成り代わってもオレはオレ 2






 近頃のフロイドはひたすらに疲れていた。
 最近編入してきた編入生に気に入られ、やたらめったら絡まれていたからである。
 授業をサボろうとすれば一緒にサボろうとするし、アズール達と共に始めたモストロ・ラウンジのシフトに入れば閉店まで粘ろうとする。しかも業務中だというのにやたらと声を掛けてくるのだ。迷惑この上ない。
 その上ジャミルと過ごそうとすれば、どんな手を使ってでも邪魔をしようとしてくるのだ。魔法石が濁るくらいにストレスがたまるのも無理はない。
 イライラを通り越して萎び始めたフロイドは、アズール達が解決策を見つけようと積極的に動くくらいには悲壮感が漂っていた。


「と言うわけで、フロイドをお願いします、ジャミルさん」
「もちろん、拘束していた時間分の対価はお支払いしますよ」
「何が“と言うわけで”なのかさっぱり分からないんだが? そもそも、俺は了承した覚えがないぞ」


 オクタヴィネルの寮内にて経営されているモストロ・ラウンジ。そのVIPルームのソファの上で、ジャミルはフロイドに纏わり付かれながら、問答無用で自分を拉致したジェイド達に憤慨していた。
 問題を解決する前に、フロイドの応急処置として、ジャミルはジェイドによってオクタヴィネルに連れ込まれたのだ。ジャミルはフロイドが本気で口説き落とそうとしている相手で、精神の回復に大いに役立つと思ったが故の拉致だ。


「それについては申し訳ありません。しかし、こちらも悠長なことは言っていられなくて」
「フロイドのマジカルペンを見てください。ブロットが溜まり、黒く濁っているでしょう?」
「これは………」


 アズールの手の中のマジカルペンを見て、ジャミルが顔を顰める。透き通るような魔法石が、黒い澱みを抱えていたのだ。相当なストレスが掛かっている証拠であり、休養を求められるレベルの濁りだった。


「ジャミルさんも知っているでしょう? フロイドが編入生に付きまとわれていることを」
「ああ。よくバスケ部の見学に来るよ。何でも、マネージャーになりたいのだとか」


 NRCの部活動は、基本的にマネージャーという役職は用意されていない。協調性の欠片もないNRCに、少しでも協調性というものを芽生えさせるためと言う名目で、部員全員で準備から後片付けまでをこなすのだ。
 その効果は今のところ現れていないというのが悲しい現状である。閑話休題。


「……あいつ超うぜぇんだけど。どうでもいい奴にひっつかれるのマジでイライラする」


 ジャミルを抱え込み、肩口に顔を埋めたフロイドが呻くような声を漏らす。
 声だけでも相当参っているのが窺えて、何とも形容しがたい表情でジャミルが指先でフロイドの髪を撫でた。


「ただの小魚なら、適当にあしらって追い払うことも可能なんですがねぇ……」


 心底面倒くさい、という心情を隠すことなくアズールが嘆息した。
 編入生は、ただの小魚と称することが出来ない事情があるのだ。編入生は男子校にはあり得ない『女子生徒』なのである。
 もちろん、性別を『女性』のままで通っているわけではない。胸を潰し、男子生徒の制服を纏い、男子生徒として学園に通っているのだ。
 匂い消しのようなものは身に付けているようだが、魔法や魔法薬を使用している形跡はない。そのため編入生と関わりのある生徒達の幾人かは編入生の性別に気付いている。
 けれど、誰一人としてそのことを言及する者は居なかった。女性が性別を偽り、男子校に編入してくるなど、絶対に面倒くさい事情を抱えているに決まっているからだ。面倒ごとを遠くから眺める分には存分に楽しませて貰うが、自分が当事者になりたくないというのがNRC生である。
 そして何より、面倒ごとを嫌う筆頭である学園長が入学を許可したのだ。おそらく相当の金を積まれたか、入学を断ることが出来ないような後ろ盾の存在が察せられた。そんな相手に喧嘩を売るのは得策ではないので、誰もが気付かぬフリをしているのだ。
 (その他の可能性としては、奇妙なところで鈍感な学園長が、編入生の性別に気付かなかったという可能性もゼロではない。だが、自分たちのトップがそこまで残念な教師でないと思いたいので、この可能性は念頭に置きつつも除外されている)


「そういうわけでして、ジャミルさんには定期的にフロイドのケアをお願いしたいんです。流石に、オーバーブロットさせるわけにはいきませんから」
「………確かにオーバーブロットさせるわけにはいかないが、俺以外で回復は図れないのか?」
「出来ないこともないでしょうが、貴方以上に最適で最良な回復アイテムは存在しませんよ」


 分かっているでしょう? と問いかけられたジャミルは返事に窮して口を閉ざした。
 フロイドがジャミルに好意を寄せているのは、誰が見ても明らかだ。片割れであるジェイドにも見せたことのないような表情で、声音で、仕草で、言葉で、ジャミルに惜しみなく愛を囁いている。そこまでされて、その好意を否定することは出来なかった。
 いつになく真剣な表情をしたアズール達を見て、ジャミルが深く嘆息した。


「………………俺が拘束されている間のカリムの護衛。及びスケジュール管理が対価だ。また、カリムに余計な契約を迫ったら、その時点でこの契約は無効とする。それが飲めないなら、この契約は無しだ」
「契約成立です。もちろん、完璧にこなしますよ」


 契約書にサインをし、契約を結ぶ。ジャミルの名が書かれた契約書に満足そうに頷いて、アズールはモストロ・ラウンジの業務に、ジェイドはカリムの護衛へと向かった。それを見送って、ジャミルがフロイドの髪を撫でる。
 メンタルケアを頼まれたものの、ジャミルは精神科医でもなければセラピストでもない。フロイドが髪を撫でると喜ぶため、とりあえず髪を撫でているだけである。


「……………ジャミル……」
「ん? どうした?」
「あのね、誤解しないでね」
「誤解?」
「オレが好きなのはジャミルだから。あの雌が何を言っても、絶対に聞かないで。オレを信じて」


 今にも泣いてしまいそうな、苦しそうな顔で、フロイドが告げる。
 そんなフロイドに、ジャミルは何を言っているのか分からない、というように首を傾げた。


「信じるも何も、話したこともない生徒より、君の言葉の方が信憑性があるだろう?」


 何を言っているんだ、と胡乱げな表情を浮かべるジャミルに、フロイドが目を見開く。
 臆面もなく“フロイドの方が信じられる”と言われ、フロイドの表情が和らぐ。


「ありがと、ジャミル。大好き」
「はいはい」


 適当にあしらうような返事だったものの、その表情は柔らかくて、フロイドは胸のうちがあたたかいもので満たされた気がした。




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