心地良い






 休日のことである。不足している日用品を購買部に買いに向かう途中、ジャミルの前に大きな影が降ってきた。


「あ、ウミヘビくんじゃ~ん!」


 木の葉と共に降ってきたのはフロイドだった。ちょっとしたことで機嫌を悪くする彼には珍しく、酷くご機嫌な様子だった。


「………君、どこから降ってきたんだ」
「え~? そこの木からだけど」


 パンパンと服の汚れを払いながら、フロイドがジャミルの背後を示す。“そこの木”と言われて示された先を見ると、そこには確かに大きな木があった。フロイドが足場にしていたらしい木の枝が大きく揺れている。


「なんであんなところから………」
「パルクールしてた~」
「ああ、そう言えばパルクールが特技なんだったか……」


 フロイドの特技は陸2年目の人魚が得意とするものではないと思って、酷く印象に残っている。
 同じクラスのアズールがフロイドと共に陸に上がってきた人魚であるのだが、彼を見ていると人魚は陸上での活動を得意としているようには見えないからだ。


「それにしても、すさまじい格好だな……」


 木からフロイドに視線を戻し、ジャミルが顔を顰める。フロイドは服のあちこちに木の枝や葉っぱを引っかけており、払っても払っても切りがない。フロイドは大まかな枝を払うと、後は面倒になって放置している。
 あとで服の汚れを見て機嫌を悪くするだろうな、とジャミルがこめかみを押さえた。
 きっとその八つ当たりを受けるのは共にいることの多いアズールかジェイド、服が汚れたことを知っているジャミルになるだろう。


「……って、君、服もすごいが、髪も相当酷いことになってるぞ」
「え~?」
「はぁ………。取ってやるから少し屈んでくれ」
「ん、」


 自分で処理をするのが面倒で、促されるままに髪に触れやすいように頭を下げる。そうすると葉っぱやら花びらやら、すぐに取れるものを優しく払われる。枝などが絡まった箇所を丁寧に解きほぐし、そこが終われば次の箇所を解いていく。
 時折髪を持ち上げられるような感覚はあるが、引っ張られるような痛みは感じない。酷く丁寧な手つきで心地良い。
 絡まって跳ねた髪を宥めるように梳かれる。頭を撫でられる感覚がフロイドの眠気を誘った。


「ん、まぁ、こんなもんかな……」


 自然と瞼が落ちてきたころ、ジャミルの独り言が聞こえた。その声すらも耳障りが良く、更に眠気が押し寄せてくる。


「フロイド?」
「んー………」


 眠たさが限界に来て、ジャミルの背中に腕を回して肩口になつく。
 ぐりぐりと肩口に額を押しつけるとジャミルがくすぐったそうに肩を竦め、フロイドを引き離そうとブレザーを引っ張った。


「おい、もう終わったぞ。さっさと離れろ」
「んー……終わったぁ………?」
「そうだって言ってるだろ。眠いなら寮の自室に戻れ」
「やだぁ………」


 やだじゃない、とジャミルが声を上げる。
 けれどフロイドはもうこのまま眠りにつく気満々で、ジャミルを離すつもりはない。ジャミルを抱え、近くのベンチに二人で寝転がる。


「おやすみ~……」
「はぁ!? おい、フロイド!!」


 ジャミルを抱きしめたまま、フロイドは深い眠りに落ちていった。
 抱き枕にされたジャミルが脱出を試みるも、体格差には敵わない。結局フロイドの腕から抜け出すことは叶わず、ジャミルは盛大な溜息をついたのだった。



おまけ

「あ、おはよう、ウミヘビくん。超よく眠れた~」
「おはよう。それは良かったな。起きたならさっさと離せ」
「え~? やだ」
「やだじゃない!」
「ウミヘビくん抱っこして寝たら超気持ちよかったから、今日からウミヘビくん抱っこして寝るの。ってことでウミヘビくんはオクタヴィネルに帰りま~す」
「はぁっ!? 何を勝手に……! ちょ、離せ~~~~~!!!」




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