2週目バスケ部と監督生が疑似家族になる話
エースに連れられてやってきたのは学園の隅。あまり人の来なさそうな、藤棚(咲いている花は藤では無さそうだが、ユウはその花の名を知らないので、仮に藤棚とする)と生け垣に覆われた小さなスペースだった。
藤棚で陽光が遮られ、陽の光は柔らかい。地面はふかふかの芝生で覆われており、ここなら確かにお昼寝には丁度良いかもしれない。
「静かで良いところだね」
「だろー? 落ち着くし、休むには丁度良いんだよね」
入学して間もないはずなのに、よくこんな場所を見つけられたものだ、とユウが感心する。周りをよく見ていないと、見落としてしまいそうな道のりを辿ってきたためだ。周囲をよく見ているエースだからこそ見つけられたのだろう。
「小エビちゃ~ん!」
ふと聞こえてきた聞き覚えのある声と独特なあだ名に、一人の人物を頭に思い描く。振り返ると、思い浮かべたものと同じ顔が柔らかな笑みを浮かべていた。
「フロイド先輩。と、ジャミル先輩?」
ユウに声を掛けたのは一つ年上のフロイド・リーチだ。その隣にはフロイドやエースと同じ部活に所属しているジャミル・バイパーが並び立っている。二人はエースを可愛がっており、その繋がりからユウとも親しくなっていた。
彼らは何やら手荷物を抱えており、ゆるく手を振っているフロイドは水筒やらが入ったバスケットを持っている。隣のジャミルはレジャーシートのようなものを抱えていた。
「待ってましたよ、二人とも!」
「え。もしかして、さっき電話掛けてたのって、先輩達なの?」
「そ。一緒にサボろーって誘ったら、快くオッケーしてくれたんだよね」
意外だな、とユウがフロイド達を見上げる。フロイドは気分屋なところがあるから、時折授業をサボるということは聞いていたが、ジャミルは至って真面目な生徒という印象だ。リドルほど厳格な性格はしていないだろうが、サボりにいい顔をするタイプには思えなかったのだ。
その考えが顔に出ていたのか、近寄ってきたジャミルがくすくすと控えめに笑う。
「ふふ、俺はそんなに“いい子”じゃないぞ?」
「そうなんだ……。サボりとか、許さないタイプだと思ってました……」
「普段だったらサボったりしないさ。でも、可愛い後輩の誘いだからな」
「うへぇ、思ってもないくせに」
レジャーシートを敷きながら微笑むジャミルに、エースが顔を顰める。
敷き終わったシートに座るよう促され、4人でシートに腰を下ろした。
「はい、小エビちゃんの分」
「ありがとうございます」
水筒の中身をカップに注いだフロイドが、湯気の上る紅茶を差し出す。
透き通る紅茶の色がきれいで、ユウが目を輝かせた。
「わ……。良い香り……」
「カモミールティー。気持ちを落ち着けてくれて不安を和らげたり、身体を温める効果があるんだよ」
優しく穏やかな香りが鼻腔をくすぐる。「いただきます」と言って口に含む。口の中で紅茶の風味が華やかに広がった。
美味しい、と呟くと、フロイドの口角がゆるく持ち上がる。
「見てみてぇ。クッキーもあるんだよ」
「わぁ、可愛い……!」
バスケットの中から取り出したオシャレな箱を見せられる。中には可愛らしい包み紙で包まれたアイシングクッキーが入っていた。
しっかりと焼き目のついたクッキーは魚の形をしており、デフォルメされた鱗や鰭の模様が描かれていた。
「小エビちゃん、あーん」
「あ、あーん……」
フロイドの手によって口元に運ばれたクッキーを咀嚼する。アイシングが掛かっているが、レモンピールが入っていて甘すぎず、さっぱりとした仕上がりだ。
「お、美味しいです!」
「そぉ? よかった-」
「お、お店で売ってるやつみたい」
「んふふ、もっとお食べ-」
ユウの口にもう一つクッキーを詰め込んで、ユウの隣で雛鳥のように口を開けていたエースにもクッキーを食べさせる。
おいしいおいしいと言って食べていると、フロイドとジャミルが柔らかい笑みを浮かべる。その笑みが気恥ずかしいけれど、何だか懐かしくて泣きたくなるような気持ちにさせた。
「あ、そうだ、先輩! オレ、この前の小テスト、めっちゃいい点取ったんスよ!」
マジカルペンを取り出して、エースが解答用紙を召喚する。テストの点は90点。かなりの高得点である。
「へぇ、凄いじゃないか」
「へへっ、オレ、やれば出来る子なんで!」
「ちょっとしたミスが多いけどね~」
「次は間違わねぇし!!」
拗ねたように唇を尖らせるエースにジャミル達が苦笑する。
「そうだ。監督生も最初のテストよりいい点取ったんスよ!」
「へぇ~! そうなんだ?」
ユウの点数は60点。半分以上は取れたものの、平均点には届かなかった。
最初は本当にボロボロだった。酷いときには1桁の時すらあったのだから。そのときから比べれば確かにいい点を取れるようになっただろう。
けれど、褒められるような点数ではない。頑張れば、誰だって取れるような点数なのだから。
「え、と………」
失望されたくなくて、口ごもる。エースに教えて貰って、自習もして、この点数だったのだ。口にするのが憚られて、思わず口ごもる。
すると、くしゃりと髪を撫でられる。顔を上げると、エースがいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
「大丈夫だって、ユウ。先輩たちはお前の頑張りを馬鹿にするような人たちじゃないし、お前の頑張りを認めてくれる人たちだからさ」
「エース………」
自信に溢れたエースの笑みに、ほんの少しだけほっとした。
その笑みに背中を押されて、意を決して二人に解答用紙を差し出す。
けれど二人の顔を見るのが怖くて、俯いてしまった。ほんの少し、手が震えた。
握りしめすぎてよれたテストが二人の手に渡る。二人が内容をじっくりと見ているのを感じながら、膝の上に置いた拳を強く握った。
ぽすり、と頭に手を置かれる。はっとして顔を上げると、二人は優しい笑みを浮かべていた。
「半分以上取れてんじゃーん! 小エビちゃんすごいねぇ」
「これでもNRCは名門だ。一般のカレッジよりも偏差値が高い。基礎も学んでいない状態からこれだけの点数が取れているんだ。君は十分に優秀だよ」
フロイドにわしゃわしゃと髪を撫でられる。髪がぐしゃぐしゃになってしまったが、今のユウにそれを気にかける余裕は無い。
「特にここの記述がよく書けている」とか「ここは引っかかりやすいのに正解だった」とか、具体的にどこが出来ていたのかも褒めてくれて、その事実を咀嚼したユウは泣きたくなるのをぐっと我慢した。
ずっと欲しかったものを唐突に与えられて、うまく受け止めきれない。嬉しいという気持ちと、自分は頑張れているのだという安心感。そういったものを理解して、受け止めてもらえる事実。それらで胸がいっぱいになって、溢れてしまいそうだった。
「よく頑張ったな、ユウ」
フロイドに乱されてしまった髪を、ジャミルが優しく整える。その手のぬくもりが母のそれを重なって、ユウは声を上げて泣いた。