好きな子の涙は見たくない






「いっ……!」


 部活を終えて、それぞれの寮に戻る道すがら、隣を歩いていたジャミルが突然足を止めた。
 短い悲鳴のような声が聞こえて、フロイドがジャミルを振り返る。ジャミルは目を押さえて痛みに耐えるように顔を顰めていた。


「ウミヘビくん?」
「目に睫毛が入った……」


 痛いやつじゃん、とフロイドがほんの少しだけ同情する。ジャミルの睫毛は近くで見ると意外に長いので、目に入ったら相当な痛みを伴いだろう。
 ほんのちょっぴり顔を覗かせた慈悲の心で睫毛を取ってやろうとすると、フロイドの身じろぎを感じ取ったのか、ジャミルが顔を上げた。
 顔を上げたジャミルは、普段からは考えられない程に瞳を潤ませていた。虫に追いかけられたときだって、こんなに濡れることはないだろう。
 その潤んだ瞳を見て、ギシリと心臓が軋んだような音を立てた気がした。

 ジャミルがゴミを取ろうと目を擦る。その拍子に、目尻からポロリと涙がこぼれ落ちた。美しい涙が、頬を滑り落ちていく。
 そんなジャミルを見て、フロイドが咄嗟にジャミルの腕を掴む。これ以上涙を流させてはいけないと、そんな思いに駆られながら。


「フロイド? どうしたんだ?」


 痛いんだが、と眉を寄せるジャミルを見て、フロイドがハッと我に返る。
 何故、咄嗟にジャミルの腕を掴んでしまったのだろう。涙なんて、契約不履行者達の必死の懇願で見慣れているというのに。
 潤んだ瞳で訝しげにフロイドを見上げるジャミルの顔を見て、またもや心臓が不快な音を立てた。


(オレ、いや、なのかも)


 ジャミルが涙を流すのを見るのが、すごく嫌だった。どうしようもないくらいに動揺して、酷い痛みを感じる胸を掻き毟りたい衝動に駆られるくらいに。


「フロイド?」
「あ……、えっと……、前にアズールに、目を擦ると目が傷付くからってめっちゃ怒られて、そんで、止めなきゃって……?」
「何で疑問形なんだよ」


 言ってることは間違ってないが、とジャミルは何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。
 フロイドに止められたジャミルは、目を擦らないように何度も目を瞬かせている。またその瞳から涙がこぼれ落ちそうで、フロイドが息を呑んだ。


「目、洗った方が早くない? 水道、近くにあるし」
「ん、そうだな」


 よほど目の違和感が強かったのか、フロイドの言葉に素直に行動する。
 水道で目を洗うと、目元を濡らしている液体が水道水なのか涙なのか分からなくなる。そのことに、酷く安堵している自分がいることをフロイドは強く自覚した。

 これからは泣かせないように気を付けよう。自分のせいで彼に泣かれたら、きっと泡になって消えてしまいたくなるだろうから。
 目の違和感が消えてすっきりした顔になったジャミルを見て、フロイドは強く心に誓った。




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