分けっこ






「あ、」


 ジャミルは家事をするからか、手が荒れてしまうときがある。そのためハンドクリームは欠かせないものだった。部活の前、少し手の乾燥が気になって、いつものようにハンドクリームを塗ろうとして、少し失敗した。一人で使うには、少しばかり多すぎる量を出してしまったのだ。出し過ぎた、とジャミルがふてくされたような顔をした。


「お、ウミヘビくんじゃ~ん。どうしたの、変な顔して」
「フロイド、丁度良いところに来たな。ちょっと手を貸してくれ」


 ガチャ、と言う音がして、部室のドアが開く。最後の授業が飛行術だったのか、体育着のフロイドが部室に入ってくる。
 変な顔は余計だ、と思いながらも、出し過ぎたハンドクリームを持て余していたジャミルは、軽い足取りで部室に入ってきたフロイドに駆け寄った。


「んえ~? なに~?」
「出し過ぎた、貰ってくれ」


 自分の手と、フロイドの手に馴染ませるようにクリームを塗りたくる。ぬるりとした感触に、フロイドが一瞬手を引っ込めそうになる。けれど、ただのクリームであることに気が付いて、緊張した手から力を抜いた。


「……ハンドクリーム?」
「ああ。家事をすると、手が荒れるんだ。……君はモストロ・ラウンジで調理に携わっている割に、綺麗なもんだな」
「まぁ、海の生き物にんぎょだし。水でどうこうってのはないねぇ」
「つまり、君は手荒れとは無縁と言うことか。羨ましい限りだよ」


 スリスリと、手全体に馴染むように、手をすりあわせる。ぬるぬるとした感触はあまり馴染みのないものだったが、不快感のようなものはない。塗り込んでいくと、しっとりと馴染むような感覚を覚えた。
 指先、指の間、大きな手のひらと順に、ハンドクリームが塗り込まれていく。ちょっとしたマッサージのようで、これがなかなか気持ち良い。悪くないな、とフロイドが目を細めた。


「ん、こんなもんかな。助かったよ」
「いいよぉ。てか、人間って本当に脆いよねぇ。水に触りすぎただけで、手がガサガサになったりするんでしょ?」
「まぁな」
「ウミヘビくんも人魚になっちゃえば?」


 ジャミルの人魚姿を想像してみる。人魚化薬を飲んだら、彼が取る姿はきっとウミヘビだ。自分とよく似たシルエットの、違う生き物。色はきっと黒だろう。シュッとした細身のシルエット。艶々の鱗。声が良くて、歌も上手くて、髪まで美しい。これで泳ぎまで速かったら完璧だ。
 でも、と別の姿を想像する。自分と同じ、ウツボの人魚も似合いそうだ。こちらも、色は黒が良い。深海に溶け込む黒い鱗なんて、最高に格好良い。


「誰がなるか。人間にだって良いところはたくさんある」
「へぇ?」
「人魚にはない、足があるだろ?」


 口角を上げたジャミルに、フロイドの目が瞬く。
 ―――――ああ、そうだった。重力を感じさせない、飛翔にも似た跳躍を見て、フロイドはバスケ部に入部することを選んだのだ。あんな風に跳んでみたい、そう思ったから。


「言うじゃん、ウミヘビくん」
「君がばかなことを言うからだろ?」
「本心だし」


 今日こそは完膚なきまでに叩きのめしてやる。早くコートを駆け回ろう。そして、自分も同じように跳ぶのだ。
 ジャミルの手を取って、体育館へ向かう。ジャミルから驚いたような、咎めるような声が上がったが、フロイドは気にも止めない。何せ、今日の彼は最高に気分が良いのだ。
 珍しい相手からのスキンシップ。新しい可能性の発見。そして何より、初めて彼を見たときの高揚感を思い出せたこと。ご機嫌なフロイドは、しっかりとジャミルの手を握る。いつもよりしっとりとしたジャミルの手が、フロイドの手とよく馴染んだ。




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