文通するフロジャミ
フロイドから贈られた花を押し花に加工して次の手紙に添えると、彼はそれを存外気に入ったようだった。あまり本を読む質ではないから、教科書に挟んで使用しているらしい。魔法史の教科書から見覚えのあるリボンが飛び出しているのを見掛けたことがある。
また、アズールがジャミルに話しかけるネタとしてその栞を話題にあげたこともある。誰から貰ったものかは知らないようだが、珍しいくらいに上機嫌だったという話だ。
そんなやり取りがあってから、フロイドはほぼ毎回のように手紙に草花を添えてくるようになった。中庭や植物園で見つけた季節の花や変わった形の葉。それを見つけたときのエピソードが添えられているときもある。
(あいつ、花が好きなのか?)
今回添えられていたのはベゴニアとモモだ。
およそフロイドが好むとは思えないようなかわいらしい花のチョイスに、ジャミルが首を傾げる。フロイドの印象からして、ただ綺麗なだけのものに興味を持つタイプではない。どちらかと言えば美しさより珍しさや面白さを優先するだろう。植物系統なら食虫植物なんかが好きそうだ。
(しかし、毎回よく用意するものだ………)
花が好き、あるいは花の加工品を気に入ったから毎回植物を添えているのかとも思っていたが、そうではないようだった。
気が向いたときなんかに押し花なんかにして手紙に添えると上機嫌になるが、それをせずとも機嫌が悪くなることもない。けれど移り気なフロイドの気まぐれにしては長く続いていて、ジャミルは首をかしげた。
(こちらも何か彩りを添えた方がいいんだろうか……)
ジャミルの手紙は味気ない。白一色の便箋に封筒。封をしてあるシールも付属のものだ。
対してフロイドは、同じ便箋に飽きてしまうのか、毎回のように違う便箋が使われている。封筒と便箋が明らかに別のものだったこともある。封をするシールもそうだ。趣向を変えてリボンでくくられているときもある。
(そういえば、あいつはシーリングスタンプは使わないな)
シールやリボンは使われているがスタンプは使われているのは見たことがない。
ろうそくやアルコールランプを使用したり、ワックスの種類によっては溶かし方も違ってくる。火を使わないものもあるが、シールを貼ったりするよりも手間が掛かる。こだわるところはこだわるが、興味関心の薄いことにはとことん意識を向けないのだ。片付けなどの面倒さもあって、スタンプは彼の琴線に引っかからなかったのだろうな、とジャミルは肩を竦めた。
(………あいつが使わないなら、俺が使うか)
そうと決めたジャミルは早速行動に移した。購買で取り扱っているスタンプを見せて貰い、オウム、蛇、クレマチスのスタンプを購入した。
ジャミルは面倒事は嫌いだが、趣味だったり、好きなことや興味のあることにはこだわりたいタイプだ。
フロイドとの手紙のやり取りは、最初こそは面倒であったものの、現在では日常にささやかな色を添える楽しみとなっている。少しずつ、興味関心の比重が傾いていた。
シンプルな便箋に添えられた彩りを満足げに見つめるジャミルの目は、とても柔らかいものだった。
***
「ウミヘビく~ん!」
ささやかな彩りを添えた手紙を読んだらしいフロイドが、珍しいくらいの上機嫌でジャミルに駆け寄った。
「返事早く読んでほしくて持ってきた〜!」
ずっと簡素で味気ない便箋でやり取りをしていたジャミルが、少しばかり手紙に色を添えるようになってきた。それが何だか妙にうれしくて、返事を書くフロイドの筆も乗り、いつもとは比べ物にならないくらいの便箋を使用することとなった。
ふわふわそわそわ。胸がくすぐったくて、落ち着かなくて、でも不快ではなくて。早くこの手紙を読んでほしくなったフロイドは、手紙を持って自らジャミルの元へと赴いたのだ。
「読んで読んで」
「目の前で読んだら手紙の意味がないじゃないか」
呆れつつも「仕方ないなぁ」と言わんばかりにジャミルが微笑んだ。澄ました顔か険しい顔ばかりを浮かべているジャミルには珍しい表情だった。
ジャミルはフロイドに言われたとおり、早速手紙の封を切った。中には便箋だけでなく、綺麗な貝殻が入っていた。
手紙の内容は、休日にアズール達と共に商品の買い付けのために歓喜の港に赴いたことが書かれていて、封筒の中に入っていた貝殻は、そこで見つけたものだと綴られていた。
彼らの故郷とは違う温暖な海。エメラルド色の海は穏やかで美しい。写真も撮ったけれど、あの色は肉眼で見るべきだという。
今度一緒に行こうね、という言葉で手紙は締めくくられており、弾んだような文字がいかに楽しい休日を過ごせたのかを物語っていた。
「……ふふ、」
思考に筆記の速度が追いつかなかったのか、少し跳ねた文字を指でなぞり、ジャミルが控えめに笑った。
その笑みを見たフロイドは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
(こんな顔して読んでたんだ………)
何だか照れくさい。むずむずと胸をくすぐられた心地だ。落ち着かなくてゆらゆらと体を揺らす。
「返事は手紙で書くよ」
「うん、待ってるねぇ」
ゆるく微笑んだジャミルの顔を見て、フロイドもふわりと笑う。
照れくさいし、くすぐったい気分だけれど、この心地は悪くない。
最初は飽きるまで、と考えていたフロイドだったけれど、いつしかこのやりとりがずっと続けば良いと願っていた。
―――――次はリナリアを添えよう。そう決意して。