文通するフロジャミ






 課題に必要な資料を集めるために図書室にやってきたジャミルは、紙に何かを熱心に、けれど楽しげに書いている監督生を見掛けた。
 勉強にしては教科書は開かれておらず、ノートは脇に避けられていた。


「監督生、何を書いているんだ?」
「あ、ジャミル先輩。こんにちは。これは手紙を書いているんです」
「手紙?」
「はい。今日の授業の内容が『手紙を書く』と言うものだったんです。それで自分はグリム宛に書いたんですけど、エースとデュースが自分に書いてくれて……。その返事を書いているんですよ」


 そう言えばそんな授業あったな、と過去を振り返る。
 スマホが普及した現在、手紙の文化は廃れつつある。手紙を書いたことのない者は多い。
 しかし、レトロな文化に触れるのも歴史を学ぶ上では必要だという考えを持つ教師もおり、授業では稀に古いものに触れる機会がある。監督生らはそれが今日だったのだろう。


「そうなのか。随分熱心に書いていたから、少し気になってしまってな」
「いえいえ。ジャミル先輩も、この授業受けたことあります?」
「ああ。カリムが自分に書いてくれってせがんできて、頭を悩ませた覚えがあるよ」
「想像がつきます」


 当時を思い出したのか、ジャミルが顔を顰める。
 笑顔のカリムが簡単に想像できて、監督生は控えめに苦笑した。


「毎日顔を合わせているのに、何を書けって言うんだか」
「手紙って近況報告みたいなイメージありますもんね。いつも一緒に居る相手に書くとなると、手紙と言うより日記になりそう」
「実際そうだった気がする………」


 険しい顔で米神を押さえるジャミルは、本当に苦労して手紙を書いたのだろう事が窺えた。
 適度に力を抜ければ良いのだが、完璧主義のジャミルには難しいのだろう。


「君も毎日のように顔を合わせている相手に書いているんだろう? その割には、随分筆が進んでいるようだな?」
「きちんと手紙の形式を取れているとは言えませんけど、伝えたいことが伝えられたら、それで良いんじゃないかと思って、力を抜いて書いてます」


 便箋を撫でながら、監督生が柔らかく微笑む。


「それに手紙の良さって、人の手で書くあたたかさにあると思うので、難しく考える必要はないかなぁって」
「人の手で書くあたたかさ?」
「はい。例えばグリムだったら、両手でペンを握って書いているから、ちょっとよれているというか、頑張って書いてくれたんだろうなーって言うのが分かって、微笑ましい気持ちになります。そういうのを楽しむのが手紙なのかなって」
「ああ、なるほどな………」


 監督生やグリムと同じ授業になったときに見た光景が頭に浮かぶ。ペンを握るように出来ていない手で文字を書いている姿は、普段の様子を知っていても健気に見えたものだ。その懸命な姿を知っていたら、微笑ましい気持ちにもなるだろう。


「それに、綺麗な便箋にお気に入りのペンで文字を書くの、結構楽しいですよ。ちょっとした気分転換にもなりますし、結構オススメです」


 ご家族や学外のご友人に書いてみるのも良いかもしれませんよ。
 そう言って笑う監督生に「気が向いたら」とだけ返答し、ジャミルは本来の目的へと戻っていった。


「手紙、か………」


 家族はスマホなどの機器が苦手なため、手紙は良い連絡手段になるかもしれない。緊急性を要する事には不向きだが、ちょっとした世間話や近況の報告をする分には問題ないだろう。
 誰に宛てたものでなくとも、日記代わりに書くのも良いかもしれない。
 普段は効率を重視するジャミルだが、手間をかけるのも嫌いじゃない。
 楽しそうな監督生の顔を思い出し、自分も手紙を書いてみようかな、と便箋を買うために購買部へと向かった。



***



「あれぇ? ウミヘビくん、何書いてんの?」


 放課後、ジャミルは図書室で手紙を書いていた。
 その日の部活が休みで、カリムの部活が終わるのを待っている間の暇つぶしだ。
 最初は家族に向けて書こうと考えていたが、何となく照れくささがあって、結局は日記代わりに書くことにしたのだ。
 そうして手紙を書くジャミルを見つけたのは、同じ部活に所属しているフロイドだった。彼は課題に必要な資料を探しに来ていたようで、手には数冊の本が握られていた。


「手紙だよ」
「手紙ぃ?」


 誰に? と、フロイドが首を傾げる。


「誰に宛てたものではないんだが、監督生が楽しそうにしていたから、書いてみたくなったんだ。まぁ、気まぐれだよ」
「ふぅん………」


 よく分からないと言うように、不思議そうな顔をする。特に興味をそそられなかったのか、気のない返事を返しておしまいだった。
 そのまま立ち去るだろうと思ったジャミルは、さっさと便箋に向き直る。一日を振り返って、ちょっとした幸運だったりを書き連ねていく。


「じゃあオレに書いてよ。気分が乗ったらオレも返事書いたげるから」
「は?」


 便箋を見つめていた顔を上げる。いつものように楽しげな顔をしているのかと思ったら、思いのほか真剣な表情を浮かべたフロイドが目に入る。それに気圧されたように、ジャミルが呆気に取られた。


「手紙って、誰かに宛てて書くもんでしょ?」
「いや、全てがそうではないと思うが………」


 フロイドは気まぐれで飽き性だが、自分がこうと決めたらやりきろうとする頑固で一途な一面も存在する。こうなったフロイドは否を聞かない。同学年に加え、部活を同じくするジャミルはそれを良く理解していた。


「はぁ………。分かったよ。明日には渡すから、それまで待っていろ」
「! うん!」


 にぱぁと花が咲いたような笑みを見せるフロイドに、機嫌を損ねなくて良かった、とジャミルは小さく嘆息した。




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