成り代わりカリムのジャミル囲い込み計画






 オレにはツイステッドワンダーランドというアプリゲームにハマっていた「過去」がある。
 それはおとぎ話をモチーフにした「ツイステッドワンダーランド」という異世界が舞台のアドベンチャーゲームだ。
 題材となった物語の「ヴィラン」側が描かれたゲームで、かなりの人気を博していた記憶がある。

 何故「過去」なのかというと、オレは確かに死んだはずだったからだ。
 では何故このようなことを語れるのかというと、それはオレが前世の記憶を持ったまま輪廻の輪を巡ったからである。
 所謂、転生という物をして新たな生を受けたのだが、その世界がまさかの「ツイステッドワンダーランド」だったのだ。
 何故そう言い切れるのか?
 それはオレがそのアプリゲームのキャラクター「カリム・アルアジーム」として生まれたからである。

 この男、カリム・アルアジームの人生は波乱に満ちている。
 食事には毒が混入され、毒味無しでの食事は出来ない。身代金目当ての誘拐に、暗殺のために刺客を送り込まれることもザラにある。
 自分に近寄ってくる人間はどいつもこいつも下心が丸出しで、金の匂いに寄ってきているのが見て取れた。

 純粋無垢であるはずの、子供だってそうだった。
 従者候補として寄越された子供達は、その子供の親と同じで、カリムを金塊を見るような目で見てくるのだ。

 けれどその中で、たった一人だけがカリムをカリムとしてみてくれた。
 その子供はジャミル・バイパーと言った。
 ジャミルはとても賢い子供で、金銀の価値を正しく理解していた。親の教育もきちんと受けていた。
 けれどその上で、彼は「それがどうした」と言ってのける子供だった。
 煌びやかなアジーム家の邸宅に飾られる宝石の数々には目もくれない、金銭に興味を持たない数少ない人間だったのだ。
 むしろ彼はそれらの金品を嫌悪の目で見ていた。それに下卑た人間の手垢が付いていることを知っていたから。

 主人の持ち物に目が眩んで手を出すような人間では従者は務まらない。
 その点、ジャミルは申し分なかった。
 恐らくきっと、彼とカリムは恐ろしいほどに噛み合っていたけれど、悲しいほどに合わない主従だったのだ。

 さて、このジャミル・バイパーという子供についてだが、彼はすべてにおいて美しかった。
 顔の造形は言うまでもない。指先からつま先までのすべてが恐ろしく整っている。
 けれどそれだけではないのだ。
 新しく知識を得たときのきらきらと輝く瞳。それを披露して、褒められた時の喜びを隠しきれないふにゃりとした笑み。
 裏が透けて見えるような、打算的な心配をする者達に混じって、ただひたすらにオレを失いたくないと零す涙。
 それのどれもこれもが眩くて、尊くて、オレにとっては何よりも得難い宝物となった。
 人はみんな、オレを太陽のように言うけれど、オレにとってはジャミルこそが光だったのだ。

 それは彼がまだ幼かったからだろうって? 彼にも裏がないわけじゃないだろう?
 そんなことは分かっているとも。彼にだって隠し事の一つ二つはあるだろうし、オレは何も、彼を善人だと持て囃したいわけじゃないんだぜ?
 けれどそれでも、彼だけがオレを傷付けなかったのは、紛れもない事実だ。
 だからこそ、彼はオレの光に選ばれたのだ。

 ん? 何だか不穏な物言いに聞こえる、だって?
 それはそうだ。ここから少しばかり不穏な話になるからな。

 さて、「カリム・アルアジーム」に成り代わってしまったオレだが、天真爛漫なカリムになるのはやめようと考えたんだ。
 最初はカリムらしいカリムになろうと考えていたんだぜ?
 オレがカリムになったからには、ジャミルのことだって自由にしてあげられるんじゃないかって考えていたんだ。
 けれど駄目だった。何せオレには前世の記憶があるからな。その記憶が邪魔をして、このおぞましい日常に耐えられそうになかったから。
 そんなときに現れたジャミルという光を、オレが手放したくないと思うのは必然であり当然だろう?
 だからオレは、絶対にジャミルを手放さないことに決めたんだ。

 自由になれなくても人は幸せになれる。
 これはオレの持論だ。
 オレがカリム・アルアジームとして、アジーム家の当主になることが決められているとしても、オレ自身がそれを承認していれば別に不幸なんかじゃない。
 人生にレールが敷かれていたとしても、食べ物は美味しく食べられるし、布団にくるまったときの安心感も変わらない。ジャミルと一緒に遊んでいるときは、時間を忘れて没頭できるほどに楽しいものだ。

 つまり不自由だから可哀想と言うわけじゃない。
 自由がなくても、人は幸せになれるのだ。
 本人が自分の人生に満足しているのなら、それを否定する権利なんて誰にもないだろう?

 歪んでいる? そんなのは当たり前だ。
 ここは「ツイステッドワンダーランド」。捻くれた世界。ヴィランのための箱庭。
 聖人のようなこのカリムという男にも、きちんとNRCの入学届が届いたのだ。ヴィランの素質は十分に持っているということに他ならない。

 それにオレは原作をプレイしていたときから思っていたのだ。
 友達になりたいと言いつつ、絶対にジャミルを手放さなかったカリム。
 それは彼がジャミルを手放すと、自分が生きられないと分かっていたからではないかと。
 あの時点で、カリムはジャミルの用意した食べ物以外食べられなかったわけだし、ジャミル以上に信頼できる人間はいない。
 自分の命と執着のためにジャミルを自身に縛り付け、自由を奪う。
 友達になりたいという無邪気さで、その打算的な考えを隠した男。
 それが意識的な物かどうかは流石に計り知れないけれど、その残酷さこそが、彼のヴィランとしての素質ではないかと。

 流石に穿った見方をしすぎだって?
 だって仕方ないだろう? 彼があまりにも異質だったから、つい深読みをしてしまったんだ。

 さて、ジャミルを手放さないことに決めたオレだが、オレは知っている。このままではジャミルがオレに不満を抱き、オーバーブロットしてしまうと言うことを。
 それではいけない。原作ではジャミルはカリムの従者で在り続けると言っていたけれど、彼は優秀だ。一人でだって生きていける。原作では語られない物語の中で、もしかしたらジャミルを失うことになるかもしれないのだ。
 そうならないためにも、オレは彼の不満となるものを徹底的に排除することに決めた。

 まずはジャミルの優秀さを押さえつけようとするジャミルの両親だ。
 彼らは簡単だった。


「ジャミルが本気を出してくれなくなったんだけど、何か知らないか?」


 他にもあるんだ。前は色んなことを教えてくれたのに、今はちっとも話してくれない。
 前は色んなことが出来たのに、最近は出来ないってばっかり言って、前は出来たこともやってくれないんだ。
 マンカラのボードを抱えながら不安と不満を混ぜたような顔で見上げると、ジャミルの両親は分かりやすく顔を引きつらせた。
 オレがジャミルの優秀さに気付いていないと思っていたのだろう。気付かないうちに、勝ちを譲るよう教育しようと思ったのだろう。
 けれどそんなことは許さない。ジャミルがオレから離れていく可能性は、すべて潰すと決めたのだから。


「誰かに酷いことを言われたのかな? もしそうだったらそいつは絶対に許さない! 父ちゃんに言いつけてやる!」


 子供らしい無邪気な正義感を振りかざし、当主の影をチラつかせる。すると彼らは分かりやすく顔面蒼白し、オレが彼らの前から去ると、絶望したような表情を浮かべていた。
 おそらく、どうすればいいか分からなくなったのだろう。
 ジャミルがカリムより勝れば、現当主がいい顔をしないことは明白だ。けれどジャミルを押さえつければ、アジーム家のこれからを担う次期当主の不興を買うことになる。
 一寸先は闇だと言わんばかりの表情に、オレは胸がすくような思いだった。

 次は父親であるアジーム家当主だ。
 彼は根っからの商売人で、己のプライドよりも、アジーム家の繁栄のために損得勘定が出来る人間だった。
 そして彼はカリムが順調にアジーム家の次期当主としてふさわしく成長しているか。そのために不備がないかを確認するときがある。そのときに、オレは子供らしく不満を漏らすのだ。


「家庭教師よりジャミルの方が教えるのが上手いから、ジャミルが先生だったら良かったのに」
「ほら、見てよ! ジャミルの教えて貰ったところ、満点だったんだぜ!」


 そう言って自慢げに笑えば、彼は驚いたような顔をした。
 それはそうだろう。カリムは大人しく座っているのが苦手な子供で、勉強の類いを苦手としているのだ。
 そんなカリムが満点を取った。彼にとったらまさに青天の霹靂だったことだろう。
 父親らしい仮面を被ってカリムを褒める当主様。その仮面の下で、商売人らしくそろばんを弾いているのが分かった。

 数日のうちに、当主直々にジャミルはカリムの家庭教師に任命された。
 まずはカリムの見本として優秀な成績を収めるように。カリムの教師役になる為に勉強する時間が取れるよう、取り計らってくれたのだ。
 つまりジャミルは好きなだけ勉強出来る環境を手に入れて、自由に学べるようになったと言うわけだ。

 ジャミルがオレの教師役に選ばれたことを喜べば、ジャミルは困ったように笑った。
 けれどその笑みがほんの少しだけ誇らしげだったのに気付いたのは、きっとオレだけだったろう。
 自分の実力が認められたことが嬉しくて、むず痒い気持ちになっているジャミルは、とてもとても可愛らしかった。
 これで一つ、彼の不満が解消された。

 次は彼らにとってのターニングポイント。ジャミルが毒味によって倒れてしまう事件だ。それによってカリムはカレーが嫌いになったのだったか。
 普通だったら回避させるだろう。けれどオレはあえて無視した。
 だってオレは知っていたから。
 ジャミルが毒味をするカレーに毒が入っていることも。その事でジャミルが死なない事も。全部全部知っていたから、オレはあえて、その毒を食べさせた。

 毒で苦しむジャミルを見るのは辛かった。死なないと分かっていても、死んでしまうのではないかと恐怖した。
 本物の涙が出るのは当然で、口から漏れる言葉が絶叫に近いものとなるのも当然だった。


「こんな風にジャミルが苦しまなきゃいけないのなら、オレはもう一生食事はいらない!!!」


 オレはそう宣言して、その日から食事を取るのをやめた。一日をジャミルの傍で過ごした。
 水分を取らないのは死んでしまうから、流石に水は飲んでいたけれど、それも自分のユニーク魔法で出したものだ。
 それくらいでないと、安心して飲むことが出来ないから。

 日に日にオレは痩せていった。
 けれど、どんなに心配されても、食事は摂らなかった。
 医者に無理矢理食べさせられたり、点滴で栄養を入れられたりしたが、自分望んで食事をすることはなかった。

 そうして、日がな一日ジャミルの傍で過ごすようになって、一体何日が過ぎただろう。
 死なないと分かっていて毒を食わせたのはオレだ。
 医者にも峠は越えたと言われ、安心するよう諭された。
 けれどそれでも、眠りは死に似ていて、このままジャミルは連れ去られてしまうのではないかと酷く恐ろしかった。

 自業自得だと言われればそれまでだ。
 けれど、こうでもしないとジャミルは手に入らないんだから、仕方ないじゃないか。

 それからしばらくして、ようやくジャミルを目を覚ました。


「ジャミル!!!」
「…………か、……ぃむ………?
「そう、オレだよ、ジャミル。良かった。よく頑張ったな、ジャミル……!」


 目が覚めて、すぐにオレの名前を呼んでくれたジャミルに愛しさが募る。

 ああ、生きてた! 生きていた!
 ジャミル、ジャミル! オレのジャミル!!!
 オレの光。オレの太陽。

 ようやく息が出来たような心地になって、オレは改めてジャミルがいないと生きていけない事を実感する。


「ジャミルが目を覚ました! すぐに医者を!!!」


 医者を呼び、すぐに診察して貰う。
 しばらくは絶対安静だが、幸いにも後遺症もなく、順調に回復しているという。
 本当に、本当に良かった………。


「ああ、良かった。本当に良かった。生きててくれてありがとう、ジャミル!!」
「う、うん……。ありがとう、カリム……。でも、なんでカリムも死にそうなんだ………?」


 痩せこけて、幽鬼のようになったオレを見て、ジャミルは酷くショックを受けたようだった。
 ジャミルの追求をどうにか誤魔化したけれど、賢いジャミルはすぐに答えを見つけてしまったようだった。

 ―――――自分がカリムの前で倒れたから、食事が怖くなってしまったんだ。

 別にそういうわけじゃない。確かに毒は怖いが、それはジャミルのせいじゃない。
 けれどそうやって、オレのことで罪悪感に苛まれ、苦悩に溺れるジャミルに、オレは仄暗い喜びを覚えた。
 そうやってオレのことだけを考えて、オレのことだけで満たされて、オレ無しでは生きられなくなれば良いのに。
 オレがジャミル無しには生きられないのだから、ジャミルがそうなってくれても良いだろう?

 そんな風に考えていたある日。ジャミルがオレのために料理を作ってくれた。
 オレが本当に何も食べないようになったから、このままではいけないと焦ったジャミルが用意してくれたのだ。

 下拵えの手伝いくらいしかしたことのなかった料理。
 見た目はまずまず。明らかに初心者が作りましたと分かるような出来だ。
 所々焦げている。

 そして指先。ほんのりと赤く染まり、腫れているのが一目で分かった。
 火傷だ。すぐに冷やさせたから、傷にはならないだろう。
 折角の美しい指先に、傷でも残っては大変だからな。
 いや、跡が残っても、それはオレのために負ったものであるから、愛おしいものに違いはないのだけれど。


「カリム! これはオレが作ったんだ! オレが毒味をしなくても平気な料理だぞ!」


 どうだ、と言わんばかりの自慢げな表情。
 褒めろ、と目を輝かせるジャミルはどんな生き物よりも愛らしく、尊いものだ。


「ジャミルが作ったのか!? オレのために?」
「そ、そうだぞ。ちゃんと食べろよな……」


 尻窄みになって、声を小さくしていくジャミル。
 味にあまり自信が無いのかもしれない。ジャミルが作ってくれたものなら、どんなものでも美味しいと言ってやれる自信があるのに。
 もしかして、オレが食べないかもしれないという心配をしているのか? その心配なら、まったくもって杞憂なのだけれど。
 ジャミルが用意してくれたものなら、例え毒入りだって食べるのに。ああ、もちろん、ジャミルが入れた毒なら、だけど。


「ジャミルは料理も出来るのか? ジャミルは本当に何でも出来るな!」
「! ま、まぁな! アジーム家の従者なんだから、このくらい当然だ!」
「流石だな! この料理も凄く美味そうだ! いただきます!」


 褒められて、ほんのりと頬を染めるジャミルは食べてしまいたいような愛らしさだ。
 頬をちょっとかじるくらいしたいのだが、流石にまだ早すぎるな。

 それよりも今はジャミルの手料理だ。
 初めての手料理は正直、とても美味しいと言える出来のものではなかった。
 味は薄すぎて味の分からない部分や、逆に調味料が塊になっている所があって、ちょっと辛い。
 火が通っていないと言うことはないけれど、加熱しすぎて水分が飛んでしまっている。
 食感はパサパサ。焦げた部分もちょっと苦い。
 けれど、ジャミルがオレのために初めて作ってくれたという事実を前にすれば、そんなことな些末なことだ。

 オレがきちんと料理を食べたことにジャミルがほっとしている。
 ああ、オレが痩せてしまったのを気に病んでいたものな。


「美味い! すっげぇ美味いよ、ジャミル! こんな美味しい料理は初めてだ!」
「お、大袈裟だな……。ちょ、ちょっと失敗しちゃったんだぞ、それ……」
「こんなに美味しいのに? こんな美味しい料理なら、毎日でも食べたいのになぁ」


 心からの賛辞を口にすれば、ジャミルは顔を真っ赤にして唇を尖らせた。
 待ってくれ。何だそれ、可愛い。
 褒められたのが嬉しくて。けれどちょっと恥ずかしくなって。もっと完璧に作れたらよかったのにって拗ねているのだ。
 些細な仕草ですらオレを惹きつけて止まないのだから、ジャミルは本当に魔性の子だ。
 悪い虫が付く前に、悪い虫を退治しないと。


「ま、毎日はちょっと難しいけど、たまになら、作ってやるよ……」
「本当か!? 次はいつ作ってくれるんだ!?」
「そんなに気に入ったのか?」
「もちろん!」


 最初は毎日作ってくれないのか。
 まぁ、仕事もあるし。毎日の日課になったら、その時間にしていた仕事の引き継ぎもあるだろうから、初めから毎日は難しいのだろう。
 でも、わがままは言わない。
 ジャミルの手料理を食べたいのは本当だし、一日でも早く、一品でも多く食べたいのは本当だ。でも、ここでジャミルに不満を持たれるわけにはいかないからな。

 ジャミルの料理を食べたことが屋敷中に伝わった。
 これでもう心配はいらないとばかりに使用人達が色めきだつ。
 その日はオレの回復を祝う宴が催された。

 けれど、またしても、オレは料理に口を付けなかった。
 食事に対して強い恐怖感を覚えている素振りを見せたのだ。まるで誰も信用できないと言わんばかりに。
 特に酷く狼狽えた演技をしたのは、ジャミルが毒味をしようとしたときだ。
 ジャミルが毒味をしなければならないのなら食事はいらないと、強く強く拒否をしたのだ。
 そうすることで、オレが心から信頼しているのはジャミルだけだと。彼以外は信用ならないと印象づけた。

 結果、ジャミルは自分が倒れたせいだという罪悪感と、自分が何とかしなければという責任感を持つようになった。
 また、当主もオレに死なれては困るから、唯一オレが信頼しているジャミルにオレの食事の用意も義務づけた。
 オレに植え付けられた感情と仕事による義務で、より一層オレに囚われていることに、ジャミルはまったく気付かない。
 また、ジャミルは食という観念からオレの命を握ったことになるのだけれど、ジャミルはその事にも気付いていない。
 気付く前に、当たり前になれば良い。そしてオレから離れられなくなってくれ!

 オレはとっくにお前に心を奪われているのだから、お前がオレに囚われてくれたって良いだろう?
 お前が隣にいてくれるなら、オレは何だってするからさ!




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