
『思ったより時間経ってるし、そろそろ終わろっかー』
『そうだな。……ここまで見てくださってありがとうございました』
『好評だったらまたやるかもー。じゃあねぇ』
そうして、異色のコンビの動画配信は幕を閉じた。
フロイドの意外な面倒見の良さや、庇護欲を誘うジャミルの新たな一面を見ることの出来た今回の配信は好評だったので、近いうちに第二回目の配信が行われるかもしれない。