モフモフは正義 2
「あ、あの、ラギー。ちょっと頼みたい事があるんだが……」
「なんスか? ジャミルくんが頼み事なんて珍しいッスね」
「じ、実は、その……」
もごもごと口籠るジャミルにラギーは首を傾げる。
ジャミルとてNRC生。自己主張の強い方ではないが、我の強さは中々のものだ。世話焼きな気質故か押し切られてしまうことも多いが、自分の意見はきっぱりと告げる強さがある。こうやって煮え切らない態度を取るのは珍しい事だった。
「ひ、引かないか?」
「引かない、引かない」
ジャミルはNRCの中では常識人に位置する。彼の仕える主人ならまだしも、ラギーが驚くような突拍子もないことは言わないだろう。
その上、ラギーには惚れた欲目もあるのだ。ジャミルの事なら、大抵の事は受け入れてしまう自信があった。それが良いことなのかは別として。
「あ、あの」
「ゆっくりでいいッスよ〜」
「………み、耳に、」
「うん?」
「も、もう一回耳に頬ずりさせて欲しいんだが……!」
真っ赤な顔がかわいい。けれど、ちょっと待って欲しい。
―――――それは何というご褒美だろう。
―――――それは何という拷問だろう。
相反する感想が同時に生まれる。
好きな相手からのスキンシップは望むところだ。だって男の子だもの。“あわよくば“の思考は常にある。けれど、相手は自分に下心を持っていない。相手が望むのは恋人のような甘ったるい触れ合いではなくて、アニマルセラピーのような癒やしだ。好きな相手から積極的に触れられるのに、ラギーが触れるのは求められていない。生殺しが過ぎる提案だった。
返事に窮したラギーに、ジャミルの眉が下がる。
「すまない、忘れてくれ」
そう言って苦笑する想い人に“否”を告げられる獣人が、果たして何人居るだろうか。立ち去ろうとするジャミルを引き留め、ラギーはすぐさま「OK」の返事を出し、何とか好きな子の笑顔を引き出したのだった。
「やっぱり、このふわふわ感はたまらないな」
毛づくろいをするように、優しく耳を撫でられる。前回のようなぎこちなさは薄れているものの、やはりつたなさが拭えない。その“慣れていない感“が愛おしくて、ラギーはぎゅっと胸元を握りしめた。
喉を鳴らして思い切り甘えたいのを我慢しつつ、ジャミルの好きにさせる。楽しそうな顔をこっそり堪能していると、ジャミルが膝立ちになった。何をしているのだろう、と不思議に思うのも束の間。ラギーは一瞬全ての思考を奪われた。ラギーの頭を抱えるようにして、ジャミルがラギーの耳を引き寄せたのだ。
想い人の胸に顔を埋める形となったラギーは、ヒュッと息を呑む。そのまま呼吸がおかしくなってしまいそうで、冷静になろうと深呼吸を繰り返す。
(めっちゃいいにおいする~~~!!!)
駄目だった。冷静になろうとして、逆に動機が激しくなってしまった。心臓が壊れやしないだろうかと心配になるくらいに。
そこに追い打ちをかけるように、すり、と耳に頬が寄せられる。すべすべの肌の感触がして、ぶわりと毛が逆立った。
「ふふ、やっぱりこれ、気持ちいいな」
耳触りのいい声が直接耳に届く。吐息に耳をくすぐられたら、もう駄目だった。―――――理性が、飛んだ。
「ラギー?」
ハッと我に返ったラギーはザッと血の気を引かせた。理性を失った一瞬のうちに、ジャミルを押し倒していたのだ。
美しい黒髪が、無造作に床に散らばっている。困惑を滲ませた表情は不安げにも見えて、ラギーは慌ててジャミルの上から飛び退いた。
好きな人を、いつまでも床に転がしておくのは頂けない。あらぬ方向に思考が飛びそうになるのを必死で抑え、ジャミルが起き上がるのを手伝う。
自分の腕の中で見上げられるのはたまらない気持ちにさせるけれど、それを味わうのは今ではない。想いが通じ合ってからだ。万が一にも一方的な思いをぶつけて嫌われてしまってはたまらない。そんなことになったら。なって、しまったら―――――。
身体を起こしたジャミルの手が、表情を曇らせたラギーの頬に添えられる。
「すまない、痛かったか?」
「あ、いや、違くて……! ちょ、ちょっとびっくりしたって言うか……!」
「ああ、そうか。耳は繊細な器官だもんな」
「だ、大丈夫ッスよ、ジャミルくんは乱暴にしないし、マッサージみたいな感じで悪くなかったって言うか……」
「それならいいんだが……」
もう少し触っても良いか、と控えめに尋ねられる。たった今押し倒した相手に、である。無防備すぎやしないだろうか、と一瞬表情が抜け落ちたのが分かった。
それでも何とか取り繕って、笑顔で了承を返す。ぱっと嬉しそうに笑うジャミルに、ラギーは内心で頭を抱えた。
もういっそ、めちゃくちゃにしてやろうか。不穏なことを考えながら、優しく触れる指先を堪能する。
―――――いつか絶対、全部喰ってやる。
そう決意を固めたラギーは、ジャミルの手のひらに耳を擦り付けた。
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