「なんっっっでオレ、こんな負けた気分なの!!!??!?」






 話の流れはどのようなものだったか。きっかけは何だったかは思い出せない。ただフロイドが、宝物に触れるような手付きで髪を撫でたことだけは覚えている。


「ウミヘビちゃんって、いつもその髪型だよねぇ。似合ってるけど、違う髪型はしねぇの?」
「こんだけ長かったら色んな髪型出来そうだし、せっかく綺麗な髪なんだから、もっといろいろ試そうよ」
「ね、ウミヘビちゃんのこと、もっとかわいくさせて?」


 いつもだったら機嫌を損ねない程度に適当にあしらって、切りの良いところで話題を終わらせて。いつもだったら興味ないといなすことができるのに。いつもだったら何でもないことのようにこなせるのに。
 フロイドの手付きが普段からは考えられないくらいに優しくて。フロイドの声がいつもより少しだけ低くて、けれどびっくりするほど甘くて。フロイドの瞳が、なんだか熱を帯びているように見えたから。だから何も考えることができなくて、抵抗らしい抵抗もできないままに流されて。フロイド曰く、“綺麗な髪をもっとかわいく“されてしまった。

 バスケ部なのにバスケをしない部活時間を終えて、頼りない足取りでカリムの迎えのために軽音部へと向かう。
 部室の前で、カリムはいつものようにジャミルの迎えを待っていた。
 ジャミルが迎えに来たのを見つけると、彼は輝くような笑顔を浮かべた。


「ジャミル! 迎え、ありがとな!」
「…………ああ」
「お? 髪型変えたのか? かわいいな!」


 いつもきれいに纏めたコーンロウは降ろされ、緩い三つ編みでハーフアップが作られている。
 三つ編みには金平糖のような小さな星の髪飾りが巻き込まれ、ジャミルの美しい髪を彩っていた。
 背中に流れる黒髪にも同じように星が散りばめられており、星空のように美しい。
 フロイドに整えられた髪を指摘され、ジャミルがほんの少し俯いた。


「フロイドが、髪、綺麗なんだからって………」
「フロイドにしてもらったのか? フロイドは器用だな~!」
「…………フロイドが、もっと、かわいくさせてって、」


 熟れた果実のように真っ赤になったジャミルが、消え入りそうな声で呟いた。それをしっかりと聞き届けたカリムはきらきらと目を輝かせた。
 うんうん、ジャミルは何でも出来てかっこいいけど、すっごくかわいい女の子だからな! かわいい髪型にしたら、もっとかわいくなるのは当然だ。
 でもジャミルは自分がかわいいという自覚がなくて、自分をかっこいい女の子だと思ってる。周囲の人間も、クールでかっこいいだとか、ちょっと近寄りがたいだとか、そんな風にジャミルを評価する者が多い。だから、フロイドが普段からジャミルをかわいいと思っていることに驚いて、酷く照れてしまっているのだ。
 そんなジャミルは真っ赤になった顔を隠したくてフードに指をかけているけれど、髪を崩すのが怖くてフードを被れないでいる。今のジャミルを見れば、ジャミルを近寄りがたいと遠巻きにしていた者たちの評価が一変するだろう。国一番の美人といっても過言ではない。
 フロイドは見る目があるなぁ。ジャミルをかわいくしてくれたお礼を言わないと、とカリムがにこにこと太陽のような笑みを浮かべる。


「か、カリム………」
「うん? どうした、ジャミル?」
「しゃ、写真、」
「うん?」
「夜には、髪を外さないといけないから、写真、撮って………」


 おずおずと、照れとか名残惜しさを滲ませた上目遣いで、ジャミルがスマホを差し出してくる。長く一緒に過ごしてその顔を見慣れているカリムでも、改めて「かわいいなぁ」と感動した。
 先ほどは国一番といったけど、訂正しよう。今日のジャミルは世界一かわいい。



***



「フロイド~~~!」
「あ、ラッコちゃんじゃん。おはよ~」
「おう! おはよう、フロイド!」
「朝からどうしたの?」
「ああ、フロイドにお礼が言いたくてさ!」
「お礼?」
「おう! 昨日はジャミルをかわいくしてくれてありがとな!」
「…………………何でラッコちゃんがお礼言うの?」
「ジャミルが嬉しそうだったから、オレも嬉しくなっちまってさ! それでお礼が言いたくなったんだ!」
「ふぅん、そう………」
「ジャミルってかっこいいのが好きだけど、かわいいのも嫌いじゃないんだ。でも、かわいいのは動きにくいのが多いからってあんまりしないんだよ」
「…………確かに、服とかもかっこいい系が多いもんね」
「そうなんだ。だから、こんな機会にしか、かわいい髪とかにしないんだ。だから、かわいくしてくれてありがとな!」
「…………どういたしまして」




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