ジャミルの髪に触れたいオルトの話
その際にさらりと揺れる髪を、オルトは目で追っていた。やはり美しいものだ、と思いながら。
「理由を聞いても?」
「もちろん」
オルトはNRCの生徒の中では、比較的大人しい分類に属する。彼の逆鱗である兄に対して敵意を見せなければ、無闇矢鱈と敵対するような行動は取らないのだ。そのため、ジャミルは拒否ではなく、理由を尋ねることにした。
「あのね、兄さんの髪を整えてあげたいんだ」
「イデア先輩の?」
「そう。作業してるときとか、鬱陶しそうにしてるから、邪魔にならないように結ってあげたいんだ!」
「なるほど」
確かに、イデアの長髪は何かしらの作業をするには邪魔になるだろう。結い上げてしまうのが一番楽だ。
それにしても、とジャミルが思案する。どうして弟妹というものは、髪を結ったり、結ってもらうのが好きなのだろうか。幼い時分に、妹に髪を結って欲しいと強請られた覚えがある。逆に髪を結ってみたいと言われたことも。
懐かしいな、と口元が緩みそうになるのを自制しながら、ジャミルは改めてオルトを見つめた。
「でも、僕にその経験はなくて……。それで、ジャミル・バイパーさんの髪で練習させて欲しいんだ」
「君なら、練習せずとも出来そうなものだけどな」
「そうかもしれない。でも、完璧に出来るようになって、兄さんを驚かせたいんだ!」
オルトの気持ちはよく分かった。失敗を他人に見られるのが憚られるのはジャミルも同じだ。特に、オルトは兄であるイデアにそう言った面を見せたくないのだろう。自分が慕っている相手に、格好悪いところを見られたくないのだ。
少し考えて、ジャミルはオルトの願いを了承することにした。彼ならば、他人の髪を乱暴に扱ったりしないだろうと考えたのだ。
「それくらいなら構わないさ。君なら丁寧に扱ってくれるだろうしな」
「もちろんだよ! ジャミル・バイパーさんの髪、とっても綺麗だもの。傷付けないように細心の注意を払って扱うよ」
オルトからの評価に、ジャミルは目を丸くする。確かに綺麗だと褒められることはよくあるが、まさかオルトからもその評価を貰えるとは思わなかったのだ。オルトの周りには、もっと見目に気を遣うものや、目を惹くような人間が集まっているから。
「今は時間あるかな? 出来れば、早いうちに習得したいんだ」
「ああ、しばらくは時間があるよ」
ジャミルを近くのベンチに座らせ、オルトがジャミルの背後に回る。
「…………今日は、触るだけにしようかな。力加減を覚えたいから」
「問題ないと思うが……。いや、イデア先輩の髪は特殊なようだし、普通の頭髪より繊細なのか……?」
イデアの炎を思わせる髪は、ふわふわとして繊細に見える。実際に触れてみたことはないけれど、柔らかそうな見た目だ。雑に扱おうものなら、傷めてしまうだろう。そう思うと、オルトの慎重さも頷ける。
オルトから潜めた声で「触るよ」と告げられる。声量を落とす必要はあるのだろうか、と小さく笑って了承の意を告げた。
そろ、とおそるおそる髪を撫でられる。ガラス細工よりも丁寧な扱いだった。何もそこまで、と思ったけれど、緊張しているらしいオルトを慮ってジャミルは口を閉じた。
(すごいや……。全然引っかからない………)
傷付けないように、そっと指を通すが、ジャミルの髪はするりするりと指を通り抜けていく。傷んでいたり、手入れを怠っていればこうはいかないだろう。見た目通り、彼の髪はとても美しいものだった。
もっとずっと、触っていたい。けれど、言い訳や建前を用意しなければ彼に触れられない立場では、そんなことは口が裂けても言えやしない。名残惜しい気持ちを押し殺し、オルトは最後にもう一度髪を撫でて、そっと指を離した。
「ありがとう、ジャミル・バイパーさん! 力加減はこれでバッチリだよ!」
「そうか、それは良かった」
「力加減については今回で学習したから、次は是非髪を結わせてね! それまでに髪の結い方を復習しておくから」
「君の美的センスを信じるよ」
「任せて! ジャミル・バイパーさんに一番似合う髪型を見つけておくからね!」
「ふふ、それは楽しみだな」
ジャミルのわずかに綻んだ口元を視界に捉える。特段嫌がられてはいない様子にほっとする。
そして、その瞬間を大事なデータとして保管して、ジャミルを見送ったオルトは早速様々なサイトにアクセスするのだった。