成り代わってもオレはオレ 2
とある晴れの日。その日はうららかな陽気が眠気を誘う絶好の昼寝日和だった。
こんな日に真面目に授業を受ける気にはならず、オレ―――――フロイド・リーチは授業をサボって中庭で昼寝をしていた。
1時間ほど夢を揺蕩って満足したオレは、そろそろ教室に戻ろうと立ち上がろうとして、その動きを止めた。
「やっべ………」
昼寝から起きたオレは、立ち方を忘れていた。
立ち方を忘れるなんて、と思うかもしれないが、深海で生きる人魚にとって“両足で立つ“という行為は無縁のものだ。故にこうして立ち方を忘れるのは陸に上がった人魚にとっては馴染み深い現象だった。
たいして慌てるようなことではないものの、自分の身体が思うように動かないというのは中々に腹立たしい。せっかく良い気分だったのに、オレの機嫌はあっという間に急降下してしまった。
「え~~~、萎えるぅ。やる気無くすんだけどぉ」
せっかく授業に出る気になったのに、動けないとなると教室にも戻れない。やる気も萎んでしまって、気分までもが一緒に落ち込んだような気がした。
「ジャミルが居てくれたらなぁ………って、ジャミル!!!」
移動教室らしい生徒達の群れの中にジャミルの姿を見つける。オレの声にぎょっとした小魚たちが、立ち止まったジャミルを置いて足早に立ち去っていく。一人残ったジャミルはオレが近づいてこないことに首を傾げていた。
本当なら駆け寄って抱きしめたい所なんだけど、脚が動いてくれないんだよね。
大きく手を振って、ジャミルをこちらに呼び寄せる。不思議そうな顔をしながらも、ジャミルはオレの傍に駆け寄ってくれた。最初は絶対に自分から近づいてくれなかったことを考えると、これは大きな進歩だ。脂下がりそうな顔を引き締め、微笑むだけに留める。
「どうしたんだ、フロイド。こんな所で座り込んで」
「どうしよ、ジャミル。オレ、超困ってんの」
「一体何があったんだ?」
「立ち方忘れちゃってぇ、オレいま立てねぇの」
「………………………は?」
心底不思議そうに首を傾げて、ジャミルが気の抜けた声を上げた。
「どういうことだ? 怪我をしたわけではないのか?」
「んーん、違うよ。オレってさぁ、人魚じゃん? だからねぇ、鰭と脚の感覚が違いすぎてたまにこうなんの」
人魚あるあるだよーと笑うと、ジャミルは納得したように頷いた。陸に上がったばかりの人魚の足取りの覚束なさを思い出したのだろう。オレは前世が人間だったから、まだマシな方なんだけどね。
「授業には出られそうか?」
「まだ無理そ~。せっかくやる気出たのに~」
「君な、授業に出るのは本来当たり前のことなんだぞ?」
「ジャミルが一緒なら全部出るよ~」
そう言って笑うと、ジャミルは額に手を当てて溜息をついた。
あ、信じてないな。本気なのに。
「まぁ、立ち上がれないのなら仕方ないな。先生には報告しておくから、立てるようになったら授業に参加すると良い」
「えっ、行っちゃうの?」
「当たり前だろ。授業があるんだから」
せっかく会えたのに離れるのが惜しくて、ジャミルの手を掴んでこちらに引き寄せる。
ジャミルは突然のことに驚いて、あっさりとオレの脚の間に収まった。
「おいっ!」
「一回くらいサボっても良いじゃん。ジャミルは頭良いんだから、問題ないって」
「まぁ、俺は優秀だからな」
褒められて嬉しそうなジャミルが得意げに笑う。普段は大人びているのに、こういうときのジャミルは年相応でかわいい。
たまらなくなって、ジャミルの髪に頬をすり寄せる。機嫌が良いらしいジャミルがぽんぽんと頭を撫でてきた。珍しいデレに胸が高鳴る。
ますます離れがたくて、腕の中に閉じ込めるように抱きしめた。
「おい?」
「いーっぱい褒めてあげるから、もうちょっとここに居て?」
「は?」
「まず見た目から褒めてくね-」
オレの腕にすっぽり包まれている身体は抜け出そうにも抜け出せない。
困惑したまま逃げ出そうとするジャミルをしっかり抱きしめて、オレは思いつく限りの賛辞を贈るべく、ジャミルの耳に口元を寄せた。