波打つ黒髪
見慣れた色の黒髪が、見慣れない髪型をしている。
その人物が元々の髪型を気に入っていることを知っているフロイドは、いつもと異なる髪型をしていることに驚いて目を瞬かせた。
「ふわふわだ………」
いつもは長く美しいストレート。それを綺麗にまとめ上げ、一つにまとめてある。
しかし、今日は髪を束ねるのをやめており、そのまま背中に流れる髪は、波のようなうねりがあった。
普段はさらさらと流れるような動きを見せるが、ウェーブのかかった髪はふわふわと軽やかな印象を与えた。
「え、ウミヘビくん、なぁにその髪………」
フロイドの声かけに、ウミヘビくんことジャミルが不機嫌そうに振り返る。
ジャミルの動きに合わせるように、長い髪がふわりと揺れた。
「サイエンス部の魔法薬」
その一言で、フロイドは全てを察した。
***
「まったくあいつら……。“最初に目に入ったから”なんてふざけた理由でいきなり魔法薬をぶちまけやがって……」
サイエンス部が作った魔法薬というのは、髪質を変化させるための薬らしい。元は換毛期のある獣人が、換毛期間を短くするために使用するものだ。今回ジャミルが浴びたのは、サイエンス部がその魔法薬を独自にアレンジしたものであるという。その結果、ジャミルのストレートヘアは人形のようなふわふわのくせ毛になったというわけである。
「アズールが魔法薬被ってたら、ウミヘビくんみたいな髪になってたってこと?」
「おそらくな」
「何それ超見てぇ!」
ぺしょんとボリュームを失った髪になったアズールを想像して、二人が盛大に噴出した。
「オレ、アズールの顔見たら笑い止まんなくなりそうなんだけど」
「なんてことしてくれたんだ、お前は。同じクラスだぞ」
「オレなんて寮に帰ったらアズールいるんだけど」
二人でひぃひぃ言いながら、なんとか笑いを落ち着かせる。
ふぅ、と溜息をついて、フロイドが改めてジャミルを見つめた。髪が柔らかい印象を与えているのか、涼しげな雰囲気が和らいで見える。
普段ならしっとりと指通りの良い髪も、今日ばかりは重さを感じさせない様子だった。
「ね、触ってもいい?」
「別に構わんが、引っ張るなよ」
「はーい」
ジャミルの了解を取って、ふわふわの髪に手を伸ばす。けれど、いつもと違いすぎて、どう触れば良いものかが分からない。いつものように指を通したら、絡まったり傷つけてしまいそうだった。
迷いに迷って、つん、と指先で突いてみる。指から伝わる感触は、見た目の印象そのままに、ひどく柔らかいものだった。
「…………やっぱ、いつもの髪が良い……」
ふわふわのくせ毛も悪くはない。けれど、心許ない触り心地はジャミルらしくなくて、何となく気に入らない。
ぶすっと頬を膨らませるフロイドに、「明日には元に戻る」と言って、ジャミルは呆れたような顔を見せた。
翌日、元に戻った髪を見て、「やっぱこっちの方がいい」と言って、ご機嫌なフロイドはジャミルの髪に指を通した。