ジャミル・ドラコニア一行が原作世界で邂逅する話 2






 突然『リドル』達が現れたという噂は、瞬く間にNRC全体に広まった。
 教師達の見解では、平行世界のような、本来交わることのない世界からやってきたのではないかという話である。普段なら笑い飛ばすところであるが、自分たちとは全く異なる常識を持つ監督生という異世界人の存在が、生徒達にあっさりとその結論を受け入れさせた。
 平行世界からやってきた4人はまだ一年生。監督生はまだ入学しておらず、教師達の突飛な発想をあっさりと飲み込んだ生徒達に困惑を示していた。
 初々しさのかけらもなくなってしまったこちら側の『ラギー』達とは違い、どこかあどけなさを残した反応は上級生達の加護欲をそそり、上級生達はこぞって彼らを構いに向かった。
 特に自分たちの知るジャミル・バイパーとは様子の異なる『ジャミル』は話題の中心となっており、その姿を一目見ようとする者が後を絶たない。何せ、所属する寮すらも違うとくれば、そこにある何かしらを探らずには居られないのがNRC生である。
 そんな生徒達を『ジャミル』は邪険にするでもなく、顔を歪めることもなく、ただ困ったように眉を下げて笑うだけ。こちらのジャミルならばあからさまに顔を顰めるだろう。そのあまりの違いに、彼を知るものは揃って目を瞠った。


「あちらの『ジャミル』さん、あなたとはずいぶんと様子が違いますね? 猫を被っていたときのジャミルさんとも違うような気がしますが……」


 少し遠目から『ジャミル』達の様子を観察していたアズールが、興味深げにジャミルに問いかける。彼ら4人が現れたとき、一番最初に『彼ら』を発見したうちの一人であるからだ。
 アズールはまだ『彼ら』とは言葉を交わしておらず、実際に会話をしたジャミルからの見解を聞きたいと思い、言葉を向けたのである。
 しかし、ジャミルからの返答はない。いつもなら嫌みを含ませながらも言葉を無視することはない。
 不思議に思ったアズールが怪訝な顔で隣に視線を向けると、ジャミルは深い灰色の瞳を泥のように澱ませながら、無言で『ジャミル』を見つめているだけだった。その深淵のような目を間近で見てしまったアズールの口から「ひぇっ」と情けない声が漏れた。


「ど、どど、どうしたんですか、ジャミルさん? 彼と何かあったんです? カリムさんは何かご存じですか?」
「それが分からねぇんだよ~~~! 戻ってきてからずっとこんな感じで……」


 アズールとは反対側で、ジャミルと並び立っていたカリムが今にも泣いてしまいそうな声を上げた。
 カリムは『フロイド』達が現れたとき、クラスメイトとの会話を楽しんでおり、その現場には居合わせなかったのだ。


「こうなったらあっちの『ジャミル』に直接聞いてみようぜ! あいつらと喧嘩して落ち込んでるのかもしれないし!」
「ジャミルさんはそんな殊勝な人ではないと思いますがねぇ……」


 喧嘩程度で落ち込むようなかわいげがあったならば、彼をオクタヴィネルに引き込むのは簡単だったろう。アズールは芝居がかった仕草でやれやれと首を振った。
 そしてパタパタと上級生達に囲まれている『リドル』達に向かって走って行くカリムの背中を追いかけた。


「『ジャミル』!」


 カリムが『ジャミル』に声を掛けると、『フロイド』達が一斉にカリムへと視線を向けた。温厚で無害なカリムに向けるには不相応な険しい視線だった。


『あんた誰ッスか? 『ジャミル』くんの知り合い?』
『『ウミヘビ』くん、知ってる奴~?』


 こちらとは時間軸がずれているため、『彼ら』はまだ新入生だ。カリムとはまだ面識がないのだろう。それはカリムも分かっているだろうが、現在との差異にカリムが落ち込んだ様子を見せる。
 この人は本当にうちの生徒に向かないな、とアズールが呆れたようにカリムを一瞥し、『ジャミル』の様子を覗う。そして驚いた。『リドル』に庇われる形で奥に追いやられている『ジャミル』は困惑したような顔でカリムを見ていたのだ。


『『ジャミル』、知らない顔だというのなら、彼と無理に話す必要はないよ』
『えっと……』


 おろおろと『リドル』とカリムを交互に見つめる『ジャミル』にアズールが息を呑む。すぐに名前も出てこないほど、カリムと『ジャミル』に面識がないのだ。いくら世界が違うとは言え、ここまでの相違が生まれるものなのかと、アズールは背筋に冷たいものを感じた。


『あ、もしかして……カリム様、でしょうか?』


 思い当たる節を発見した『ジャミル』が、おずおずとカリムに問いかける。問われたカリムは愕然とした表情で『ジャミル』を見つめ、顔から血の気を引かせた。


『もしかして、彼が前に言っていた同い年の次期当主様なのかい?』
『うん、多分。俺が最後にカリム様に会ったのは10年くらい前だから、確証はないけれど』
『そんな前なのに、よく名前なんて覚えてたねぇ』
『うん。父さんと母さんが、一番よく口にしていた名前だから』


 ほんの少しだけ悲しさを滲ませた『ジャミル』の言葉に、『フロイド』達が揃って膝から崩れ落ちる。彼らは顔を覆ってゾンビのような呻き声を上げた。はっきり言って不気味である。
 けれど、そんな光景を前にしても、『ジャミル』の発言の衝撃は消えてくれない。


「ちょ、ちょっと待ってください! カリムさんと最後に会ったのが10年前!? あなたはカリムさんの従者ではないのですか!?」
『昔はそうだったんですけど……。俺は、その……両親を失望させてしまって、必要とされなくなったので、バイパー家には居られなくなってしまったんです』
「え? ど、どういうことだ? じゃあ今は……?」
『熱砂の国を出て、養子になりました。今は茨の谷で暮らしています』


 カリムへの返答に、だからディアソムニアなのか、と緑のリボンで結ばれた腕章をぼんやりと眺める。
 茨の谷の住人は茨の魔女を敬愛する者が多い。それ故か、茨の谷の住人はディアソムニアに配属されることが多いのだ。
 カリムの顔もおぼろげになってしまうほど早くから熱砂の国を離れてしまえば、『彼』の憧れも砂漠の魔術師から茨の魔女へと変化してもおかしくはない。


「よ、養子? 何でそんな……。だって、だってジャミルはちゃんとバイパー家にいるし、家族とだって仲良いぜ? 何で『ジャミル』はそんな……」
『そちらのジャミルは俺と違って、とても賢い子供だったのでしょう。俺は不出来な子供で、“どうしてちゃんと出来ないんだ“って毎日のように叱られていたのだけは、今でも鮮明に覚えています』


 そう言った『ジャミル』は、宝箱から大切なものを取り出したときのような、愛しいものを愛でるような笑みを浮かべていた。幼い頃の懐かしい記憶を、『彼』は本当に大切に、今でも大事に抱えているのだ。
 顔を覆って呻き声を上げていた『ラギー』達の声は、いつの間にか啜り泣きに変わっていた。


『やだぁ……。そんなの大事に覚えておかないでよぉ……!』
『そうッス! それは嫌な思い出ッスよ゛ぉ!』
『でも、他に覚えていることなんて、“遠くに行きたくなってしまったこと”くらいで……』
『そんな記憶は紅茶と一緒に飲み干して忘れるんだ!!! 次のなんでもない日のパーティも『ジャミル』は強制参加だよ!!!』


 尋常じゃない様子を見せる『リドル』達に、周囲に集まっていた生徒達が顔を見合わせる。
 ただでさえ熱砂の国は闇が深いことで有名だというのに、この分だと自分たちの知る闇は表層でしかないのだと突きつけられているようなものではないか。
 嫌な予感がする。けれど逃げたと思われたくはない。そんな葛藤が脳裏を過ぎり、生徒達は事の成り行きを静観することに決めた。
 そんな中、『ジャミル』に声を掛ける猛者が現れた。


「『ジャミル』くんってば、ちょっと自分を卑下しすぎじゃない? もうちょっと自信持って良いと思うなぁ」
「そうだな。厳しく言われたことを、お前が少し大袈裟に受け取ってしまったんじゃないか?」
「そうそう。養子に出されたのも、きっと何か理由があるんだよ!」


 居ても立っても居られず、世話焼きなケイトとトレイが声を掛けたのだ。いくらヴィランの性質を持っている生徒とは言え、『後輩』の口から出てくる言葉があまりにも悲しすぎて、口を挟まずには居られなかったのだ。
 けれど、『ジャミル』はそんな彼らの励ましの言葉を、困ったような笑みで否定した。


『でも、両親に“産まなければよかった”なんて言わせてしまう子供は、“失敗作”で“不必要なもの”以外の何者でもないでしょう?』


 ―――――それに、両親は俺が茨の谷に居ることすら知りませんよ。
 そう言って笑う『ジャミル』に、その場に居た生徒達は揃って崩れ落ちることとなった。




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