寒いのが苦手なジャミルと庇護欲沸いちゃうフロイド






「春もすぐそこだってのに、なかなか暖かくならないな……」


 寒さに体を震わせながら、ジャミルは両手で持った缶コーヒーを一口飲んだ。じんわりと内側から体を温める温度にほっと息をつく。そんなジャミルの姿を見て、フロイドは「これはたしかにかわいいかもしれない」と自分も安いコーヒーに口をつけた。

 その話を聞いたのは、部活が終わった後の部室でのことだった。
 だらだらと着替えながら、1年生たちが女の子のかわいい仕草について話していたのだ。髪を耳にかける仕草が好きだとか、上目遣いにキュンとくるだとか。中には寒いときにマグカップや缶コーヒーを両手持ちするのがかわいいという者もいて、フロイドは首をかしげた。
 人魚族は古い逸話の影響で髪にこだわりを持つ者が多い。それ故に前者についてはなんとなく理解できるような気がした。
 しかし長身のフロイドからすれば、大抵の相手は自分の視線よりも下にあり、誰も彼もが常に上目遣い状態だ。それをかわいいと思ったことはない。
 では缶コーヒーの両手持ちはどうだろう。フロイドは冬には海面が凍り付くほど寒い地域の深海出身だ。そんな海で暮らす人魚たちは寒さに強く、熱に弱い。故にわざわざ温かいもので暖を取るようなことはしないのだ。


(そんな無駄な行動見てかわいいって思うとか、陸の生き物って意味わかんねぇ)


 そのときは全く同意できなかったが、実際に見てみればそれがよく理解できた。手を温めるために缶を両手で包んで、その温かさに頬を緩める姿は確かにかわいい。どことなく庇護欲を誘い、自分がその手を温めてあげたくなるのだ。
 寒さで赤らんだ頬や鼻。ほんのり潤んだ瞳。冷たい風に首をすくませる姿は小動物めいている。
 そう思ったら小さい生き物が寒さに震えているのがかわいいけれどかわいそうで、さっさとコーヒーを飲み干して、空になった缶をゴミ箱に捨てる。それからジャミルの背後を取って、のしりと無防備な背中にのしかかった。


「うわっ!? ちょ、何なんだ、いきなり!」
「ウミヘビくんが寒そうにしてたからあっためたげようと思って」


 そう言ってフロイドが缶コーヒーを持ったジャミルの両手を包み込む。フロイドの体温は高い方ではないが、今のジャミルはそれ以上に冷えていて、フロイドの体温でも十分に温かく感じられた。


「…………あったかいな」
「そんだけウミヘビくんが冷えてんでしょ」


 思った以上にジャミルが冷えていて、フロイドは上着の前を開けて、仕舞い込むようにジャミルを抱きしめる。じんわりと感じる体温が心地よくて、ジャミルがほっと目を細めた。


「あたたかいな」
「ウミヘビくんは冷たいねぇ。かわいそうだから、寒いときはあっためてあげるね」
「ああ、頼むよ」


 いつもならすぐさま断るだろうに、妙に素直にうなずくものだから、フロイドが目を丸くする。けれど、自分の腕の中で無防備に顔を緩ませるのがかわいかったから、フロイドは機嫌良く「まかせて」と言わんばかりにジャミルを抱きしめるのだった。




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