成り代わってもオレはオレ 2






「なかなか陰湿な奴だな………」


 すっぱりと切れた掌を眺めつつ、ジャミルは呆れたように嘆息した。

 最近NRCに編入してきた訳ありの生徒がいる。その生徒はフロイドに酷くご執心で、束縛を嫌う彼にしつこく付きまとっているのだ。そのためブロットが溜まり、魔法石が酷い濁りを見せていた。その濁りは酷いもので、アズールたちがフロイドのためにジャミルをオクタヴィネルに拉致したほどだ。
 流石のジャミルも、そんなフロイドを放置するほど薄情ではない。フロイドのメンタルケアのため、積極的に彼の傍にいる契約を交わしたのだ。
 けれどそれは、編入生にとっては非常に不愉快なことだった。ジャミルを排除したいという思いが透けて見えるほどに。

 ―――――編入生は、ジャミルが検分するカリム宛の手紙や荷物の中に、剃刀などの刃物を混入させてきたのだ。

 今回はジャミルだったからよかったものの―――――ジャミル以外はちっともよくないが―――――、カリムに被害が及ぶのは避けたい。ジャミルの立場的に、彼が傷を負うようなことがあれば、一体どのような処罰が下されるか分からないからである。
 早々に片を付けなければ実力行使に出てくる可能性もある。ジャミルを害したいならば、カリムを人質にするのが有効だ。カリムを利用されることも念頭に置いて行動しなければ。


(いや、それを利用できれば退学に追いやれるのでは?)


 幸いにも、編入生は直情型だ。カリムに目が向かないほどに、自身にヘイトを向けさせれば、ジャミル自身を直接狙ってくるだろう。その際に危険人物であるという証拠を残せれば、退学させる理由などいくらでもでっち上げることが出来る。カリムの名を出せば、なかなかに強力な後ろ盾を持っていそうな編入生相手でも、天秤はカリムの方に傾くだろう。何せアジーム家はNRCで一、二を争うほど巨額の寄付を行っているのだ。そんな相手を害されたともなれば、学園は動かざるを得ない。組織運営には、何かと金が掛かるものなので。


「………編入生を排除するには、俺が囮になるのが一番手っ取り早そうだな」


 そうと決まれば早速フロイドに協力を仰がねば。
 編入生に対する方針を決定したジャミルは、簡単に掌の治療を済ませ、そのままオクタヴィネルへと向かった。



***



「ばっっっかじゃねぇの!!?!?」


 カリムに危険が及ぶ可能性を考慮して、自身を囮に編入生を排除する方針であることを伝えると、黙って話を聞いていたフロイドの口から罵倒が飛び出した。これはジャミルを傷付けた編入生と、自分を囮にするのも厭わない従者根性丸出しの子供に育て上げた家庭環境に対してである。
 ジャミルはフロイドの罵倒に目を見開き、次いで不満げに眉を寄せた。


「俺は馬鹿じゃない。馬鹿はあの編入生だ」
「それはそうだけど、ジャミルもジャミルだからな!? ラッコちゃんに何かあったらジャミルの立場が危うくなることは分かってるよ? だからってさぁ、わざわざ危ねぇ奴を煽ってわざと自分を害させようとするのはどうなの?」


 NRCの治安は最悪だ。魔法を使用しての私闘が禁止されているにも関わらず、日常的に魔法が飛び交っている。魔法でなくとも、ちょっとしたことで拳が振り上げられるような学園である。
 しかし、編入生ほど回りくどく、悪質な行為を行う者は意外に少ない。NRC生は総じてプライドが高く、自分の実力を誇示出来るような行動を取りがちであるからだ。


「ラッコちゃんに危険が及ばなきゃ良いんでしょ? なら、なんか罪をでっち上げるとかさぁ……」
「あんな奴のために犯罪を犯す気はない」


 ありもしない罪を作り上げること自体はそう難しいことではない。
 しかし、最近の警察は冤罪を防ぐことに尽力を注いでおり、魔法を多用する。真実を暴くプロ相手に嘘を貫き通すことが出来るとうぬぼれられるほど、ジャミルは愚かになれなかった。
 また、編入生のような、すぐに悪知恵を働かせて他人を害そうとする人物なら余罪などいくらでもありそうなものだが、彼女の実家がもみ消しているだろう。彼女の秘密を探っているうちにこちらの様子を気取られるリスクもあるため、それも回避したい。そうなると、彼女自身の意思で、新たに罪を犯して貰うのが一番手っ取り早いのだ。


「…………意思を変えるつもりはないってこと?」
「こんな面倒なこと、さっさと終わらせたいんでな」


 周囲は基本的に傍観の姿勢を取っている。娯楽として楽しむ者。弱みを握る機会を覗う者。そもそも興味がない者。立場や思惑は違えど、誰も彼もが面倒事に巻き込まれまいと考えているのは確かだ。図らずしも当事者となってしまったジャミル達も、傍観者達と考えは同じだった。


「そういうわけだから、お前にも協力して貰うぞ」
「へ?」


 これで面倒事からおさらばできる。
 そんな得意げな顔でにんまりと笑うジャミルに、フロイドは間抜けな声を上げて首をかしげた。




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